第44話 新宿拠点内部へ

 三人は新宿の拠点へと向かって動き出した。

「ねぇ、ジェイムス。その新宿の拠点にはどれくらいで着く?」

 ジェイムスは考えるような顔になった後、時計を見て、

「車で急げば、明日には着く」

「そう」

「ああ」

「じゃあ、急ぎましょう」

 と、律は言う。

 黒井に出会ってから、このところ状況が変わり続けていて、考えることがひどく多かった。

 ほんの少しでも足を止めると、色々なものが手遅れになってしまいそうで疲れる。

 実際に目の前で、彼女は失ったのだ。

 それは自分が逃げたから。

 あのとき、あと一歩踏み出せていれば。

 あのとき、ただ背を向けなければ──。

 律の中で繰り返される「もしも」は、何度噛み潰しても苦味しか残さない。風が冷たく頬をなでる。まるで、もう戻らない過去をなぞるように。

「……律?」

 ジェイムスの低い声に、律は小さく首を振って、思考を振り払った。

「平気。行きましょう」

 と、律は言いながら、彼女は考え続ける。

 これから先どうすればいいのか。

「答えなんて出るはずないのに……」

 律は心の底から吐き出すように、そう言った。


 陽が落ちようとしている。

 空はまだ淡い茜色を残しているが、あたりは次第に闇へと染まっていく。

「律、お前が思ってるほど、この世界は答えを求めてるわけじゃない」

 ジェイムスは助手席に座っている律にそう言った。

 律は一瞬、ジェイムスの言葉に驚いたが、すぐに顔を伏せて窓の外に目を向けた。

 車の中は静かで、外の風景がどんどん暗くなっていくのを眺めるしかなかった。

「……でも、答えがないと、私は前に進めない」

 律は低い声で言った。どこか遠くを見つめながら、心の中で繰り返される問いが消えることはない。

「でもな、律。時には、答えが見つからないことも前に進む力になるんだ。求める答えがなくても、進み続けていくことが大事だと思う」

「でも、答えが見つからないまま進んで、もし間違った道に進んでいたら…どうすればいいの?」

「それはお前が判断することだ、律」

「判断か……」

 律は呟いた。

「うん、わかったわ。ありがとう」

 律は静かに答え、もう一度前を見据えた。彼女の心に少しの強さが戻った気がした。

 ジェイムスはそんな律の横顔をちらりと見て、口元にわずかな笑みを浮かべた。

「それでいい。たとえ小さな一歩でも、進もうとする限り、必ず二階堂透を殺せる」

 車は夜の街道を走り続ける。ヘッドライトが照らす先には、まだ何も見えない。

 マリアは後部座席で静かに目を閉じている。おそらく眠っているのだろう。穏やかな呼吸の音が、わずかに車内に響いていた。

 律はふっと息をつき、目を細めた。

「……ねぇ、ジェイムス」

「なんだ?」

「もし、私がまた怖くなったら……そのときも、言ってくれる?」

「当たり前だ。何度でもな」

 その返事に、律はかすかに笑った。

 彼らの行く先には、まだ闇が広がっている。

 だがその闇を裂くようにして、車は静かに、確かに、新宿へと向かっていた。


 深夜の道路は静かだった。街の喧騒はとうに過ぎ去り、時折すれ違う車のライトが、車内を一瞬だけ白く染める。

 律はその光の一つ一つをぼんやりと目で追いながら、胸の奥にあるものをゆっくりと言葉にしていった。

「私ね、あのとき……逃げたんじゃなくて、信じたかったのかもしれない」

 ジェイムスは何も言わず、ハンドルを握る手に力を込めた。

「でも、信じるってことは、同時に“背負う”ってことなんだよね。誰かを、選択を、自分自身を」

 前を向いたまま、ジェイムスが応える。

「人を信じたからって、すべてがうまくいくわけじゃない。だけど、信じたその瞬間だけは、誰よりも強くなれる。少なくとも俺は、そう思ってる」

 律は目を閉じた。 

 ───でも。

 次は、もう、逃げない。

 彼女の決意が、夜の静けさの中にそっと溶けていった。

 マリアが小さな声で寝言のように何かをつぶやき、それに気づいた律とジェイムスは、思わず目を合わせて小さく笑った。


「……ようやく新宿の拠点に着いたな」

 ジェイムスがポツリと呟く。

「……ここからが本番ね」

 律は背筋を伸ばした。

 マリアは眠たげな声で言った。

「やっと着いたのね。もう車に揺られるのはうんざり……」

「でも、気を抜くなよ。二階堂グループの新宿の拠点だ。ここには二階堂グループの武器庫がある」

 ジェイムスの声はいつも通り冷静だったが、どこかに緊張が滲んでいた。

「まずは周囲の状況を確認する。二階堂グループのエージェント達に守られているだろうからな」

「何人くらい居ると思う?」

 律がジェイムスに問いかける。

「少なくとも十人はいるはずだ。しかし、私たちの目的は二階堂グループを潰すことじゃない。二階堂透を殺すことだ。それを忘れるな」

 律はその言葉を静かに受け止めた

「そうね。目的は二階堂透を殺すこと。二階堂グループは私たちのターゲットじゃないわ」

 ジェイムスは頷いて、もう一度倉庫の方を見た。

「だから今回の作戦では生き残ることを最優先にして欲しい」

 律はジェイムスの言葉を静かに受け入れ、深く頷いた。

「生き残ることが最優先。もちろん、それを忘れないわ。透を殺すまで死ねないもの」

ジェイムスはその言葉を聞いて、少しだけ表情を緩めたが、すぐにまた真剣な顔つきに戻った。

「透を殺すまで、か。お前がそう思うのも無理はないが、医者としては長生きしてほしいものだ」

律は少し驚いた表情を浮かべ、ジェイムスの言葉を噛みしめるように聞いた。

「医者として、ね……」

彼女は少し考え込み、そして静かに答えた。

「透を殺すことが最優先なのは変わらないけれど、長生きしてほしいと言われると、少しだけ考えさせられるわ」

 律は少し驚いた表情を浮かべ、ジェイムスの言葉を噛みしめるように聞いた。

「……さて、無駄話は終わりにして作戦を説明しようか。律、銃は使えるよな?」

「うん。日下部に教えてもらったから」

 ジェイムスは律の答えを聞き、少し頷くと、真剣な表情で作戦の詳細を語り始めた。

「じゃあ、私とマリアと一緒にまずは屋上の二人をコイツで片付ける」

 ジェイムスはそう言うと、車から狙撃銃を3挺車から取り出した。

 律は狙撃銃を見て、少し驚きの表情を浮かべた。

 狙撃銃は重量があり、精度の高い射撃技術が求められる武器だ。

 それでも、彼女は日下部からの教えを思い出しながら、冷静に受け入れた。

「了解。それで屋上の二人を狙うってわけね。私もできるだけサポートするわ」

マリアは軽く頷きながら、周囲を警戒しつつ、ジェイムスが狙撃銃を扱う手際を見守る。

 ジェイムスは銃を手に取ると、無駄な動きを省きながらしっかりと構え、ターゲットを見据えた。

「マリア、お前は狙撃が終わるまでの間、警戒を頼む。律、お前は私のサポートとして動け。狙撃中は静かにしておけ。音で位置がバレると全てが台無しになる」

 律はしっかりと頷くと、車の近くに身をひそめ、警戒態勢をとる。

「わかったわ」

「終わった」


 ジェイムスは冷静に言い、狙撃銃を素早く車に戻すと、次の手順を進める準備を始めた。

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