第24話 陽護隊北区一番隊隊長 フーラー・ワイヤー

 倭国の北区は、貧困層が集まるので、危険区域に指定されている。

 その北区の治安を担当しているのが、陽護隊北区一番隊隊長フーラー・ワイヤーだ。そのワイヤーは早朝、剣術大会に向けて、北区から少し離れた川辺で、素振りをしていた。

 汗が滴る金色の髪の隙間から闘志に燃える男の顔が覗かれる。

 彼は元バジール法国出身の名門貴族であったが、魔法使いの資質に必要な神器が無く、肩身の狭い生活を送っていた。が、ある日、バジール法国に訪れたサムライの剣技に感銘を受けると、バジール法国の生活をあっさり捨てて、倭国へとやって来た。

 それから三年。血の滲む努力によって、今では倭国で一番危険な北区を任されるようになるまで出世した。


「今回もシロウは大会に出ないのか‥。おのれ、勝ち逃げは許さんぞ!」


 ワイヤーは刃先を太陽に突き立てると、太陽光が刃文はもんを照らして反射した。副隊長のシズルには悪いが、今ではシロウの次に強いのは自分だと自負している。

 ワイヤーは自画自賛していると、突然、背後から男が斬りかかってきた。だが、ワイヤーは慌てること無く、相手の気をキャッチして、振り向きもせず、一歩前に出て、男の斬撃を紙一重で避けてみせた。


「お見事!」

 

「お前が未熟なだけだ。もっと殺気を殺せ。気がダダ洩れだぞ。タネシマ」


「は、精進します」


 北区一番隊副隊長のタネシマ・ハジメは地に片膝を付いて頭を垂れる。

 ワイヤーは、第六感を鍛える為、部下に、いつ何時でも斬りかかってこいと命令している。

 それもこれも、全てはシロウに勝つ為だった。シロウの無刀は目で追えないスピードで斬る技なら、刀を抜く前の僅かな気の揺らぎを察知してかわすしかない。これが、打倒シロウを掲げた、死と隣り合わせの訓練を行う、ワイヤーの日常だった。

 

「で?要件はなんだ。まさか、寝首を搔く為に来た訳ではないのだろう?」


 ワイヤーは笑う。


「それが‥」


 ワイヤーとは対極に、タネシマは神妙な顔付きで、言葉を慎重に選んだ。なるべく声を上ずらないように気を付けたが駄目だった。僅かに声が震えてしまった。


「シ、シロウ大隊長と太陽の巫女様が駆け落ちしたようで‥。現在、二人は行方不明です‥」


「なんだと!」ワイヤーはタネシマの胸ぐらを掴んだ。


「さ、さ、更に、副隊長のシズル様も同じく行方不明になっています!隊長‥苦しい‥」


 警備兵は何をやってるんだ!と、ワイヤーは喉元まで出かかったが、己も腕試しがしたくて、剣術大会に出た身である。警備兵を責める事が出来ず、飲み込んだ。


「更に悪い知らせが‥」


「まだあるのか、話せ!」


 タネシマは突然、発熱にうなされて嘔吐を繰り返した。「魔‥感染‥第二波‥が‥倭国に」――そう言って、タネシマは息を引き取った。


「おい、タネシ‥――!」


 続いて、ワイヤーにも、発熱と嘔吐が襲ってきた。

 体の芯が熱くなり、細胞が燃える様だった。ワイヤーは地面にのた打ち回り痙攣した。だが、次第に熱が引いて元に戻った。ワイヤーは何事も無かった様にスッと立ち上がる。

 内から殺意が沸々と湧き上がってくるのを感じると、世界が真っ赤に染まっていく様だった。 

 こうして、ワイヤーは、魔感染第二波適応者となった。

 

「今ならシロウに勝てる気がする。だが、もうシロウはいない‥」

 

 殺意の行き場を失い、虚無感に襲われるワイヤーを他所に、魔感染を恐れて、倭国から出て来た民衆が、ワイヤーを見るなり、駆け寄って来た。


「おお、擁護隊の隊長がいるぞ!」

「ああ良かった。助けて!ワイヤーさん!」

「子供が感染したんです!子供を優先に助けて下さい!ワイヤー様」


 虚無感に苛立つワイヤーは、冷めた視線で民衆を睨むと、こっちに向かってくる女、子供にいたるまで、倭国の民の首を斬り落とした。そしたら、よく振った炭酸水のように、血の噴水が一斉に首元から吐き上がった。血に染まった刀と返り血を浴びたワイヤーは殺意に満たされ高揚するも、シロウというライバルを失った虚無感の方が大きく、ワイヤーの心はポッカリと穴が開いてしまった。


「弱い‥」ワイヤーの目の奥から闘志が消えていく。


 一体何が起こったのか、民衆は暫く、理解できなかった。


 ‥まさか、倭国の警備隊長も魔感染適応者になったのか?


 ようやく現状を理解した民衆は、水面に小石を投げると波紋が広がる様に、恐怖があっという間に広まった。


 ワイヤーは、血に染まった刀を血振りして、こっち向かって歩いて来た。


 それを見た先頭は恐怖の悲鳴が最高音域まで跳ね上がる。

 先頭は急いで倭国へ引き返すが、倭国を出ようとする後続とぶつかって、押し問答になった。

 前にはワイヤー、後ろからは魔感染が広がって来る。

 目の前が真っ暗になった先頭の民衆は、ワイヤーから逃げる事を選択して、後方の民衆をかき分け、時に踏み潰し、我先に逃げだした。中には逃げ遅れる者もいる。そういう輩は皆、五体がバラバラになって宙を舞った。


「弱い、弱い弱い弱い、弱過ぎる。私を満たす強き者はいないのか‥」

 

 広大な砂漠で、一滴の水を、探し求める顔をするワイヤーは、強き者を求めて、北区から南下して、剣術大会が開かれる太陽御殿へと向かった。

 既に数えきれないほどの人間を切り殺したワイヤーは、そろそろ、太陽御殿がある中央区の入り口へ入ろうとしたところ、おかしな死体が大量に転がっている事に気が付いた。

 その死体は、発狂した顔で、耳を塞ぎながら、目、口、鼻、耳から血を流して死んでいた。


 これはどういうことなのか?

 ワイヤーは興味が湧いた。


 どの道、こんな状況では剣術大会は閉鎖しているだろう。なら好奇心に従うのも一興と思ったが、原因を探すまでもなかった。この事態を招いたであろうユニコーンの角を生やした倭国の歌姫ハルカゼ・ハナが太陽院の前に立っていたからだ。

 

「あれはハルカゼ・ハナではないか。あの角?‥成程、奴も魔感染に適合したか」


 ワイヤーは刀を握り直し、ハナを標的に定めたが、ハナは宿屋を見上げて立っていたので、ワイヤーもつられて見上げるとアレイスと目が合った。

 

 だが、もっと興味を引いたのは、アレイスの隣にいる悪魔の姿をしたアリアだった。


 あの女も、感染者か。

 しかも、初期感染者の姿だ。

 

 ‥だが、様子がおかしい。


 隣の仲間と親しく話しているではないか。魔感染に感染したら殺意が突き上げてくるはず。なのに、奴からは殺意が感じられない。

 

 ――何故だ?いや、しかし‥。


 「感染者同士の戦いなら、私を満たしてくれるかもしれん」


 ワイヤーの内側から、殺意の衝動以上に闘志が燃え上がってきた。

 それが嬉しくて、思わず、口角が上がって白い歯が見えた。

 

 「面白い。面白いぞ。興味がそそられる!」


 ワイヤーの目の奥に、炎が宿り始めた。


 

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