第2話 憧れの冒険

 白いお城を連想させる屋敷の前には広い庭が広がっている。庭の中央にはエルフ像が建っていた。なにこれとアリアに聞くと「私の先祖、英雄シフォールよ」と返ってきた。ふ~んと言うだけでヨウはそれ以上聞かなかった。だって、話が長くなりそうだったから。特に興味がない話を永遠に聞かされるのは、膨大な忍耐と寛容と根気を必要とする。そんな事されたら、屋敷に入る前に疲れ果ててしまう。

 いや、それしても大きいお屋敷だ。まるで、一国の王様が住んでいるようだ。と言うのは言い過ぎだけど、それでもやっぱりデカい。

 

「すごい‥お城みたいだ。これがハルバ亜国三大貴族の一つ、ステイシア家か~へ~」とヴァンは屋敷を見上げて仰け反った。


「確かに凄い‥」


 ヨウの家は一階は商売用に改装して、二階を寝室に使っている。世間一般では裕福な方だが、ステイシア家と比べると見劣りするのは否めない。

 

「さあ、入って入って!」


 アリアに手招きされて、ヨウとヴァンは萎縮しながら屋敷へと入っていく。一歩踏み込めばそこは別世界だった。天井から垂れるシャンデリアに高価そうは石像や絵画が壁にズラリと並ぶ。更に赤い絨毯を挟んで並ぶすました顔のメイド達に挟まれたヨウとヴァンはオドオドしていると、アリアはこちらを振り向いて両手を広げた。


「ようこそ。ステイシア家へ」とアリアは無邪気に笑う。


 そのあと、タイミングを見計らってメイド長が「お帰りなさいませ。お嬢様」と頭を下げたら、一斉にメイド達も頭を下げて「おかえりなさいませ。お嬢様」とお辞儀してきた。


「ただいま。ねえ、マリナ。お父様はいる?」


 苦労して出来たであろう白髪頭のメイド長マリナが前に出て来た。高齢のマリナは威厳に満ちた硬い声で答える。


「領主様は魔巣窟の調査へ出かけておりますので、まだ、お帰りになっておりません」


「え、聞いてない!ズルい!私も行きたかったのに!」


「だろうとバン様は思い、アリアお嬢様には黙っていろとの言伝を承っております。お嬢様は大人しく学業に励んで下さいませ」


 マリナは突き刺すような鋭い視線をアリアに向ける。

 アリアは鷹の目のようなマリナの鋭い眼光に射抜かれて、背筋が凍った。


 うわ~マリナ怒ってる~。アリアは思わす一歩後退りした。


「で!アリアお嬢様の後ろにいらっしゃるお二方はどちら様でございましょうか?」


「そうそれ!聞いてよマリナ。偶然、裏通りで会ったの。前に言ってたでしょう!パパと私が魔巣窟で死にかけた話。その命の恩人がこの子!ツバキ・ヨウよ。ホント、凄い偶然!嬉しくってつい家にさそっちゃった。へへ」


 アリアはヨウに向かって手を添えた。


「で、こちらも同じく、たまたま裏路地で出会った友達のヴァンよ。彼もいっしょに盛大にもてなしてあげてほしいの。お願い。マリナ‥」


 アリアはここぞとばかりに潤んだ瞳で媚びてみた。が、マリナはアリアのお願いは聞き飽きている。そんな事ではだされるマリナではないのだが、目を丸くして驚いたマリナはこの国一番の権力者を出迎える様に、イヤ、それ以上の礼節でヨウに対して深々と頭を下げた。


「大変、失礼致しました。そうとは知らず、御無礼な振る舞いをした事、深く謝罪致します。また、バン様とアリアお嬢様の御命をお救い下さり、心から感謝致します。事情はバン様から伺っております。早速、ヨウ様とヴァン様をもてなす準備を致しますので、ごゆっくりとおくつろぎ下さいませ」


 マリナは頭を上げてパンパンと手を叩くと、メイド達は指示を待たずに、素早く各々の役割へと移り、屋敷中を駆け回った。

 

「――で!アリアお嬢様‥さっき聞き捨てならない事を言ってましたが、裏路地とは?何故、その様な危険な場所におられたのですか?」


 ――ギク!アリアは口が滑った己を今すぐ殴りたかった「え”!‥それは」とアリアの目は壊れた振り子のように左右に揺れて冷や汗が止まらなかった。


「まさか‥。また力試しの為に?」


「べ、別にいいでしょう!私は立派な騎士団長になんだから!そして、もっと強くなって、我が先祖、伝説のエルフ『シフォール』を越えるの!」


 言い訳が苦手なアリアはいよいよ開きなおって、腰に手を当てて胸を張った。マリナは毎度の事ながら眉間にシワを寄せてこめかみを押さえると、海より深いため息を漏らした。


「ハア~‥では、ヨウ様とヴァン様は客室へとご案内致します。お嬢様は‥ちょっとお話がございます。こちらへ!」

 

「え、なんで?」


「さあ!」


「イ、イヤよ!」


 マリナはアリアの首根っこを掴まえて、奥の部屋へと連れていかれた。きっと、あの部屋は拷問部屋かもしれない。だって、アリアの悲鳴が部屋の奥から漏れてくるからだ。けど、メイド達は何時もの事らしく、我関せずでテキパキ仕事をこなしていた。ヨウとヴァンは顔を青ざめながら客室に案内された。


 それから暫くして、げんなりした顔のアリアが、来客用のドレスに着替えて、出迎えてくれた。

 

 ハッキリ言うけど、凄く綺麗だった。

 目が奪われるとはこの事だと実感した。

 ドレスは引き立て役だった。

 まるで、黄金の泉から現れた女神に見えた。


「初めてお嬢様を見た御仁は、皆その様な目をなされます」


 何故だか、マリナのほうが、自慢げな顔をしていた。

 けど、当の本人は着飾る事に無頓着で今すぐ脱ぎたいらしい。

 イヤイヤ着せられいると顔に出ていた。その顔ときたら、お嬢様のオの字もなかった。


「もう、息苦しい。私、甲冑の方が性に合ってるわ。ねえ、もう、着替えていい?いいでしょう!」


「駄目です。さあ、始めて下さい」


 時間の無駄を省く為、アリアの願いはあっさり拒否された。パンパンと手を叩く合図を待っていたメイド達は次々と、高級料理を机に並べた。食欲をそそる香りが部屋中に充満した。

 

 祭りでしか見た事が無い豚肉や鶏肉がズラリと並ぶ。お抱えの大道芸人や吟遊詩人も呼んで、精一杯のもてなしをうけた。


 それで、アリアの会話の中でわかった事がある。

 母親は病死して他界している事。

 1人娘のアリアをマリナが母親代わりに育ててくれた事。

 それから、ステイシア家はハルバ亜国では、3番目に大きい貴族らしい。

 代々、王から頂いたこの土地を引き継いでるのだとか。

 何故なら、ステイシア家の先祖は、伝説の英雄エルフ『シフォール』で、勇者と一緒に魔王をやっつけた1人だからだ。更に、ハルバ亜国の建国の立役者でもあるらしく。その恩恵で、今だに、子孫が好待遇を受けている。亜人は義理堅い種族だとヨウは感心した。

 

「でも、それ以上は知らない。‥私がもっと大きくなったら教えてくれるって」


 場がしんみりとなってきた。そろそろ、宴もたけなわだ。

 

「そろそろ、帰ります。母さんが心配するので」


「あ、僕も…」


 ヨウとヴァンが申し訳なそうに言うと、さっきまで楽しんでいたアリアの顔が一瞬で曇った。


「え、もう帰るの?」


「お嬢様、寂しいお気持ちはわかりますが我儘を言うものではありません」


「べ、別に寂しいなんて言ってないでしょう!」


 アリアは顔を真っ赤にして否定したが、動揺は隠せなかった。


「それでは、ご自宅の前までお送りいたします」


「ちょっと待って!少しだけ時間を頂戴!ねえ少しだけ!いいでしょう!」


 ヨウとヴァンの返事を待たず、2人の手を取って隣の部屋に引っ張った。

 アリアは周囲を見渡し誰もいない事を確認してから、小さい声で喋った。


「ねえ、私達3人でチームを作って冒険者ギルドに登録しましょう!」


「え?いいの?僕‥その弱いよ?」


 ヴァンは獣耳を垂らして自信なさそうに答える。


「そうかしら?私の見立てでは――」


「俺はゴメン‥無理だ。きっと、母さんが許さない。母さん、厳しい人だがら‥」


「――ヨウ。お願い。一つだけ答えてほしいの。貴方は冒険したくないの?」


「冒険‥」


「そう。冒険!」


 アリアは顔から蒸気が出るくらい満面の笑みで答える。

 これは手ごたえアリ!やった!

 

 俺は、まだ母さんの呪縛に囚われているのか?

 何をするにも、母さんの顔色を窺っている。

 でも、母さんを困らす事はしたくない。これも本心だ。


 ――けど!


 それ以上に色々な物が見たい。聞きたい。触りたい。

 世界を回って冒険をしてみたい。

 

 ―――――そうだ!


 冒険したいに決まってる。

 学校なんて今すぐ、飛び出したいくらいだ。

 

「冒険‥したいよ。俺だって冒険がしたい!」


「なら、決まりじゃない!明日、ヴァンと一緒にギルド前で待ってるから、絶対に来て!必ずだからね!」


 話し合いは終わり、各自、自宅に帰った。


 母さんなら絶対に自宅前で待ち構えているだろうと予測して、少し離れた所で馬車から下ろしてもらい、帰ってもらった。案の定、母さんは店の前で腕を組んで待っていた。――さあ、第二次母子戦争の始まりだ。

 

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