第9話 魔感染

 ヨウと待ち合わせをして、アリアはハルバ亜国創立記念日を楽しんだ。

 庶民の食べ物はあまり美味しくなかったけど、ヨウと一緒にいる事が楽しかった。

 ほぼ、毎日一緒に魔巣窟やら、森の中やら、山の中やらと魔獣退治に出かけているが、ヨウとは息がピッタリ合うので気持ちがいい。

 全く、ストレスが無いとまでは言わないが、楽しい方が大きい。

 

 祭りをまわる際も、いつもアリアに気を使って先回りしてくれる。

 普段、男勝りなアリアに対して、女性として扱われている事が新鮮だった。

 そんな、ヨウが最近おかしい。特にこの一週間、絶対に変だ!

 

 ヨウは口数が多いほうじゃない。

 けど、何か言いたそうで、こっちの様子を窺ってる。

 何?って聞いても『別に』って返ってくる。

 その繰り返しが続いた。

 何か、ちょっと、イライラしてきた!


「ねえ、せっかくのお祭りなのにさっきから何なの?」


「え?なんか変?」


「変!」


「あ、そう‥」


「ねえ、何か言いたい事があるんじゃないの?教えてよ。力になるから!」


「‥」


「ねえ!」


「‥じゃあ、ゆっくり話せる中央公園に行こう」


「ええ、そうね。決着をつける時が来たのね!」


「何のだよ‥」


 ヨウはハハっと乾いた笑いを出すのが精一杯だった。




 

 中央公園には、ヴァンとユア。ヨウとアリア。メメとヴェトが偶然集まった。

 

 ‥いや、集まってしまったと言うべきか。

 これから起こる惨劇も知らずに。


 アリアとヨウは噴水から離れたベンチに座った。

 ふと、前方に視線を移すと人混みの隙間から、噴水に腰かけるメメとヴェトが何かを話しているのが見えた。

 

 ‥あれ?

 朝早く別々に出かけた母さんと父さんがいる。

 夫婦仲そんなに良かったっけ?

 

 ‥ああ、そう言う事!

 

 別に俺に気を使って外で会わなくていいのに?

 まあ、おかげで、勉強せず、アリアと祭りを楽しんでるからいいけど。

 ‥でも、両親の前で女と二人っきりは気まずいな。

 とは言え、今から場所を移動しようなんて言ったら、アリアが爆発しそうだし。

 ‥まあいいか。

 やましい事してる訳じゃあないし。

 

「で、何隠してるの?」


「‥ああ、うん。‥‥‥明日、この街を出る事になる」


 アリアの怒りが一気に沸点に達して、発作的にヨウの胸ぐらを掴んで、握りこぶしを構えたが、何とかギリギリで押さえた。

 だが、固められた拳は震えたままだ。

 

「‥何処に行くの?」


「バジール法国」


「遠いね」


「ああ」


「何で今まで黙ってたの?」


「言いづらくって‥」


「私、てっきり、何でも言い合える仲だと思ってた。何だ‥違うんだ」


 アリアは遠い目をして天を仰いだ。

 ヨウは対照的に地面に視線を落とす。

 その視線の先に、蟻が一匹だけ、迷子になっているのが見えた。


「‥ゴメン」


「ヴァンも‥知らないの?」


「ああ」


「最低の別れ方ね」


「ゴメン」


「バジール法国には何しに行くの?」


「魔法の勉強して‥宮廷魔導士に‥なる‥のかな?」


「はあ?何それ!」


「いや、どうなんだろ?ハハ‥」


「ハハって、アンタ、自分で決めた道でしょう?」


「どうだろう‥自分というか、母さんというか‥」


「ハッキリしないわね!」


 アリアはヨウの顔を押さえて真っ直ぐ見つめると、ヨウはアリアの澄んだ瞳に目が離せなくなった。


「アンタはどうしたいの!」


「お、俺は‥俺は‥わ、わからない。どうしたらいいんだ?冒険は楽しいよ。出来たら、アリアとヴァンとで今まで通り一緒にいたい。けど、母さんを悲しませる事もしたくない‥俺はどっちを取ればいいんだ?なあ、アリア!頼むよ、お前が決めてくれ!」


「ねえ、貴方に何があったの?教えて、一緒に考えさせて。『狼刀の風』は何時もチームで解決してたでしょう!」


「そう‥だな。そうだよな」


 ヨウはこれまでの生い立ちを話した。

 アリアは、時々、相槌を打ちながら静かに話を聞いてくれた。

 

「そう、辛かったわね」


 その時、中央公園噴水の辺りから悲鳴が上がった。


「なに?」


 アリアは立ち上がる。

 見ればメメとヴェトを中心に悲鳴の連鎖が放射線状に広がり、痙攣する者、嘔吐する者、発熱する者が多発して次々と人が倒れていく。

 その勢いは止まらず、あっという間に街全体へと広がっていった。

 その中で、メメとヴェトを始めゆっくりと数人が立ち上がった。

 

「母さん?父さん?」


「待って、様子がおかしい!」

 

 ヨウはアリアの制止を無視して2人に向かって駆けだした。

 

 



 ヴェトは物陰からメメの様子を見ていた。

 

 「最近様子がおかしいから、不倫でもやってるのかと思って付けてみれは、朝からずっと座ってるだけ?何やってんだ?アイツ‥」


 どうやら、浮気じゃないらしい。

 ホッとしたヴェトは、気が抜けたので、メメに直接聞いてみる事にした。


「おい。ここで何やってんだ?」


「――!あ、あなた!」


「ん?その箱はなんだ?」


「これは‥お客様から貰ったのよ」


「ふ~ん、ちょっと、貸してみろ。見てやるよ」


「駄目!触らないで!」


「ああ?そんなに大事なものなのか?」


「そうよ‥」


「おいおい、どうした。顔、真っ青じゃねえか!」


「‥」


「何処か具合悪いのか?病院行くか?」


「‥」


「おい!聞いてんのか?黙ってちゃ解んねえだろ?」


「‥ヴェト‥どうしましょう。私、何か取返しの付かない事に手を染めてしまったのかもしれない!」


 メメは冗談を言わない真面目な女だ。

 だから、笑えないぞ。

 コイツは今、本気で言っている。


「どうした?言ってみろよ」


 ヴェトは隣にすわって、メメのこれまでの話しを聞いた。

 今度はヴェトの方が血の気が引いて来た。


「馬鹿野郎!何で俺に相談しなかった!」


「ゴメンナサイ‥」


「中身はわからねえが、絶対にヤベぇ代物だ。しかも、金を受けとっちまったのかよ!」


「どうしたらいい?」


「クソ!何処かに捨てるしかねえ‥」


「依頼主に返しちゃ駄目かしら?やっぱり止めましたって?」


「どうだろうな?相手は場所と日時を指定してきたんだろ?金を渡してでも、そうして欲しい理由があるって事だ!無事に見逃してくれる可能性は低いんじゃあねえかな?」


「そんな‥」


「もし、箱の中身が爆発物みたいなものだったヤバいぞ!ここにいる奴等皆死んじまう!」


「いや‥そんな事言わないで!」


 周辺の観光客が『爆発物』のワードに振り返る。

 ドキッと驚いたヴェトは「ヘヘ‥スミマセン。冗談ですよ」と愛想笑いして誤魔化した。

 

「(小声で話す)とにかく、何とか誤魔化すんだよ!」


「それは困る」


 庶民を装って祭りの仮面を被った男が、ヴェトの隣に座って背にナイフを突きつけてきた。

 

「あなた!」


「馬鹿、動くな!」


 ヴェトは降参の意を示すつもりで手を小さく上げた。


「そう。それでいい。さあ。奥さん。箱の開け方は教わってるよな!開けて貰おうか」


「メメ、開けるなよ‥」


 ナイフは徐々にヴェトの背中に刺さっていく。

 血は服に染みて、後ろの噴水へと血が流れていく。

 メメはそれを見て、箱を持つ手が硬直した。

 


「さあ!鍵を封印石に入れるんだ!」


「ゴメンナサイ。許して下さい‥お金なら返しますから、主人を助けて下さい」


 苛立つ仮面の男はナイフをもっと深く刺した。

 ヴェトは歯を食いしばって耐えるが、脂汗が噴き出て顔が歪む。


「止めて!開けます‥から!だから‥主人に何もしないで‥」


「メメ、止めろ‥」


「ゴメンナサイ‥ゴメンナサイ‥私のせいで‥本当にゴメンナサイ‥あなた‥」

 

 メメは封印石に金の鍵を近づける。

 

 生真面目なメメには耐えられない重圧が襲って来る。

 あまりの緊張で箱と鍵を持つ手が尋常じゃない震えを起こす。

 まるで、メメにだけ地震が起きているようだった。


「ヴェト‥ヨウ‥私が間違ってたわ。ゴメンナサイ‥」


 鍵は封印石の中へと吸い込まれると、石はパリンと割れて箱が観音開きに開いた。


 中には、何者かの肘から下の左腕の骨が入っていた。

 そして、骨に付着していた黒い灰が飛び出し、メメとヴェトの体内へと侵食していくと吐き気、発熱、激痛が一気に襲ってきて悲鳴を上げた。

 

 その日、ヴェトとメメを中心に魔感染がハルバ亜国を覆っていく。


 

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