第22話 魔感染第二波 倭国襲来
本来、冥界は罪を犯した者が落ちる場所である。
真っ当な人生を歩んだ魂が、生きたまま入る場所ではない。
とはいえ、例外が無いわけではない。生きたまま冥界に入る方法はある事にはある。
その方法とは、肉体を一時的に仮死状態するか睡眠状態にして、冥界神の許可を得たのち、冥界の番人の先導で、魂だけ、冥界へ送るというやり方なのだが、ナツメは、それをヨウに伝えると、迷う事無く、ヨウは頷いた。
「正直、私は反対よ。彼女とはさっき会ったばかりの赤の他人じゃない。見捨てたって誰も文句言わないわ」
「そう‥かもだけど、見捨てる事なんて出来ないじゃん!他人だって命はあるんだぞ?」
「命‥?」
「やっぱり、俺は彼女を助けたい。ナツメはどうなの?無いの?こう‥内から込み上げてくるものって言うか、熱くなるみたいな感じのヤツ!」
「熱く?‥無いわ」と軽く首を振って答えたが、沸々と、何かが込み上げてきて、段々面白くなってきたナツメは、含み笑いが口から漏れた「‥けど、わかったわ。あ、でも、ここじゃ無理よ」
「それも知らないぞ。冥界落ちした者を拾い上げる方法があるのか?チッ、いちいちイラつかせてくれる。だが、そんな
月の神官達は、渋々、起き上がり、ヨウとナツメを囲むと冥界の神語を詠唱し始めた。
「ヨウ、宿屋まで一旦引くわよ」
「わかった!」
ナツメは氷刀を鞘から抜いて、逆手に持ち直すと、刀を地面に突き刺した。
冷気は地面を伝って、一瞬で、周囲を氷結させた。天井からは氷柱が垂れさがり、凍った水気のせいで、目の前を白い霞が覆う。
動揺する月の神官達は、次第に足の感覚がなくなっていく事に気づく。足元を見てみると、霜が足元から、這い上がってくる。そして、一瞬で全身に広がり、悲鳴を上げる暇も無く、仮死状態になってしまった。
その隙に、ヨウとナツメは太陽御殿から抜け出した。
ナツメの口から、ため息が漏れる。人を殺さない約束って、思った以上に厄介ね。いちいち力を調整しないといけないわ。
霞が晴れると、既に、ヨウとナツメはいなくなっていた。
変わりに、凍った部下達が、並んでいるのを見て、シズルは腰に下げた刀を抜いて、部下達の首を刎ねた。
「どのみち、シズネの最後を見た奴等は、全員処分するつもりだった‥。手間が省けたよ。しかし‥マズいな」
ナツメは巫女暗殺計画を知っている。誰かに喋られると厄介だな。
まあ、殺人狂のナツメの言葉など信じる者はいないだろうが、万が一と言う事もある。少しでも不安があるなら問題は解消すべきだな。
「それに、あの
その時、大勢の民が悲鳴を上げながら、四脚門を叩く音が寝殿まで響いた。
「なんだ、騒々しい。剣術大会はまだ始まらんぞ」
シズルの苛立ちを察したのか、門番を担当する警備兵がこちらに向かって走って来ると膝を着いて頭を下げた。そして、急いで報告しようとしたが、周囲に首の無い死体がゴロゴロ転がっていて、思わず、声を詰まらせ、心臓が口から飛び出した。‥これは絶対に口にしてはいけない案件だ。そう悟った警備兵は見ざる、聞かざる、言わざるに徹した。
「ほ、報告します。外で魔感染第二波が襲来しています。恐らくは、第一波以上の感染速度かと‥。シズル様も、一刻も早く避難を!」
「おお、それはめでたい。メリア様の神徳が現れた。これこそ証だ!」
はあ?何を言ってるんだこいつは?と思った門番はシズルを見上げようとしたが、思い止まり、やめた。
うっかり、目が合ってしまったら、何されるかわかったものじゃないからだ。
しかし、何なんだ。この男は?からくり人形のように感情が感じられない。まるで、闇の中に手を突っ込んでるみたいで気持ち悪い。早くこの場から立ち去ろう。
だか、身体は、目の前の男から発する死臭を感じ取り、正直に反応してしまう。
震えを我慢すればする程、冷たい汗が、背中をつたっていくのがわかった。早く早く、この場を立ち去りたいのに、本人の意思に逆らって、身体の芯から恐怖が溢れかえって、震えが止まらなくなってしまった。
「どうした。震えているぞ。‥私が怖いのか?」
シズルの冷たい声に心底ビビった警備兵は、頭を地面に擦り付け、土下座した。
「‥申し訳ございません。つい。わ、私には妻子がおります。家族を食べさせる為に、生きねばなりません。どうか、命だけは‥」
「ああ、悲しき事よ。いつの世も、生は尊ばれ、死は拒絶される。これではあまりにもメリア様が不憫だ。死はあらゆる魂に等しく与えられる。言わば、メリア様からの愛であり恵なのだ。それを恐れるとは何事か!死は恐怖の対象ではない。喜びと歓喜で迎え入れよ。愚か者め!」
もうダメだと思った警備兵は、意を決して、刀を抜きながら顔を上げた。が、シズルの方が先に、警備兵を斬首した。恐怖に歪んだ警備兵の頭が地面に落ちてコロコロと転がると、シズルはその頭を踏みつけ、額にバツを切って両手を組んだ。
「ああ、死の女神メリア様に冥福を。倭国の民をメリア様に捧げます」
シズルの目から歓喜の涙が零れ、大空に向かって両手を広げた。
第一波の混乱が止まぬうちに、再び、倭国に魔感染第二波の波が押し寄せ、死の嵐が吹き荒れた。
民衆は倭国の権威の象徴である太陽の巫女に助けを求め、大鳥居を潜り、太陽御殿へとなだれ込んだ。しかし、民衆はまだ知らない。太陽の巫女は、現在、不在である事を。
しかも、民を捨て、擁護隊大隊長のシロウと駆け落ちしたなど夢にも思わなかった。
アリアは布団から顔を半分出してこっちを見てくるが、ヴァンは「ダメ」と言って、指でバッテンを作る。
「まだ何も言ってない!」
「当然だ。その体で剣術大会に出れると思うなよ。まったく、病人のくせに元気な奴だな‥」
アレイスはそう言って、窓から見える景色を退屈そうに眺める。
付きっきりでアリアの看病(逃げないように見張る)に、若干の疲れと、飽きが出てきて、小さな欠伸が出た。
「ん?なんだ‥外の様子がおかしいぞ?」
アレイス達が宿泊している宿屋の窓から、平屋の総合病院が見える。そこは、入り口に入ると総合受付があり、事故で負った怪我などは主に魔法使いへ案内される。魔法使いで解決出来ない病気などは、薬師が担い、そのどちらでもない霊的な悩みは、呪術士へと案内される。
このように、倭国の安寧を担う大切な施設なのだが、これらは、皆、過去の巫女達が民の暮らしを少しでも良くしようとして作られた国営施設の一つであった。民衆は太陽の巫女に感謝の意を表し、この病院を太陽院と名付けた。
その太陽院から、一人、二人と必死に逃げ出す患者が見えた。それから、ドドドッと鬼気迫る勢いで、我先にと、逃げ出す患者で溢れかえった。
そのあとを追うように、ゆっくりと、額に白いユニコーンの角を生やした少女が病院から出てきた。
「なんだ?何が起こってる‥」
「どうしたの?」
ヴァンも窓の外を覗くと、血生臭い臭いが風に乗ってヴァンの鼻を刺してくる。あまりの悪臭にウっと鼻を摘まんでしまった。
「何?すごく臭い。あの病院から血の匂いがしてくる」
「ヴァン!念のため戦闘準備だ!」
「えっ!本当!」アリアは興奮して体を起こした。
「お前は寝てろ!」
「なんで!いや、私も出るから!」
アリアは、布団から飛び出して立ち上がると、意識が朦朧として、立ち眩みがした。
「だから言ったろ!」
「私だってやれる。大丈夫だから‥ね?アレイス‥」
「‥全く。言う事聞かないヤツだな。無理はするなよ」
「うん。アレイスはヨウと違って話が分かるから好き!」
「よく言う」アレイスの広角が少し上がる。
「あ!ヨウとナツメが帰ってきた!」
噂をすればなんとやら。パニックになっている人混みをかき分け、ヨウとナツメは宿屋に入ってきたと思ったら、慌ただしく階段を駆け上がって、部屋へ入って来た。
肩を上下に揺らして、膝に手を置き、息を切らすヨウを見て、アリア達は緊張が走った。
魔法使いは、いつでも詠唱出来る様に、息を切らす運動は避けている。
だが、目の前のヨウはなりふり構わず走ってきたといった感じだ。それだけ危険な状況が迫っているという事だ。
「アリア、体調悪いところ悪いけど、そこを退いて――って‥もう立ってるじゃない?まあいいわ、そこにヨウを寝かせるわ!詳しい話は後よ!時間が無いの。今は何も聞かずに皆でヨウの体を守って!」
「厄介事を持ち込んできたのか!」
「ええ。その通りよ」
「いや、今回は俺からお願いしたんだ。だから、ナツメを責めないでくれ」
ヨウの言葉にアレイスは、怒りの矛先を失い、苛立った。
「あら、もしかして、自信がないのかしら?これでも一番安全な場所を選んだつもりなのだけど?アレイス、貴方は彼を守れて?」
「――貴様!上等だ。挑発に乗ってやる」アレイスはトカゲの拳を握り締める。
「いい答えよ。さあ、ヨウ、横になって!直ぐに追っ手が来るわ!」
「ああ!」ヨウはベットの上で横になると目を瞑った。
「今から貴方を冥界に送るわ。でも、長い時間の仮死状態は危険だから、早く帰ってきなさい。いい?」
「大丈夫だよ。やってくれ」
「ちょ、ちょっと、冥界に送るって何?ヨウ、ホントに大丈夫なの!」
アリアは心配になって思わず口を挟んだ。だが、それを無視してナツメは冥界神にコンタクトを取る為、静かに瞑想に入った。そして、ナツメは独り言を言い始めた。
「‥はい。申し訳ありません。それで‥ありがとうございます。では‥」
冥界神の許可を得たナツメは、ヨウを冷気で包んで凍らせた。次第にヨウの意識は遠のき、トクン‥トクン‥‥トクン‥‥‥と心臓が止まった。これで、一時的に仮死状態となった。それから、ヨウの体の上に小さな次元の狭間が開くと、ヨウの体から魂が浮き上がり、そのまま、次元の狭間に吸い込まれ、冥界へと送られた。
「あとは、彼の帰りを待つだけ。その間、皆でヨウの体を守るのよ」
「後で、説明してくれるんでしょう‥?」ヨウを心配して怒るアリアはナツメを問い詰める。しかし、ナツメは涼しい顔で「ええ、終わったらね」と答えるだけだった。
「も、もう、剣術大会どころじゃなくなちゃったね?アハ、アハハ‥ハ‥」
ヴァンは、張り詰めた空気を、笑って和ませようと頑張った。
「どのみち出れなかったんだから、こっちの方が良かったかも!ヘヘ」
と、アリアは若干機嫌がよくなって、ガッツポーズをとる。が、目の焦点が合わず、額から油汗が滲んだ。
「と、取りあえず、窓閉めて隠れよう。少しでも時間を稼ごうよ」
ヴァンの提案にアレイスは首を振った。
「もう遅い。見ろ!アイツ等魔感染適合者らしい。こちらを見てる」
ヴァンとアリアは再び、窓の外を覗くと、ユニコーンの角をおでこから生やした女の周囲には、先ほど、太陽院から逃げ出した患者の死体が波打つ様に死んでいた。その死体の顔は、皆、苦痛の表情を浮かべ、目や耳から血を流していた。
「え?ちょっと、何?少し、目を離しただけなのに、いつの間に?」ヴァンは驚いて窓から遠ざかった。
ユニコーン少女は、アレイス達を見て、邪気の無い笑顔でニコリと微笑んだ。
それから、もう一人。金髪の男は、上下黒服で、胸元と背中に、朝日が昇る太陽の印あることから、擁護隊であることが分かった。
問題は男の後ろには、北区へと続く道があるのだが、その道には、刀で斬られた死体が、ゴロゴロと転がっていた。
アレイスは何となく想像はついた。きっと、あの男は北区から歩いて来た。そして、遊び半分で人を斬りながら南下してきたのだろう。
返り血を浴びた金髪の男が此方を見上げると、アリアとバチっと目が合った。
金髪の男は、アリアを見て血がたぎったらしく、挑発するようにニヤリと笑う。
「ねえねえ、ヴァン。ワクワクしない!」
「貴方、魔感染の影響で頭おかしくなったの?」ナツメは首を傾げる。
「いや、アリアは前からこうだよ。ず~と頭おかしいんだから。本当に!」
ヴァンの一言に、アレイスとナツメが笑う。
「もう、笑わないでよ。自覚してるんだから‥」
口を尖らせ、アリアも笑う。
こんな状況でも笑いが起こる。だから狼刀の風が好き!
アリアは、皆の笑顔が見れた事が、心の底から嬉しかった。
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