第13話 東京へ

 暁律が扉の外に出ると、夜風が冷たく彼女の肌を撫でた。

 周囲は静まり返り、訓練所での喧騒が嘘のように感じられる。

 その静寂の中で、暁律は深く息を吸い込んだ。

「始まり……ね」

 彼女の手には銃が握られている。

 それはただの道具以上の重みを持っていた。

「ええ、終わったわ。日下部にそう言われた」

 暁律は冷静に答えたが、その声には微かな緊張が混じっていた。

 姿を現したのは日下部の仲間の一人、訓練中にも何度か彼女を観察していた男だった。

「そうか」

「お前にこれを渡しておく」

 彼はポケットから薄い封筒を取り出し、暁律に手渡した。


「これは?」

 暁律は眉をひそめながら、封筒を受け取った。

「東京……?」

 暁律は封筒を見下ろしながら疑問を口にした。

「そうだ。二階堂透を探すなら、まずは東京だ」

 男は鋭い視線を暁律に向け、低く続けた。

「奴の組織の拠点の一つがそこにあるはずだ」

「東京……そこに行けば奴の情報が手に入るのね?」

 暁律は冷静な口調で問い返し、手にした封筒をしっかりと握りしめた。

「可能性ある。だがお前一人じゃ無理だ」

 男の声には、警戒と警告の色が混じっていた。

「無理だなんて、やってみなきゃわからない」

 暁律は冷たい声で返す。

「確かに、お前の覚悟は見てきた。だが、二階堂透の組織は想像以上に厳重だ。奴らに接触するだけで命を落とす可能性がある」

 男は静かに言いながら、暁律に視線を向けた。

「そのための準備はしてきたわ。日下部だって、それを知ってたから私を鍛えたんでしょ?」

 暁律は自信を失わない声で答える。

「……日下部が鍛えたなら、お前は最低限の準備はできてるだろう。ただし、それでも十分じゃない」

た。

「十分じゃない……それでも私は進むしかない」

 暁律は強い意志を込めた声で応じた。

「わかっているとは思うが、奴らに近づけば近づくほど、お前の命の危険は増す。日下部だって、簡単には教えなかっただろう?」

 男は視線を逸らさずに暁律を見つめた。

「ええ、それは十分理解してる。でも、ここで立ち止まるつもりはない」

 男はしばらく沈黙した後、ポケットからもう一枚の紙を取り出し、暁律に手渡した。

「これが東京での最初の接触ポイントだ。ここには日下部の旧友達がいる」

 男の声には慎重さが滲んでいた。

 暁律は紙を受け取りながら眉をひそめた。


「日下部の旧友……本当に信頼できるの?」

 男は少し間を置き、低い声で答えた。

「信頼?それはお前次第だ。奴らは過去に日下部と行動を共にしていただけで、今の関係がどうなっているかはわからん。ただ、必要とあれば協力する可能性は高い」

 暁律は紙をじっと見つめた。

 書かれているのは『新宿地区レッドラウンジ』という簡潔な喫茶店の住所の場所だけだった。

「『新宿地区レッドラウンジ』……… また怪しい喫茶店ね」

 暁律は紙をじっと見つめ、眉をひそめながら皮肉めいた口調で呟いた。

「簡単だ。店に入って、カウンターでこう言え――『幽霊を探している』と」

「『幽霊を探している』……?」

 暁律は紙を握りしめながら、疑問の色を浮かべた視線を男に向けた。

「そうだ。それが合言葉だ。店の奥にいる奴が、お前を本当の『レッドラウンジ』へ案内する」

 男は冷静に答えた。

「幽霊……また二階堂透にかけた比喩?」

「お前が店に行けば分かる。あの店は表向き喫茶店だが、裏では何でも屋のような連中が集まっている。その中には二階堂透に関する情報を持っている者もいるかもしれない」

 暁律は短く息を吐きながら、視線を戻した。

「そうだ奴の事を知っている者にとって、これ以上的確な表現は他にはないだろう」

 男は低い声で応じた。

「でも、幽霊を探していると言えば、店の奥に案内される......本当にそれでいいの?」

 暁律は持っている紙を折りたたみ、ポケットに入れながら男に問いかけた。

「安心しろ。そこで何をするかは、お前次第だ」

「......わかったわ」

 暁律は冷静な口調で答えた。

 男は暁律を静かに見つめたあと、言葉を続けた。

「一つだけ忠告しておく。『レッドラウンジ』には、日下部の旧友だけじゃなく危険な奴も居る」

「危険な奴……それは日下部の旧友の中にいるの?」

 暁律は冷静に問い返すが、その瞳には疑念が浮かんでいた。

「まぁ……日下部の旧友は危険な人間達だが……」

 男は一瞬言葉を切り、暁律に視線を向けた。

「それだけじゃない。『レッドラウンジ』には色んな奴が集まる金で動く傭兵、裏社会のブローカー、時には組織のスパイもな」

「……つまり、信用できるのは誰もいないってことね」

 暁律は眉をひそめ、封筒を握りしめた。

「正解だ。だが、お前が何を求めてるのか、どこまで覚悟してるのか。それを示せば、少なくとも話を聞く価値があると思う奴は現れるだろう」

「それで、日下部の旧友にどう接触すればいいの?」

 暁律の冷静な問いかけに、男は短く笑った。

「カウンターで言え。『幽霊を探している』とな。それが合言葉だ。そうすれば、あいつらが反応するだろう」

「……幽霊ね」

 暁律は短く呟いた。

「気をつけろよ。あいつらは一筋縄じゃいかない」

「覚悟なら出来てるわ」

 暁律は力強く答えた。

 男は煙草を吸いながら、薄く笑った。

「なら行け。そして、無事に戻ってこい……もし戻れたらの話だがな」

 暁律は無言で男の言葉を受け止め、足早にその場を後にした。

 外に出ると、冷たい風が彼女の頬を撫でた。

 封筒をしっかりと握りしめながら、心の中で覚悟を確認する。

 暁律は無言で男の言葉を受け止め、足早にその場を後にした。


 外に出ると、冷たい風が彼女の頬を撫でた。封筒をしっかりと握りしめながら、心の中で覚悟を確認する。

「『レッドラウンジ』……行くしかない」


 東京行きの準備を整え、暁律は新幹線に乗り込んだ。車窓に映る流れる景色を見つめながら、彼女の思考はこれからの行動に集中していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る