第14話 ギャンブル

「あんたらが勝負に勝ったら、俺たちはアンタらに従う。約束を果たそう」


部下からトランプを受け取ったグィンは、慣れた手つきで机上にトランプを整列させていく。


数字は1~10、J、Q、Kの13種、それぞれにスペード、ハート、クラブ、ダイヤ、4種の絵柄が入った52枚のカードセットである。


「だがもし、アンタらが負けたら、この話は保留だ」


ローリーはバスチオンに視線を送った。頷くバスチオン。ローリーらは賭けに応じることを即断した。ここで優位に立って一気に交渉をまとめ上げる算段である。


「確認させていただきましょうか」


「いいとも」


バスチオンはカードを束ねるとパラパラとめくって、表裏をチェック。その後、ローリーに束を手渡した。


「ポーカーで遊んだことはあるかい?」


「もちろんでございます。もっとも、騎士礼式では賭け事は禁止されていますがね」


バスチオンはにやりと笑った。テーブルの四方にそれぞれプレーヤーが腰かけた。グィンと、その部下と、ローリー、ブレーナーの4名である。


チップが10枚、各々に配られた。


「少々汚れが目立ちますが、そちらの用意したカードを使うことに異存はありません。ただし、こちらから一つ条件を出させていただきたい」


バスチオンが申し出ると、グィンはテーブルに肘をついて指を交差させ顎をのせた。


「なんだい?」


「ローリー様は賭けカードに不慣れですので、わたくしの介添えをご許可願いたい」


「ならば、あんたが座りなよ」


「私はあくまでご主人様のサポート役ですので。賭けるのはローリー様です」


ローリーはバスチオンを睨みつけるグィンに、微笑みかけた。


「なら、いいぜ。レートはどうするね」


「金銭も賭けるのですか?」


驚いたローリーが尋ねる。


「当然だろう。もし共闘を引き受けるとなれば、俺たちにとっちゃあ相応の仕事になる。1枚、そうさな、100万シュケルでどうかね?」


テーブルの周囲がどよめいた。


ローリーとブレーナーは合計20枚を持っているが、仮にグィンらが勝ってすべてチップを手に入れれば、ローリーらは2000万シュケルの支払いとなってしまう。それはローリーらの総資金の倍額に相当した。グィンは内心、高笑いしていた。この金持ちどもを慌てさせて、キリキリ舞いさせてやる。


「よろしい。受けましょう」


バスチオンは淡々と応じた。ローリーと部下の騎士達は激しく動揺したが、それを決して表には出さなかった。


「今後は我々と死神団との命を懸けた共同作業になる。我々にも相応の覚悟が必要だ」


バスチオンがグィンを見つめる。グィンはバスチオンの即断に驚きを隠せなかった。


「ほう。いい覚悟だな。執事さんよ。間違えるなよ?チップ一枚100万シュケルだ。証文を取るなんて言う無粋なことはやらねえが、その言葉、絶対に忘れるなよ」


「ええ、お互いにね」


バスチオンが首肯する。グィンは胸が高鳴っていくのを感じる。久々の大一番だ。たまらねえぜ。


「親はだれからやろうか」


「そちらからどうぞ。グィン殿」


グィンの部下がカードを取って、シャッフルし、1枚ずつ配っていく。メーヤーが、ローリーらの手札をのぞき見するものがいないよう、背後に立った。


グィンは手札を確認する。ポーカーは5枚の手札で、揃えた役の強さを競うゲームである。ルールが単純でわかりやすく、1ゲームにかかる時間も短いので、ギャンブラーが酒場で好んでプレイしていた。


グィンは敵を分析し始める。ブレーナー。こいつはしょせん雇われ騎士だ。カードには慣れていそうだが、レートの高さにビビって堅実なスタイルになるはずだ。つまり、こいつが勝負に出るのは自分の手が良い場合。ブラフは打ってこないはずだ。仮に失敗すれば首が飛びかねないからな。


ローリー。こいつはゲームに不慣れだが、介添えに執事がついていやがる。執事は交渉を支配しようとしている。強気な姿勢で来るに違いない。多少のブラフは打ってくるだろう。そのような場合、ローリーと執事の野郎の雰囲気に差異が出るはずだ。つまり、それがブラフのサインというわけだ。介添えが仇になったな…グインは内心ほくそ笑んだ。


コンコンと、部下が二度、グィンの足をノックする。グインは自己のペースに巻き込んで手早く勝利しようと考える。良い役が来たと、足で合図を返す。


テーブルの各々が場代として1枚、チップをテーブルに置く。グィンから、カードを交換していく。チェンジは一度だけのルールである。


「ブレーナー、汗がすごいよ」


「さすがに緊張してしまいます」


「さあ、どうするね?」


グィンの部下はチップを3枚積んだ。グインも同様。しかしブレーナーは勝負を降りてしまった。


「では、僕は勝負を受けるよ」


ローリーが挑んだ。テーブルに合計13枚のチップが積まれた。


「そうこなくっちゃ」


グィンが手札をオープンする。フルハウス。同じ数字が3枚に、ワンペアが入った役である。揃いにくく、強い手である。ギャラリーから拍手が起こった。


「さすがはボスだ。運がふてえや」


部下は手札を裏向きにしたまま、全て捨て札にしてしまった。ローリーは緊張の面持ちである。手札をオープンする。


なんとローリーもフルハウスである!同じ役だ。そこで、3枚そろった数字を比較する。グィンは9、ローリーは8。


「俺の勝ちだな、総督さんよ」


グィンは中央に積まれた13枚のチップを手に入れた。


「疑うわけではありませんが、カードをチェックさせてください」


「いいともよ」


ローリーはカードの束をパラパラとめくって確認すると、ブレーナーに渡した。


「どうだい、印なんてついてねえだろう?」


「ええ、大丈夫です」


次に親を務めるのはブレーナー。


ブレーナーは賭け事を好む。ポーカーのルールもよく知っている。しかし、グィンの分析通り、力が入ってしまい、普段の勝負強さが活かせていない。彼はテーブルに1枚づつカードを配置していき、カードを10の束に分けて並べると、それを重ねて再び一つの束にした。ディールシャッフルである。


「なかなかのカード裁きじゃねえか。この騎士さんはギャンブル好きらしいな」


グィンの部下らが笑う。ブレーナーはグィンを睨みつけた。馬鹿にしやがって。目にもの見せてやるぜ。ブレーナーは自ら配ったカードをめくっていった。1、2、3枚…くそっ、なんてこった!カードを裏向きにテーブルに叩き付け、ローリーを見やる。ローリーはいつもの様に微笑んでいる。


先と同じく、各自、チップを1枚ずつ支払う。


「グィンさん、ちょっと、ブレーナーに言っておきたいことがあるんですが」


「なんだい?手札の相談以外ならいいぜ」


「彼が緊張しているように見えますので」


「いいぜ。ただし、おかしな真似はするんじゃねえぞ」


グィンはすごんで見せた。ローリーは頷く。それから隣に掛けたブレーナーを見やった。


「ブレーナー。緊張しているね?大丈夫。僕を信じろ」


ブレーナーはぼんやりとローリーを見つめ返した。やがて、ハッと気づいたかのように我に返る。


「ローリー様」


「おい、そろそろ進めてくれ」


グィンが苛立つようにテーブルを爪で小突き始めた。ブレーナーは5枚のカードをすべて交換し、表を伏せたまま、確認もせずに椅子に深くもたれた。


グィンとその部下は顔を見合わせた。プレッシャーに耐えきれずに勝負を捨てたように見える。しかし、ブレーナーは黙って8枚のチップすべてをテーブルに積んだ。


グィンはしばし沈黙した。ブレーナーは手札を確認してはいない。公開情報から推測しても、ワンペア程度の役である可能性が大だ。しかし、あのローリーとかいう小僧の自信が、妙に気になる…グィンの感は外れたことがない。その感が、なにか異常を察知している。しかし、彼は危険信号を無視して、確率に、理性的判断に従った。


「受けるぜ、8枚」


グィンの手札はスリーカード。


グィンの部下も手持ち全て、5枚掛ける。手札はストレート。連続した5つの数字がそろった強い役である。


「ぼくはやめておきます」


ローリーは勝負を降りてしまった。グィンは勝ちを確信する。案外あっさり片が付いたな。場慣れしていない連中など、こんなものか。問題は、どうやってこの大金を支払わせるかだな。グィンは目の前の勝負への集中力を失った。


さて、運命のオープンハンド。


ブレーナーは震える手でカードを束ねて、表へ広げていった…。

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