同衾
「せっかくのお泊り会なんだから、朝まで一緒に話そうよ!」
そんな撫子の言葉に乗った僕も悪いけど、どうしてこうなった!?
みらいと撫子に挟まれた僕。座敷に三組の布団を敷いて小の字になっている。
修学旅行みたいなノリで、友人と朝まで馬鹿な話に盛り上がる。そう思っていたのに、11時も過ぎた頃には、生活が規則正しいみらいが落ちた。「じゃあ、私達も寝よ」という撫子によって、彼女達の部屋で一緒に寝る事が決定してしまった。
なんせ、布団は既に座敷に敷いてあったので、部屋に帰っても寝る場所が無い。マットレスだけのベッドの上でポンチョにくるまって寝ようかとも考えたが、夜になればまだ冷える。
風邪をひいて、これからの連休を潰すのも嫌だ。ということで、僕はふたりの間で寝る覚悟を決めた。
今日だけだ。絶対に今日だけ。そう決めて、明かりを消して布団に入る。
日中に干した布団はふかふかで良い夢が見れそうだ。
不埒なこと? 無い無い。
ふたり共柔道の有段者だ。下手に手を出せばこっちがやられる。
右隣からはみらいの規則正しい寝息が聞こえて来る。
普段遅くまで勉強しているという撫子はまだ寝ていないのだろう。
昼間に少し寝たこともあって、すぐに寝付けなかった僕は、仰向けで暗い天井を眺めていると、撫子が近づいて来る気配がした。
僕は狸寝入りしつつ警戒する。
膝枕したり、相撲しようと言ったり、今日の撫子は明らかにおかしい。
僕がそれなりに知られたVチューバーだと知って、打算でアプローチをかけてきたのかとも思ったが、それなら僕程度ではなく、もっと堅実な相手を選ぶだろう。
美貌、才能、家柄。全てを兼ね備えた彼女なら、相手なんて選び放題なはずだ。現在活動休止中で、マフィアに狙われているというリスクを抱えた僕は、はっきり言って不良物件だ。彼女の眼鏡に適うとは思えない。
まさか僕のことを好きになった?
出会って数日で?
それこそまさかだ。真崎撫子という少女は、学校一の美少女と言われる大和撫子であり、誰もが憧れる高嶺の花。そんなちょろいはずがない。
「おじゃまします」
じゃまするなら来ないでください!
大胆にも布団に潜り込んできた撫子。柔らかい何かが腕に当たり、首すじに感じた吐息にぞくりとした。
もう完全に彼女の間合いだ。今ここで寝技をかけられたら抜け出せない!
身の危険を感じ、布団の隅へと逃げようとする。だがその時、ごろごろにゃんと、みらいがこっちに転がってきた。
寝相悪っ!
逃げ場をみらいに封鎖され、完全に身動きが取れなくなる。
「ふふっ」
小さく笑う撫子。
今にして思えば、僕が真ん中って配置でみらいが何も言わなかったってのもおかしい。
何を考えているか知らないが、みらいは撫子の協力者だ。
寝つきの良さも寝相の悪さも素なんだろうけれど。ベストなタイミングでやらかしてくれる。
「ねえ……彩昂君起きてる?」
みらいを起こさないようにだろう。彼女が耳元で囁いてくる。
「ぐーぐー」
「もう、わざとらしいんだから」
「ぐー」
「今日はごめんね。彩昂君にはクーちゃんがいるのに、今もこんなことして、でも彩昂君をひとりにしたくなかったんだ。彩昂君の心が頑張りすぎて疲れてるんだろうって思ったから」
頑張りすぎ。
何度も言われた。
でも、後悔はない。
もしも、どこかで立ち止まっていたら?
頑張ることを止めていたら?
それを考える方が怖いから。
「彩昂君、なんだか普段から他人に対して妙に気を張ってる感じだし、シシメルでひどい目に遭ったせいじゃないかと思ったらほっとけなくて」
確かに人に対して臆病なのは自覚してる。でもそれはシシメルに行く前からだ。
「小心者なのは元々だよ。みらいの子分だった子供の頃からね」
「やっぱり起きてた」
「ぐー」
「今更遅い」
耳を引っ張られたので、仕方なく撫子に向き直る。
息がかかるくらいの距離。
でも、ここできちんと話さないと、彼女と友達ではいられなくなる。そう思った。
「いいよ。撫子が納得するまで話をしよう」
「じゃあ、クーちゃんについて聞いてもいい?」
「答えられることなら」
撫子もやっぱり年頃の女の子。恋バナがしたいんだろうなって考えてたら、甘かった。
「妹なのに、彩昂君はどうしてクーちゃんを好きになったの?」
「……直球だね」
血が繋がってないから法的には問題無いとはいえ、世間一般で見れば、褒められないことであるのは理解できる。
でも、これにははっきり反論できるのだ。なんせ順番が違うから。
「妹を好きになったんじゃないんだ。そもそもクーが正式にうちに養子に入って義妹になったのは帰化申請が通った半年前だよ? それまでは父さんが預かっていた同居人で、好きになった後に義妹になったんだ。そんなのどうしようもないよ」
「そっか、そうだね……あんなに綺麗な子だもん。そりゃ、すぐに好きになっちゃうよね」
確かに、クーは可愛い。
でも──
「最初は苦手だったよ」
「そうなの?」
「クーは年下だけど、僕よりずっとしっかりしててさ。頭も良くて、運動も出来るクーに劣等感を感じてた」
最初は怖かった。
日本から逃げてきた僕にとって、あらゆる才能に恵まれたクーニアという少女は眩しすぎたんだ。
「自分だって両親を失ったばかりで辛かったはずなのに、悲しい顔ひとつ見せないんだよ。それなのに、言葉が通じなくて学校に通えない僕の勉強に付き合ってくれて、おかげで僕は英語とスペイン語を覚えることができた。結構厳しくて何度音を上げても絶対に逃がしてくれなくてさ。でも、根気強く面倒を見てくれたおかげで、僕は成長できたんだって思ってる」
「なんか、クーちゃんってみーちゃんみたい」
「そうだね。みらいが兄貴分なら、クーは先生であって師匠かな。気が付いたら好きになってた」
たぶん僕はリードしてくれる女の子に弱いのだ。
あと、まわしを締めたお尻に惚れたというのは黙っておく。
「みらいに温泉街を走り回されたみたいに、クーには散々野山を連れまわされた。おかげでかなり体力がついたよ」
「喧嘩とかした?」
「うん。会った初日にね。歓迎の料理を作ってくれたんだけど、その時の料理がクイっていう……こっちで言うモルモットの姿焼きでさ。僕が食べるのを拒んだら怒ったクーに馬乗りにされて、無理やり口に突っ込まれた」
「……っ!?」
唐突に撫子が胸元に顔を押し付けてきた。どうやらツボに入ってしまったようだ。
「ご、ごめん……だって、おかしくて……!」
確かに、今なら良い笑い話だ。
「頭ついたままなんだよ? 向こうではご馳走なんだけどさ。初心者にはきついって」
「そう……だよね……ふふっ!」
未だ笑いが収まらないらしい撫子の頭を撫でる。
「彩昂君。女の子の扱いになれてない?」
「紳士なんだよ」
「そういうことにしておくね」
顔を上げた撫子。艶やかな髪と澄んだ瞳は暗がりでも、闇に溶けることなく輝いて見えた。
「クーちゃんってそういう子なんだ。今から会うのが楽しみだよ」
「それはよかった。是非仲良くしてあげてほしい」
「もちろん。でもよかった。クーちゃんのことを話す彩昂君が楽しそうで。彩昂君は向こうでも幸せだったんだね」
「ああ、そうだね。大変だったし、悲しいことも辛いこともあったけど、シシメルに行ったことに後悔はない。むしろ幸運だったと思ってるよ」
「そっか。じゃあ、私が心配することはなかったのかな。てっきり、彩昂君の心が壊れてるんじゃないかなって、思ってたから」
そっか。
僕は今日の彼女の奇行に合点がいった。
彼女は僕を癒そうとしていたんだ。
本当に、優しい子だ。
「君の思っている通り、僕はPTSDだって診断を受けている。でもそれは日常生活に差支えが無い軽いものだから、そこまで心配する程のことじゃないよ」
「ほんとうに? 夜中に救急車のサイレンで跳び起きたりしない?」
どこの外人部隊出身者だよそれ?
「しないよ。僕が住んでた村には救急車もサイレンも無かったからね。夜は静かで、ぐっすり寝てたよ」
「そっか」
当然夜襲の警戒はしてたけど、村は標高2000メートルにある天然の要塞だ。訓練された兵士でも気付かれずに山を登って、夜襲を仕掛けるのは至難の業だ。夜間作動させていた対人センサーにかかったのは大抵獣か、逢引する男女だった。
それはそれで騒ぎになったり修羅場になったりしたんだけど。
撫子が心配するように、僕は病んでるわけではない。
ただ、カウンセリングをした医師の診断によると、僕は大切に思う相手に対して執着が強いらしい。
僕の心を蝕むものがあるとすれば、それは失うことへの恐怖だ。
これは、母親がいなかったことや、親せきの家に預けられた幼少期の経験。それに、臆病な性格が原因で、通常ならさして問題は無く、むしろ家族や仲間を大切にできると肯定的にみられる。
だけど、それは平時での話。
もしも、愛する人が危機に陥れば?
僕がシシメルで無理することが出来たのはそれが理由だ。
以前一緒に遊んだ子が人買いによってかどわかされた聞かされた時、どうしようもなく悲しくて、辛かった。
無力な自分が嫌だった。
無力なままで諦める大人に絶望した。
そんな時、人買いがクーを狙っていると知って、僕のたがが外れたんだ。
喜んで道化にもなれば、この手を血に染めることもいとわない。そう決めて、Vチューバーになった僕は、資金と伝手を使って人買いに報復し、マフィアからクーを護りきった。
そして──
日本で護りたい人がまた増えた。
翌朝──
「お前らふざけんな!」
撫子と一緒の布団で寝てたのをみらいに見られて蹴り起こされた。
~~~~~あとがき~~~~~
彩昂と撫子の間には何もありません。ただおしゃべりして寝ちゃっただけです。
彩昂は非童貞主人公なので、女の子と同じ布団でも普通に寝ます。
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