第17話 断罪の刻
衆人環視の下、対峙するローリーとガリウス。遠くで雷が重く、響いている。いつしか空が曇って、断罪の場へと湿った冷たい風を運んできた。荒天の予兆。
ガリウスは、精一杯の侮蔑の笑みを作った。この小僧が、総督だと?冗談じゃねえ。グィンの差し金だな。小僧をたぶらかして、俺を始末するつもりか。そうはいかねえ。俺は何度も死線をくぐってきた男だ。生き残ってやる。騎士や貴族共をぶっ殺して、そして生き延びてやる!
ガリウスが突然、ローリーに突進してきた。周囲が反応する間もなく、ローリーは弾き飛ばされ、無様に転倒する。しかし、グザールの門衛が2名、慌ててガリウスを槍でけん制し、動きを止めた。
ガリウスの瞳には憎悪が燃え盛っている。その時、不意に、ガリウスは左手に鈍い痛みを感じた。目をやると、手の甲が深く斬りつけられ、出血している。あの小僧が接触した瞬間に、斬りつけたというのか。
「おいおい、待ってくれ、ちっこい騎士さんよ。手を組もう。俺があんたの邪魔するやつを消してやる。俺と手を組んでみねえか?」
ガリウスの土壇場の嘆願に、死神団の構成員から哄笑が返ってきた。起き上がったローリーはそれを手で制する。
「ガリウス。お前には二件以上の殺人の罪、および傷害、恐喝。並びに濫りに武器を帯びた罪、禁制品取引など複数の罪が認められる。そして総督にはブレイク王家より、公然自明の罪を認定し、かつ処断する権限が与えられている」
ローリーが剣を構える。
「よって総督ローリー・モンテスはお前に死を賜る。潔く、これを受けよ!」
ローリーの宣告を受けて、騎士メーヤーが鞘に入った短刀をガリウスに投げつけた。ガリウスは短刀を見つめ、言葉を失う。これで自死せよという事なのか。
判断は一瞬であった。ガリウスは素早く短刀を抜くと、ローリーに向かって行った!
「ローリー様!」
コモドーが言い終わらぬうちに、ローリーもまたガリウスに突っ込んでいった。まるで予定されていたかのような、不可思議な両者の動きであった。
ローリーとガリウスには、大きな体格差、体重差がある。いかにローリーが剣を帯びていても、先のように転がされ組みつかれたら、勝負はそこで終わってしまう。
しかし、ガリウスは短刀を発見し、手に持ってしまった。武器を手にすれば、それを使ってしまう。その人間心理をローリーは知っていた。短刀で可能な動きは突く、斬る、払うなど、線の動きであり予測しやすい。ガリウスが短刀で向かってくること、そしてその軌道はすでに眼前のシステムで予想済みであった。
ローリーは相手の動きを読むように、短刀での突きを半身に躱して、腰を落とした。ガリウスはローリーの動きに全く反応できない。ローリーはガリウスの下方から、顎を深く斬りつける。まるで刃が急所に吸い寄せられるかのごとき動きであった。動脈を断って骨を叩く手ごたえの後、鮮血がほとばしった。慌てた騎士たちがローリーに駆け寄る。ローリーは上半身血まみれであったが、なおも立っている。一方、ガリウスはひざから崩れ落ちて、地面に顔をうずめた。もはや一言も発しない。血だまりが広がっていった。
「み、み、みんな」
ローリーの声が震えている。極度の緊張から解き放たれたローリーの身体を、震えが襲っていた。まるで憑き物が落ちたかのようであった。
「お、お怪我はありませんか!?」
「おい、誰か!ローリー様をお清めするから、水もってきてくれ!」
メーヤーが叫んだ。しかし、水の必要はなかった。なぜなら、突然、シャワーのように雨が降り注ぎ、穢れた血を洗い流していったからだ。
ローリーは駆け寄る皆をねぎらうと、しばらく、雨に身をさらしていた。雨に打たれる少年の肩はちっぽけで、哀しげで…たった今まで、自分より大きな相手に対し、法を執行した処刑人とは到底、思えない。
その物悲しくすらある姿を、夕焼け亭の店主が見つめていた。仇は討たれ、正義は示されたのだ。グザール第一管区の総督、その少年自らが、哀れな一人息子の仇を討ってくれた。枯れたと思っていた涙が再び、店主の目を濡らした。
「奇跡だ。マヌーサの奇跡が示された」
この出来事以来、人々は長く語り継いだ。女神マヌーサが少年の姿を借りて、ならず者の頭領を罰したのだと。
さて、ガリウスの遺体は数日間、木に括りつけられて街道に面した広場でさらされることになった。それは腐って膨らみ始めてからようやく降ろされ、手下の遺体とともに共同墓地の隅に埋葬された。
その後、ローリーらと死神団、カラス団といったギャングの間で、第一管区治安に関する覚書が秘密裏に作成、調印されると、ローリーの治安回復作業はひとまず、完了した。
驟雨が過ぎ去った。雨上がりの青い空が、夏を招いた。ローリーらの総督事務所の裏手、邸宅の庭では、ハサミを上手に操る音が軽妙に跳ねている。
「では、もうちょっとすいておきますからね」
木陰に置かれた椅子にローリーが座らされ、フリージアが散髪を行っている。
「どうかな?サンダーみたく、かっこよくなったかな?」
「あら、あんなに短くしませんよ。ローリー様は耳に少しかかるくらいのほうが、可愛いですから」
「僕は、可愛いなんて、言ってほしくないな」
ローリーは怒ったふりをした。フリージアが微笑する。
「そうですよ、ローリー様はかっこいい騎士なんですからね。みんなが噂していますよ。今度の総督は、小さな聖騎士だって」
ときおり、ローリーの耳の後ろに、フリージアの温かで柔らかい指先が触れた。フリージアっていいにおいがするな。でも、これは香水のにおいじゃない。ローリーは口には出さなかった。
「ローリー様は恐ろしいギャングの大男を、倒したんですって。本当ですか?」
「うん、本当だよ。でもやっつけたのは、僕だけじゃないよ。みんなが手を貸してくれたんだ」
「ローリー様はお優しいのに、すごく勇気があるんですね。怖くないんですか」
「実をいうと、怖いんだ。足がガクガク震えてしまうんだよ。でも、戦い始めれば大丈夫。身体が勝手に動くから」
フリージアはハンカチでローリーの顔を優しく拭いていき、ケープ代わりにしていたテーブルクロスを取り去ると、大きく広げてはたいた。
「さあ、できましたよ。かっこいいですよ、ローリー様」
ローリーは後頭部をなで、髪にさわってみる。
「なんか涼しくなった気がするよ。ありがとう、フリージア」
「どういたしまして」
その様子を、メーヤーが見ていた。
「大したものだ。フリージアは理髪店を経営できるな」
「騎士さんたちも、切ってあげますよ。これから暑くなりますしね」
メーヤーは微笑み、頷いた。
「さて、ローリー様、参りましょうか」
「うん、後はよろしく頼むね」
ローリーはグザール公から居城に招待されていたのだった。遅まきながら、ローリーを歓迎するパーティーが、グザール城で開かれることになっている。
しかし城に赴くのはローリーとサンダー、2名のみである。というのも、総督事務所には取引のための公証や、裁判を求める人々、または犯罪捜査を求める者、トラブルの相談などなど、ひっきりなしに人が訪れてバスチオンが対応に追われているのである。
バスチオンは総督代理に任命され、素早く的確に事務処理をこなしていった。飛蝶騎士団と死神団の共同作戦以来、目立った犯罪行為は急速に減少した。しかし、それに反比例するように、取引上の相談、各種事務手続きが増加していった。
ローリーは、いつも影のように控えているバスチオンと離れることが不安であった。しかし、バスチオンにいつまでも頼っていてはいけない。僕がバスチオンの労苦をいくらかでも引き受けてやらなければ。ローリーはそのように思って、サンダーとともに馬車にて城へと出発した。
パーティーにはグザールの有力者がそろっているはずである。きっとローリーを経済的に支援してくれる貴族がいるだろう。
僕は第一管区総督なんだ。しっかりと役目を果たすぞ。
小高い丘の上、正面に見えるグザール城は天高く、その威容は陽光を受けて白く煌めいていた。
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