第23話 証拠
『渋谷で発生した謎の火災では、現在でも行方不明者の捜索が懸命に続けられております。では、被害者にインタビューをしてみましょう』
テレビのニュースキャスターがそう伝える映像が、モニターに映し出されてい
『金髪の女性が銃で鍵を壊して助けてくれたんです。お礼を言いたいんですけど、どこへ行ったのかしら?』
インタビューを受けた少女達が、困惑した表情でそう話す様子が、モニターに映し出された。
『金髪の女性が現場にいたという証言が複数寄せられていますが、身元についての情報は確認されておりません』
画面がスタジオに切り替わり、ニュースキャスターが冷静な口調で補足を加えた。
『それでは次のニュースを……』
ニュースキャスターが次の話題に移るのをよそに、スーツの男は、リモコンを操作してテレビの画面を消すと、深く息を吐いた。
「金髪の女性……火災現場の瓦礫の中から発見された銃弾の痕跡、目撃証言の一致、そして不可解な点の多い救出劇――」
男は呟きながら、頭の中で情報を整理していた。
「……行くぞ」
「行くって?どこに?」
「火災現場にだ」
スーツの男は短く答えると、無駄のない動きでコートを羽織った。
「火災現場?行くだけ無駄だと思いますけどね」
部下の声には、明らかな不満と疲労感が滲んでいた。
「無駄かどうかは、現場で確認するまでわからない」
スーツの男は冷徹な視線を部下に向けながら、淡々とした口調で言い切った。
「でも、もう警察だって捜査を縮小してますし、瓦礫の中から有力な手がかりが見つかるとは――」
「だからこそ、私が行くんだ」
男は部下の言葉を遮ると、わずかに唇を歪めて冷笑した。
「他の人間が手を引くということは、そこにまだ誰も触れていない“可能性”が残されているということだ。凡人が見逃したものを見つけ出す。それが我々の役目だろう?」
その言葉に、部下は渋々口を閉じた。反論したい気持ちは山々だったが、目の前の男の鋭い視線が、何も言わせない力を持っていた。
「行くぞ」
スーツの男はそれだけ言い残し、すでに玄関へと向かって歩き始めた。
「そんなもんですかね……」
部下は小さくため息をつき、急いでその背中を追いかけた。
「ここが例の火災現場ですよ。見事に焼け落ちたもんですな」
部下はため息交じりに言いながら、黒焦げになった瓦礫の山を指差した。
その周囲には消火作業の名残が見られ、水が混じった灰がまだ地面に広がっている。
「発見された銃から指紋は?」
スーツの男が冷静な声で尋ねると、部下は苦い顔をして首を振った。
「鑑識が調べていますが、今のところ有力な一致はありません。しかも、あれだけ燃えた現場じゃ指紋も完全には残っていない可能性が高いですね」
「そうか……」
スーツの男は短く返事をしながら、視線を瓦礫の山に向けたまま、無言で立ち尽くしていた。
その表情には、何かを考え込むような陰りが見える。
「それにしても、この規模の火災で少女達を助け出したんでしょ?」
「金髪の女性が現場にいたという証言だな」
スーツの男は目を細め、黒焦げの残骸をじっと見つめた。
「目撃情報では、鍵を銃で壊して助けたとか……是非とも会ってみたいものですな」
「本当にただの善意だったのか、それとも何か別の目的があったのか……どちらにせよ、あの金髪の女性がこの事件の鍵を握っている可能性が高い」
「では金髪の女性が犯人の可能性が高いと?」
部下は少し眉を上げながら、疑問を込めて尋ねた。
「断定はできない。しかし、火災現場における彼女の行動には不自然な点が多い。なぜ火災の最中に少女たちを助けるために現れたのか、なぜ銃を所持していたのか。その答えを知るまでは、彼女を善人とも犯人とも決めつけられない」
スーツの男は視線を瓦礫の山から離さず、冷静に言葉を紡いだ。
「確かにそうですが……あの状況で少女たちを救出したの事実です。あの場所に金髪の女性以外の人間がいたという可能性はありえないでしょうか?」
部下は慎重に反論した。
「可能性としてはゼロではない。しかし、正しい事をしているのになぜ行方をくらます?」
「た、確かに……」
部下は言葉に詰まりながら、スーツの男の意見を頭の中で反芻した。
「もし彼女が善意で動いたのなら、目撃者たちの感謝を無視して立ち去る理由はない。それに、銃を使って鍵を壊すという行動も、不自然だ。緊急時とはいえ、普通の市民がそんな手段を用いるだろうか?」
「確かに、その通りですね……」
部下は渋々同意しつつも、わずかに眉をひそめた。
「……ふむ、彼女になり切ったつもりで動いてみようか」
「は?彼女になりきるって?」
半ば呆れたように返す部下に、男は冷静な口調で答えた。
「……彼女は扉を向けて銃を向けた。2発、3発、鍵を破壊する」
「ええ、ここからは銃弾の金属片が発見されました」
部下は瓦礫の間にあった焦げた金属片を指差した。
その表面には弾痕らしき跡が見て取れる。
部下は瓦礫の間に埋もれていた焦げた金属片を指差した。
その金属片には、弾痕と思われる穴がいくつも刻まれている。
「これは彼女が鍵を壊した痕跡か……」
スーツの男はゆっくりと近づき、跪いて金属片を手に取った。
焦げ付いた表面はまだ火災の激しさを物語っており、指先に残る熱気が微かに伝わる。
部下は頷く。
「……もうここに用はない。被害者達に話を聞きに行く」
スーツの男は金属片をそっと地面に置くと、立ち上がり、視線を部下に向けた。
「被害者たち……助けられた少女たちのことですね?」
「ああ。彼女たちが何かを見ている可能性が高い。この火災の真実を知るための手掛かりは、彼女たちの記憶の中にあるかもしれない」
男は言葉に力を込め、すでに次の行動を計画している様子だった。
「了解しました。では病院の所在を確認し、早急に向かいましょう。ただ、彼女たちはまだショック状態にある可能性が高いです。慎重に進めないと」
「意識はあるんだろう?ならば話くらいは出来る」
「ええ、一応ですが……ただ、医者からは慎重にと念を押されています。まだ混乱している可能性が高いですから」
部下は心配そうに付け加える。
「混乱していようが、真実を知るためには話を聞かなければならない。彼女たちが何を見て、何を感じたのか、それがこの事件の突破口になる」
「分かりました。ただ、あまり強引に行くと逆効果になる可能性もあります。そこだけは注意してくださいよ」
部下は若干遠慮がちに言ったが、男は無言で歩き出した。
「車を回せ。病院までの時間を無駄にするな」
それだけ言い残すと、男は既に考えを巡らせながら自分のペースで進んでいく。
部下は一瞬ため息をついたが、急いで指示に従い、車を手配するため通信機を取り出した。
「……あの上司は本当に容赦ないな。でもまあ、そのおかげで数々の事件を解決してきたんだよな」
小声で呟きつつ、部下は男の背中を追った。
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