第8話  阿吽の呼吸

 オロチがどんなに力を込めても鎌を斬る事が出来なかった。 

 責めき合うヨウとオロチ。視線を絡ませ火花を散らす。


「こんな子供に!」


「子供‥で‥悪かったな!」


 どんなに凄い武器を持っていてもヨウはまだ14才の子供。しかも相手は日々の鍛錬をかかさない。

 徐々に押されて、オロチの剣がヨウの鼻先へと近付いて来る。

 

 ――お、押し負ける。これが最初で最後のチャンスかもしれないのに!

 

 オロチが異常に鎌を恐れ、気を取られている僅かな隙を狼刀の風は見逃さなかった。

 

 アリアは勝機と見て駆け出した。

 巨人の斧をまるでオモチャの様に、軽々と担いで、オロチの後ろから振り抜いた。


 しかし、オロチはジャンプして、ヒラリかわされてしまった。


 ――がこれは想定内!

 

 阿吽の呼吸で、すかさずアリアの向いからヴァンが入って来て、オロチ挟む形で、腹部に突きをくりだす。


「そう来ると思いやしたぜ。狼坊や!」


 次の行動を読んでいたオロチは、勝ち誇った笑みを浮かべ、器用にもジャンプした態勢から剣を振る。

 剣先は餌を求め狙いを定めた鷹の様に、風を斬ってヴァンの首元へ飛んで行く。 

 

 だが、ヴァンも負けてなかった。

 相手が風を斬るなら、ヴァンは風を味方に付けている。

 

「これも想定内かな?風の精霊よ!お願い!力を貸して!」


 ヴァンの呼びかけに、風の精霊は大いに張り切った。

 ヴァンの拳を中心に風が巻き起こり回転し始めると、一気に竜巻が発生して、落葉を巻き込んでオロチを吹き飛ばした。

 

「おおおおお~なにいいい!」


 更にオロチが吹き飛んだ先にアレイスがトカゲの拳を固めて待っていた。


「こ、これはいかん!」


 回転しながら風に押されるオロチは体の自由がきかない。

 アレイスは歯を食いしばって、鉄より硬い拳で渾身の一撃をオロチの背中にめり込ませた。


 オロチの背中から腹へと衝撃が貫き背骨が軋む音が聞こえた。

 その痛みは瞬く間に全身に広がり、オロチは一時的に呼吸が出来なくなった。

 オロチはミミズが這う様にジタバタする。


「ヨウ!今だ!」


 アレイスに言われるまでもなく、既に詠唱を終えたヨウは今一度、上級魔法、土の神『ドルド』を発動させた。巨大なゴーレムが地面から這い上がり、オロチに倒れ込んできた。


「ちょっと待ってくれ!冗談はよてくれ!」


 ―――ドスン!


 地面は揺れて、ゴーレムはオロチに覆いかぶさる。

 僅かに顔だけ飛び出す感じでオロチの自由を奪った。

 だがそれでも安心できない。

 さっきはここから逃げられたのだ。


 ピコンと閃いたヨウはニヤリと笑って、巨人の斧をゴーレムの上に置いてもらった。


「おおお重い~!ちょいと坊や達、冗談になってませんが?その斧どかしてくれ~!」


 さて、これからどうしたものか?

 どうやってオロチを倭国まで連れて行く?

 そこまで考えてなかったな‥いっその事オロチの手足をちょん切ってしまおうか?そうすれば、運びやすいし逃げられない。


 ヨウは黒光りする鎌をワザとオロチに見せつけて、首元に優しく突いてみた。


「止めてくれ!ソイツはヤバい!解んねえが、とにかくヤバい気がする!だからおよしなさい!ね?」


「予想以上に凄い反応だな?」

  

「大人をからかうものじゃあありませんよ!」


 ヘレンはこの場に居ずらそうにして落ち着かない様子だった。

 

「‥その‥すまない。いろいろと‥。助けてもらって‥」


「私からもお礼を言います。ありがとうございます」


 ハズキはペコリと頭を下げる。

 情報を盗んで抜け駆けしたラフレシアには言いたい事が山ほどあったが、向こうの方が被害が甚大すぎて何も言えなかった。ヨウはメノウとミュウの遺体から目を逸らした。

 

「あ、あのさ、分け前の件だけど、どうする?狼刀の風が割り込んだ形になったけど?」


「いえ、当然、分け前はいりません。私達は何も出来ませんでしたし、命も助けてもらったので‥う‥うう‥」


 そう言いながら、ハズキはメノウとミュウの遺体を見て泣いてしまった。


 メノウ、ミュウ、ハズキの三人は幼馴染でいつも一緒だった。

 メノウに誘われて冒険者になったけど、最初に死ぬのは鈍臭い私かなと思ってたのに、まさか、2人が先に死ぬなんて夢にも思わなかった。


 思い出が走馬灯になって蘇ってくると、ハズキは泣き崩れた。

 

 ヘレンは、ラフレシアに途中から入った新参者なのに、込み上げてくる感情が理解出来ず困惑していた。気が付けば褐色肌の頬に一滴の涙が流れていた。


「あっしは悪くありませんぜ!そっちから突っかかってきたんですから!言っときますがあっしは自分から危害を加える様な真似はしませんぜ!」


「はあ!何言ってんの!倭国に来る途中の村で思いっきり死体の山積み上げてたじゃない!」


「何の話で?あっしは記憶がございませんが?」


「嘘!ジュウロウが言ってたわ!オロチの仕業だって!死体だってちゃんとこの目で見たんだから!」


「‥もしかして?ああ、なるほど!アイツの仕業ですな」


「何その言い方。まるで自分じゃないみたいじゃない!」


「まあ、そうとも言いますな。まあ、あとで叱っておきますかな。いやはや、とても楽しい時間でしたが、ちょいと分が悪くなったのでそろそろおさらばです。ではではドロン!」 


 オロチは消えてしまった。

 

「え?」


 皆、茫然となった。

 結局、依頼は果たせず、無駄な死人が出ただけだった。

 ヨウは口には出さないが、内心、ラフレシアが先にぶつかってくれてよかったと思っている。

 もし、ラフレシアではなく狼刀の風が最初にオロチとぶつかっていたら、誰かが死んでいたかもしれない。


 もしそれがもしアリアだったら…。


 そんな事を考えたら背筋が寒くなって体が震えた。


 

 一方――ヨウ達がいる場所より離れた高い崖の上にビギンズ兄弟はいた。


 冷たい横風が吹く。


 息をひそめてジッと隠れていたビギンズ兄弟の片割れの弟、ロブは毛布に包まりながらスナイパーライフルをヨウの頭に標準を合わせて狙っていた。


「オロチはどうなった?」


 寒さで震えるデフは鼻息荒く聞いてくる。


「駄目だ。逃げたよ」


「チキショー!クソが!」


 デフは舌打ちして足元の石を蹴り上げる。


 ロブのスナイパーライフルには石の精霊と風の精霊が宿っている。

 石の精霊が石を削って弾丸を作り、風の精霊で狙撃する仕組みになっているのだが、オロチが逃げた事を確認してスナイパーライフルをしまった。


「獲物を横取りなんて‥こんな事はもうやめようデフ。気持ちいい物じゃない」


「馬鹿野郎!オメエには一キロ先の的を狙撃出来る才能があるんだぞ!それを使わないでどうする?それに、お前には大切な家族がいるんだろ?養わなきゃいけねえんだろ!ええ?」

 

「そうだが、何もこんな方法じゃなくても‥」


「俺達は接近戦タイプじゃねえ。これが一番安全なんだよ!漁夫の利ってやつよ。解るだろ!」


「でも俺は反対だ。デフ」


「‥おいおい。よし!下山したら一杯やろうぜ!なあロブ!」


「‥」

 

 素行が悪く犯罪歴もあるデフとは手を切って堅実で安全な仕事に就いて欲しいとロブの妻から懇願されているのだが、デフも大切な家族であり、こんな兄でも兄弟仲は良く、お互い大切にしている。


 デフはこんな方法でしか生きられない兄を見捨てる事など出来なかった。

 愛の板挟みに苦しんでいるロブは、妻と子供に想いを馳せ、苦い酒を飲んで問題を後回しにした。

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