第2話 小さな冒険

 ドキドキする。

 

 初めて、母親に反抗してしまった。

 

 母の悲痛な表情を思い出すと罪悪感で、押し潰されそうだ。

 何なら、今から家に戻って、地面に頭を擦り付けて謝りしたい。

 

 いやいや、違う!

 俺は、間違ってない。

 あゝけど、どうしよう。

 ‥気不味くて戻れない。

 

 上を見上げれば、陽気で暖かい天気なのに、心はどんよりと暗雲が広がっていく。

 

 何だか深い溜め息が出た。

 折角の開放感もメメの顔色をうかがう時間に消費されていく。

 さっきまで、軽快だった足取りが、次第に重くなってきた。

 

「おお、お前さん、ヴェトんところのガキか?大きくなったな〜」

「あら、メメさんところの‥え~とヨウちゃん?ずっと家にいるみたいだけど、大丈夫?病気なの?」

「最近見かけんが、どうした?元気してたか?」


 などなど、小さい村なので、ちょっと歩くとヨウの姿を見つけた村の人達は、珍しさに声をかけてくる。


 だか、ヨウはどう答えていいか解らず、愛想笑いで誤魔化すしかなかった。

 と言うか、どう接していいのか解らなかった。

 ずっと家の中で、勉強させられていたので、弊害がここで現れた。

 愛想笑いに心が疲弊してきたヨウは、次第に声をかけられる事に苦痛を感じてきた。それに、上手くコミュニケーションが取れない事に、罪悪感も覚えるようになった。


 「なんか疲れたな‥。人いない所ないかな」

 

 いやいや、ちょっと待て、そうだよ!村の外へ行ってみたい!

 

 ヨウはメメの教育方針のせいで、家から出る事が許されなかった。

 毎日、窓から世界を眺めるだけの人生。

 外から流れて来る風にすら苛立つ毎日だった。

 

 世界は四角い窓の中。

 それがヨウにとっての世界の全て。

 

 だから、外で元気に遊ぶ子供達が羨ましかった。

 外の世界に人一倍憧れた。

 未知なる冒険に憧れた。

 破裂寸前の風船の様に、好奇心が膨れ上がって止まらない。

 

 「よし。今日、俺は大人になるんだ!」

 

 そうと決まれば、周囲の目を盗んで、村の外に広がるザラス大森林へと歩を進めたが、ピタリと足を止めた。

 

 「あゝ、そう言えば、昔、大人達から、ザラス大森林は魔獣が出て危険だから近寄るなって、言われた記憶があるな‥。まあ、大丈夫だろう。今の俺は中級魔法だって使えるんだ!余裕、余裕!」


 ヨウは、再び歩き出し、ザラス大森林へと入って行く。 

 葉や枝の間から漏れる光が湿った大地を照らす。

 森の中は意外に明るかった。

 

 始めての小さな冒険に、ヨウは高揚して胸が躍った。 

 湿った土に足跡を付ける。それだけで有頂天になった。

 恐れ知らずのヨウの足は希望に向かって歩みを止めない。


 暫く歩くと、大人が入れるほどの大きい洞窟を見つけた。

 跳ね上がる心拍数を落ち着かせ、中を覗いてみる。中は真っ暗だった。


 普通なら暗くて怖いから引き返そうかなと考えるところだが、ヨウは魔法使い。明かりを出す事くらいは朝飯前だった。

 火の下級魔法を詠唱すると、火の玉が手の平から現れて、目の前をプカプカと浮かんだ。


「これでよし!」


 冒険者気取りのヨウは、スルスルと洞窟へと入って行った。

 灯を頼りに、進むとご挨拶代わりに大量のコウモリが外に向かって飛んで来た。

 

「わ、わ、わっ‥」


 体を丸めて頭を押さえるヨウはスッと立ち上がり、誰が見ているわけでもないのに、咳払いをして歩き出す。


 「咄嗟の事で、思わずしゃがんじゃったよ。クソ」

 

 更に奥に進む。どうやら中はありの巣の様になっていて、入り口から幾重にも道が分かれているのが解った。

 

「結構、深いな‥ん?」洞窟の奥が、ボヤッと明るい。「‥何だ?」


 ヨウは警戒しながら近づくと、小さな赤い結晶が壁にこびり付ているのがわかった。


「何だこれ?」


 警戒しながら触って見ると、暖かい。まるで、生きてるようだ。


 「‥ん?何だ!何か足に引っ掛かったぞ?」

 

 ヨウは目線を下に下ろしたら、呼吸が荒くなった。


 「‥ヤバいヤバい。で、でも、気のせいかもしれない。いやいや、馬鹿!気のせいじゃないだろ!現実を見ろ」


 赤い結晶石から微弱な光が発光しているので、それが何なのか、何となく解った。

 でも、より確実に確認する為に、足元を火の魔法で照らして見たら、やっぱり間違いなかった。足元には血を流した兵士が目をあけながら倒れていた。


「だ、大丈夫ですか!」


 返事が無いのでゆすってみるが、全く反応しない。ダメ元で、もう一度、ゆすってみるがやっぱり反応が無いので、いい加減、現実を受け入れた。


 「死んでる‥」


 現実を受け入れたら受け入れたで、今度は、顎がガクガク震え出した。

 

 「あれ?もしかして、俺、今、ヤバい事に巻き込まれてる?」

 

 だが、現実はもっと非情でもっと危険だった。

 目の前に広がる光景を見たヨウは、愕然として動悸が激しくなった。

 よく見れば、兵士は一人じゃなかった。

 他にも何人もの兵隊が壊れた人形の様に血を流して死んでいるのが見えた。

 初めて見た死体と匂いに、ヨウは嘔吐してしまった。

 

 ――いる!間違いなくいる!‥魔獣だ!ヤバい、逃げなきゃ!


 だが、「ヤァー!」と、奥から何かと戦っている少女らしき声が聞こえて来る。


「‥え?まだ、誰かいる?」ヨウの退く足が止まる。

 

 緊張で喉がカラカラになっていく。そして、焼けるに痛い。

 

「‥ど、どうする?早く逃げなきゃ!でも‥。あゝクソ、何でだよ。何でいるんだよ!」

 

 早く逃げたい。けど、ヨウは思い出す。

 母さんは俺が詠唱を間違える度に指導棒で手を叩いて言った。

 魔法使いは冷静であれ。今、自分に出来る事を最大限考えなさいと。

 だから、ヨウは、今どうするべきかを最大限考えた。


 外へ出て助けを呼ぶ時間は無い。

 そして、今ここにいるのは自分だけだ。なら‥。

 

 あゝそうだよ。解ってる。解ってたんだ。戦うんだ‥助けるんだよ!


 「動け!動け!俺!」


 震える足に激を入れ、一歩二歩と歩み出し、気合を入れて一気に走った。

 

 一か八かの出たとこ勝負だった。角を曲がって見えた光景は、同い年くらいの金髪エルフが狼の様な真っ黒な魔獣の群れと戦っていた。それと、傍に年配の男エルフが血を流して倒れているのが確認出来た。

 ヨウは魔法詠唱の為に、ゴクリとつばを飲み込んで、喉を湿らせたが、緊張の為、鉄板の上に水を垂らすと蒸発するように、直ぐにカラカラになってしまった。


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