坊ちゃん
それから僕達は服を買う為に駅前の商店街へと向かった。
杜兎市には、イ○ンどころかし○むらすら無い。日常の買い物は大抵商店街で、僕達が行くのも、昔からお世話になっている個人営業の服屋である。
「あら、みらいちゃん! それに真崎のお嬢様! いらっしゃい!」
懐かしい店内に入ると、品の良い身なりをしたご婦人が愛想良く出迎える。地元民ならほぼ顔なじみで、通称服屋のおばちゃん。そのまんまだけど、八百屋の親父、肉屋のおっちゃん、床屋の姉さんと、商店街での呼び名なんてそんなもんである。
それにしても真崎のお嬢様って? その通りなんだけどなんか笑える。
僕が笑いを堪えてるのが伝わったのか、真崎さんが肘で脇腹を小突いて来た。
「あら? そちらの素敵な格好の方は?」
言葉と裏腹に服屋のおばちゃんが怪訝な顔をする。この反応にも慣れっこだ。
「ご無沙汰してます」
僕がテンガロンハットを脱いで会釈すると、うって変わって破顔一笑。
「あらあらあら! 麻生の坊ちゃん!? まあまあまあ立派になって!」
坊ちゃんはやめて! めっちゃ恥ずかしいから!
ものごころつく前に亡くなったけど、僕の祖父は昔市長をしていた。そのせいで、町の人からは坊ちゃんと呼ばれていて、今でも年配の知り合いはその呼び方をする。
真崎さんが笑いを堪えているのがわかったので、小さく肘で小突く。
「あやたの奴、帰国したばっかで服が無いって言うから、なこと一緒に選んでやろうと思って」
「あらあらあら。いいわねぇ、坊ちゃん。両手に花ね」
「あはは……坊ちゃんはやめてください。もう高校生なんですから」
「うふふ。もう何年かしたら、若旦那って呼ぶようになるのかしら?」
それは……
僕が口を開く前にみらいがそれを否定する。
「あたしもなこも、あやたなんてお呼びじゃないし。こいつはどうせ高校卒業したら町を出ていくんだから」
「あらまあ。みらいちゃんとは昔からお似合いなのに残念ねぇ」
「はあ? こいつはただの子分だし!」
ぷんと頬を膨らませるみらいに、僕は曖昧な笑みを浮かべる。
あらあらと笑う服屋のおばちゃん。
そこからは当初の目的通り服を選ぶ。
「あやた。こういうのどう?」
みらいがイケメンアイドルが着てそうなポップなシャツを薦めて来る。
「ちょっと派手かな。もう少しシンプルな方が」
「あれよりかはよっぽど普通だぞ」
あれとは、現在おばちゃんの手にあるポンチョのことだ。職業柄気になったのだろう。おばちゃんが是非見せてほしいというので預けたのだ。
「彩昂君は落ち着いた雰囲気があるから、カジュアルな方が似合いそうではあるよね」
「だったらこれは? セール品でお値段も安いよ?」
「柄は良いけど、今からの季節だと半そでが良いな」
「あやたのくせに注文が多いぞ」
「そんな事いわれても」
その間、服屋のおばちゃんは僕から預かったポンチョやテンガロンハットを眺めていた。
「手織りね。毛はアルパカかしら? 温かみがあって素敵だわ。柄も味があるし、流行るかもしれないわね」
流石。さんざん言われているポンチョだが、見る人が見れば良さがわかるのだ。
「あら? ここほつれてるわ。この形、拳銃の弾がかすった跡かしら? ここにも……それに血の跡? こんなものがどうして……いったい、坊ちゃんは何を経験したというの? それにこれは銀髪? きっと顔を押し付けて涙をぬぐったのね。身長はみらいちゃんと同じくらいかしら? ああ、なんてこと!?」
「ちょっとおばちゃん!? どうしたの!?」
服屋のおばちゃんが急に涙を流し始めたのを見て、駆け寄るみらい。
「ごめんなさい。坊ちゃんが経験してきた艱難辛苦なドラマをこのポンチョが語り掛けて来るの。そしたらつい……化粧を直してくるわ。ゆっくり見て行ってね」
おばちゃんはハンカチで目元をぬぐいながら奥へと消えていく。
「いったい何があったんだ?」
「服屋のおばちゃんは服の痕跡で、その人の職業とか、昨夜の行動を見抜くって商店街では有名なんだ。ポンチョにあったほつれや髪の毛から、あんたの苦労が見えて感極まっちゃったみたい」
探偵でもやっていけそうだなそのスキル。
「早く選んでお暇した方がいいんじゃないかな?」
「そだね。他にも色々買わなきゃだし。今夜はあやたの家でご飯にしない? 台所の使い勝手もみたいからさ」
「いいね。でもそれだと遅くなりそうだし、いっそお泊まりとかどうかな? ねえ、彩昂君?」
「いいよね? あやた?」
「いいけど、親の承諾はとってよ?」
「わかってるって」
早速連絡をとるみらいと真崎さん。ふたり共あっさり許可が出たみたいで、お泊り会決定である。
戻ってきたおばちゃんがその様子を見て、「修羅場よ修羅場……きっと嵐が来るわ」とつぶやくのを僕は聞き逃さなかった。
やめてくれ。縁起でもない。
それから、普段使いできそうなジーンズ2本と、夏物のシャツ。部屋着用のスウェット、下着や靴下なんかを買った。
ありがたいことに、このお店ではジーンズの裾上げを、その場で、しかも無料でやってくれるらしい。
ただ、支払いで少し問題があった。デビットカードが使えなかったのだ。
「3万円超えてるけど、あやたお金は大丈夫?」
「それくらい持ち合わせてるよ」
僕は鞄から分厚い一万円札の束を取り出そうとして──
「ちょっと待て」
みらいに止められた。
「なんでそんな大金持ち歩いてんだ。この馬鹿!」
「当座の資金が無いと困るだろう? こういう事もあるし」
「だからって常識を考えろ」
みらいの言うことはもっともだが、口座もひとりでは作れないし、クレジットカードも持てない。未成年者は不便なのだ。
「さっき、ばあちゃんから家の鍵と一緒に僕名義の通帳とカードを受け取ったから、後で銀行に行くよ」
「まったく……」
支払いを済ませる際、おばちゃんは近いうちにデビットカードを使えるようにしておくと約束してくれた。
裾上げをやってもらってる間に買い出しをしようという事になって、僕達は二手に分かれた。
みらいと真崎さんは商店街で買い物に。僕は銀行へ行ってから、帰って家の掃除だ。
しかし、銀行へ行った際、そこでも僕はやらかした。
普通に考えて高校生が大金を持ってたら不審がられる。保護者を呼んでの説明を求められた僕が洋介さんに連絡すると、渚さんがすっ飛んできた。
「このお坊ちゃんは本当にもう!」
めちゃくちゃ怒られた。
※日本での独り暮らしが決まっていた彩昂は、予めまとまった現金をシシメルで用意してから日本に入国していました。関税はちゃんと通しているので現金の持ち込みは合法なのですが、未成年者が多額の現金を銀行に預けようとすると、まず止められて保護者の同伴を求められ、下手すると警察を呼ばれたりするそうです。因みにクーニアも多額の現金を隠し持って生活しています。
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