託宣

下村思游

本編

Ⅰ 弁明

 ここから話すつもりはなかったのだけれど、どこから話すべきかというものもないので、こうして話しはじめることになる。


 話をはじめるにあたってはまず、その動機みたいなものを語らなくてはならない。

 と、人はこう思うのであるかもしれない。

「そんなことは聞いてない」

 と。

 でもわたしはいま、それを話そうとしているのであり、あなたはそれを聞いているということになる。

「じゃ、はじめからそう言え」

 となる。

 わたしがいまから話すことから、あなたは必要なことだけを取り出して聞くことができるようになっている。

 わたしとしては、そんな都合のいい事態は充分に理解できないわけではない。科学の驚異を理解できないわけでもない。

 でも、挨拶とか前置きって必要じゃないですか。


 ここから話すつもりはなかった理由のひとつは、これまでもこうした話題は散々話しつくされてきたからだ。

 でも、やっぱりこうして話そうとするのはわたしが間抜けだからというだけではないのだ。

 海を渡り遠くの街を訪れ、知らないひとに会って「こんな話は聞き飽きた」と言われる。

「しかしわたしは、同じ話を何度も話さざるを得ないのです」とわたし。

「それがどうかしましたか」と相手。

「みんな、昔のことは忘れてしまうのです」とわたし。

「昔のことは忘れてしまう」と相手。

「だから」とわたしは言う。「やっぱり今も、昔みたいに」

「じゃ、同じ話をしてください。わたしはその場にいますから」と相手。

「わかりました」とわたし。


 地球が滅んでしまうとしたら、今こうしているわたしにとっての過去は未来の一部分となる。わたしが今から話す昔の話は未来へ向けてのメッセージであるべきだ。

 しかしその未来においてはかつての過去は今となっていて、その今はさらに未来では過去になるだろう。

 わたしの言っていることが正しいと証明された場合、わたしはこの地を去り、本来の時間軸に戻る必要があるってことになる。

 でも、なんだかこの地は居心地がよくて、わたしは未だにこの地にとどまっていたいと思わされる。ここに留まり昔の話を繰り返し、かつてわたしが去ったあとの時間軸にある誰かに、「そんな話は聞き飽きた」って言われてみたい。


 そういうことです。

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