第22話 もしも魔法が使えたら
「何かの手違いです! 入れてください!」
私は門の鉄格子を握り締めたまま、何度も叫んだ。
「……フレールサクレ伯爵家の者なら、魔法を使ってみせろ。そうしたら信じてやる」
「聖なる力は使えないけれど、私はフレールサクレ家の者に間違いありません!」
「信用できんな」
そして馬車の方を向き、
「おまえはさっさと行け!」
ジャックだけが馬車に残り、私に気の毒そうな顔をして走り去って行く。
「私のことはもういいです。でもこの方は身分の高いお子様です。話だけでも聞いて……」
「どうせ
浴びせられるあんまりな言葉。
「私に聖なる力が使えないばかりに……」
私はガクンと膝を折る。
もう動けない。
私一人ならなんとでもなるけれど、御主人様をどうしよう。王妃様がどんなに心配していらっしゃるか。
手紙を書いたって、王族の手元へ簡単に届くわけはない。
「アデリーヌ、元気を出せ」
「どうやったら元気が出るんです? 御主人様……」
「ジャックが乗っていった乗り合い馬車は、そのうち帰って来る。それに乗って町に帰ろう」
確かに……。
いや、関心している場合ではない。
身寄りもないこのヴェルセラ国の町で、御主人様と二人きり。
「マルク男爵の嘘つき……」
王妃様があんなにおっしゃったのに。
何が起きたのだろう。
それとも、大舞踏会で踊らなかったのを今も恨んで、こんな仕打ちを?
王妃様、助けてください。
途方にくれていると、御主人様が言った通り空の馬車が戻って来た。
「乗るかね?」
御者の問いにうなずいて答える。
「御主人様、寒くありませんか?」
「少し寒い」
「町に戻ったら、宿を取りましょう」
そんなことが頼めるのかどうか分からないけれど、御者に頼んでみた。
「お願い、どこか良さげな宿屋の前までお願いします」
「……うむ」
ムチがなって馬たちは歩き始めた。
暖かい部屋が恋しかった。
クララ、どうしてる?
今日も暖炉の掃除かしら?
林と麦畑の間をコトコトと馬車は走り、元の町についた。
「ここなら評判も良いし、割安な宿だ」
頼んだ通り「町一番の宿」と看板を出した、誇大広告気味の宿の前だ。
「ありがとう」
御者に、相場よりちょっと色を付けて銅貨三枚を払う。
「神の御加護を……」
御者はそう言って馬を急がせて走り去った。
本当に、今ほど神様のお力を必要としているときはありませんわ。
……聖女試験のときは別として。
「アデリーヌ、宿だ。入ろう」
「ええ、ここでお世話になりましょう」
私は軽いスーツケースを引いて御主人様の手を取り、宿屋に入った。
案内も乞わずに建物に入るのは妙な気分だけれど、普通の人はこれで良いのだろう。
「いらっしゃい!」
元気の良い明るい声。
「まだ日は高いのにお客様がいらっしゃるなんて、今日はついてるわ!」
愛嬌のある赤毛の娘さんだ。
「……宿を……たぶん何日か……」
「連泊ですね! ありがとうございます!!」
お願い、そんな大声を出さないで。
私クタクタで、あなたの声の圧力で倒れそうなの。
「ここへ住所とお名前と御職業を!!!」
差し出された帳面に実家の住所と名前を記入する。
「お連れ様は、お子様でいらっしゃいますか!!!!!」
声がどんどん大きくなる。御主人様のことを知られたくないのにこの受付嬢はデリカシーがない。
そのうえ、馬鹿おっしゃい。十七歳の乙女に七歳の息子が居てたまるもんですか!
それとも、ここ何日かの馬車の旅で子持ちでも不思議ないほど老けちゃいました?
がーん。
後で鏡を見てショックを受けないようにしよう。
「そうなんだ……これは僕のお母しゃん! 僕のとっても大切な人!」
御主人様、どこでそんな言葉づかいを覚えられました?
「御職業は……家庭教師!!!!!」
赤毛の受付嬢は、気の毒そうに私を見たが、声は相変わらず気の毒そうではない。
「……そうです」
没落貴族の令嬢が、成り上がった金持ちの家庭教師になるのは、よくあることだ。
もう一つの選択肢として神殿に入るのがあるけれど……ああ、これじゃ、まるっきり私じゃないの。
そうね、ここは受付嬢の誤解に乗ってしまいましょう。
「悪い男にだまされて、この子を産んだために家を追われまして……」
ヨヨヨと、ウソ泣きして悲劇のヒロインを演じる。悪い男に想定しているのは、もちろんマルク男爵だ。あの裏切り者め。
「お気の毒に……つらい思いをなさいましたね!!!!!!」
受付嬢さん、すっかり同情している。
ごめんなさいね……。
「アデリーヌさん、この通りを少し行った所に職業紹介所があります。家庭教師はちょっと難しいかもしれないけれど、お仕事が見つかると良いわ!!!!!!」
「ありがとうございます」
受付嬢はようやく声のトーンを落とし、ちょっとためらいながら、
「セントレ・エ・シエル王国の方だったら、魔法を使えたりしません?」と尋ねてきた。
だが、突然聞かれて私は答えられない。私にはその力がないから……。
「……あちらでは魔法でどんな病気でも治してしまうらしいわね。あの侯爵夫人を治したみたいに。そういう魔法が使えれば引く手あまたなんだけれど」
「……ごめんなさい、私、治癒魔法を使えないし、他の聖なる力も無いの」
おしゃべりずきの赤毛の受付嬢に、私は最後の気力を振り絞って微笑みを返した。
「早く……お部屋に……」
「あ、はい、二人用の部屋を用意しますね。あと、お食事はここでも食べれますが……」
「お願いいたします」
「ありがとうございます! 銀貨一枚、前払いでお願いします!!!!!!!!!!!!」
私が銀貨を差し出すと、受付嬢は背後の壁から大きなカギを取って私に手渡した。
「階段を上がってすぐ左手です」
「ありがとう」
爆音から開放されて一息つけた部屋は、南向きで日差しが入り、暖かかった。
ホッとしてマントを脱ぐ。
ベッドが二つ。
書き物机が一つ。
御主人様は服を着たまま、さっさとベッドに潜り込んでしまった。
子どもの体力は底しれずと言うが、さすがに疲れ果ててしまったのだろう。
脱ぎ散らかした小さな靴を、そっとそろえてあげる。
私ももう一つのベッドに座り、一息ついた。
あれ、お守り代わりに持ってきたマロニエの実が無い。
「御主人様、マロニエをご存知ありませんか?」
「存じておる」
嬉しそうにモゾモゾとポケットから取り出した。
「抱っこしてもらってる時に返してもらった。食べられもしないのに、ずいぶん大切に持っているんだな」
横になったまま、ながめてニヤニヤしている。
「それは私の……」
御主人様の思い出として持ってきたものと、本人の前で言えるだろうか。いや言えない。
ポケットに忍ばせた時の感傷がよみがえって、なんだか恥ずかしい。
「夕食になったら起こしてくれ」
御主人様は早くもすやすや眠り始めた。
金の髪がクシャクシャに乱れている。
櫛、持って来たっけ?
私はベッドに座り、お金の入った革袋を開けた。御主人様が駅馬車の中で大盤振る舞いしたせいで、金貨はあと三枚しか無い。
あとは銀貨二枚に銅貨五枚、そして虎の子のダイヤ。
金貨とダイヤがあるうちは、まだ大丈夫。
でも、ここに何日泊まるか分からない。
宿賃、足りるだろうか。
食事は宿賃に含まれるそうだけれど、食べていけるだろうか。
ああ、御主人様の服も買わなきゃ。
今の服では目立ちすぎるし、風邪をひいてしまう。
明日は「職業紹介所」に行ってみよう。
やることがありすぎて、目が回りそうだわ。
私はワンピースを脱いで畳むとベッドに横になった。
ノリのきいた清潔なシーツ!
なんてありがたいんでしょう。
疲れた。
晩御飯はいらないわ。
泥のような眠りに落ちる前、私は祈った。
神様、これからどうしましょう。
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