第45話 渋谷任務、開始



 渋谷へ着いた時から、ミノルは隠し切れないくらい……というか、隠すつもりもない感じであからさまにウキウキしていた。


「わぁ〜、すごい人だね! 前の世界でも、城下町とかは多くの人で賑わっていたけど、こんなに大勢の人がごった返す場所はなかったなぁ。ねえ伊織、この犬の像は何?」


「遊びに来てんじゃねーんだぞ。……忠犬ハチ公だよ」


「ハチ公って、どういう犬? こうやって像にされてるってことは、何か偉業を達成した犬なの?」


「……どういう犬かは、詳しくは知らない」


 マジで知らない。

 そんなこと、気にかけたこともなかった。仇討ちに必要な情報以外はインプットするに値しない。

 すると、氷さんが勝手に説明を始める。


「なんかね、主人が出張から帰ってくる時、渋谷駅に行けば帰ってきた主人に会えるって学習して、ずっと毎日渋谷駅で待ってた犬なんだってさ。それから、主人が病気で亡くなった後も、一〇年間、毎日ここに通って待ち続けたらしいよ。だから、忠犬」


「へぇー。賢い犬もいたもんだね」


 そうなんだ。初めて知ったわ。全然興味ないけど。

 でも、そんなことを口にしたら脳筋女子だなんだと言われちゃいそうだったで、あたしは敢えて黙っていることにした。

 ただ、その後に氷さんとミノルが続けた話の内容は、猫さん的には黙っていられなかったらしい。

 

「そんなことよりミノルくんさ、スクランブル交差点を向こう側から渡ってくるあの子、可愛いと思わない? 俺はねぇ、ミニにブーツってのが好みで」


「茶髪セミロングの子っすか? めっちゃ可愛いっす! 分かります! なんか、肌の露出の多い女の子が多いっすね!」


「でしょ? まだ四月だからそこまで暖かくはないんだけど、妙に暖かそうな服着てるくせにヘソやら脚だけは見えてたりして。たまんないよね」


 氷さんは、すぐさま猫氏からこっぴどく叱られていた。

「何を他の女ばっかり見てるんにゃー!」ってな感じで、ヒステリックに叫ばれて。


 やっぱ猫さんは、氷さんのことが好きなのかな。あんなふうに怒るなんて、もうそれしか考えられないし。

 でも、あくまで仕事上のパートナーだからね。相棒の異性関係のことまで口出しするのはどうかと思いますよ、猫さん。


 だから、猫さんとは真逆で、あたしは別にそんなことで怒ったりはしない。

 ミノルがどの女をジロジロ見ようが、あたしの知ったこっちゃないし。どうでもいいし。

 ただ、そんなことを考えながらあたしが腕を組んでいると、なぜかミノルのほうから「ごめんね」と謝ってきた。


「何を謝ってんの?」


「いや、なんか怒ってるのかなと思って」


「怒ってねーよ」


「絶対怒ってるじゃん!」


「怒ってねーっつってんだろ、うっさいな!」


 なぜか喧嘩に発展する。

 マジで意味不明だ。

 

 そんな感じで、あたしと猫さんは若干気が合う感じになり、クズはクズ同士、ミノルと氷も打ち解ける。

 なんと、気が合ったミノルと氷は、ラーメン好きであるところまで一緒だった。

 

「ミノルくん、ラーメン好きなんだ」


「そうなんですよ。この世界に来てから毎日欠かさず回ってるんですけど。もっと色々食べてみたいなぁ、って思って。氷さんも好きなんですか?」


 毎日食ってたのかよ。

 あたしはもう、ツッコむ気力も湧かなかった。こいつはこういう奴なのだ。


「大好きだよ。僕はつけ麺派でさ。麺だけ食べて、つけ汁だけ味わって、それから麺をつけ汁につけて食べると三つの味が堪能できるところが好きだったりする。でもラーメンだって好きだし、ドカ盛り系とか、まぜそばとかも好きだよ」


「つけ麺、うまいっすよねー! 僕はつけ麺が入口だったから、まだつけ麺しか知らないっす。美味しいお店ってどうやって調べてます? やっぱ評価サイトですか?」


「いや、僕はどっちかというとクチコミ数で見てるね。評価はあんま信用できない場合もあるし」


「うわぁ。師匠・・、一緒に行きましょうよ! ねえ伊織、ちょっと二人でラーメン屋見てきていい?」


「伊織ちゃんさあ、その間は、にゃーちゃんと一緒に回ってよ。にゃーちゃん、伊織ちゃんのことお願いね」


「はぁーい!」


「……勝手にしろ」


 元気よく片手を挙げて返事した猫さんとは正反対で、あたしはぶっきらぼうに返してやる。

 初っ端から相棒をスワッピングするという、真面目な任務としてはあり得ない形態に。氷を人選したのは完全にジジィのミスじゃねえか?


 ただ、自分の望み通りの展開になったはずのミノルは、なぜかメガネさんのほうをチラチラ気にしていた。


「ね、メガネさんもラーメン行こうよ」


「行かん。俺は捜査に専念する」


 真面目だ。ってか、それが普通だ。奴らが不真面目すぎるのだ。

 そのせいで、あたしは既に頭のどこかが毒されている。このメガネを見た程度で真面目だと感銘を受けてしまうくらいに。


 ミノルは、メガネさんがあたしたちと同行するのを嫌そうにしていたが、麺の誘惑には勝てなかったらしい。

「何かあったら、すぐに電話してよね!」という、一応フォローのつもりらしい、全く気持ちの入っていない一言だけを残して、氷と一緒に人混みの中へと消えていく。


 残されたあたしと猫さんとメガネさんは、三人で真面目に渋谷の商業施設を順番にあたることにした。


 しかし、行き当たりばったりで被疑者と接触できるかな?

 とりあえず、その辺の建物に入るか……と、ぼんやり考えていると、猫さんが後ろからあたしの肩を叩く。


「ちょっとトイレに行きたいんだけど」


「いいですよ。ここで待ってますから」


「いや、お前も一緒に」


「……連れションですか? 寂しいんですか? 猫さん、案外……」


「黙って来いっての」


 パイセンだし、あとでネチネチ文句を垂れられても嫌なので、素直に従うことにした。まあ、たかがトイレについていくだけのことだ。

 トイレの入口までやってきたので、あたしは立ち止まった。


「ほら、ここでいいでしょ。どうぞ」


「いや、トイレの中まで一緒に」


「…………」


 寂しがり屋もここまで来ると病的だ。

 仕方がないので、あたしは個室の前までやってきた。


「はい、ここでいいでしょ。早く済ませてくださいよ」


「いや、個室の中まで一緒に」


「はっ!?」


 ここで、あたしはピンときた。

 後ずさりしながら壁を背にして、全てのピースから導き出した推理を披露してやった。


「まさか……あたしを襲うつもりじゃ!? 女の人をジロジロ見る氷さんのことを散々叱ってたから、てっきり男性である氷さんのことが好きなんだと思ってましたけど、実はそうだったんですね! それをどうこう言うつもりはありませんが、上下関係を盾にして、しかも任務の最中におっ始めようだなんて、完全にセクハラだし、い、いくらなんでも不謹慎──」


「ちげーよ! どういう勘違いしてんだこの爆裂妄想女! 話は後だ」


 無意味に高鳴る鼓動を必死に抑えてトイレの個室に入ると、猫さんは、ぽん、と音を立てて「猫」になった。

 それはもう、完全な猫だ。ああ、そういうことなのね。


 オレンジと白のブチ柄の、まつ毛が長くてなんかお上品な感じの色っぽい猫は、あたしの肩にぴょん! と飛び乗って、ひそひそ声で耳打ちした。


「敵を監視する時は、私はいつもこうしてるんだ馬鹿」


「……はぁ〜。なるほど」


 先に言えっての。あたしの反応は別に悪くないと思うぞ。

 あたしは、猫さんの服一式をトートバッグに入れる。ミノルのくれたバカでかいバッグが、意外にも役に立った。


 鈴木のおっさんの言うとおり、敵が催眠魔術の使い手であった場合を想定して、今、あたしたちは全員サングラスを掛けている。


 サングラスを掛けて、真っ赤なカーディガンを着たあたしの肩に、オレンジブチの猫。

 さすがに猫変化ねこへんげした猫さんはサングラスはしていないが、逆に目立つんじゃないだろうかと余計に心配になってしまう。


 その後、いくつか商業施設を歩いて回った。

 敵らしき気配を感じ取る事態には、今のところ至っていない。

 猫の発案で、そろそろ休憩でもしようか、という運びになった。


 手がかりが少ないので、「少しでも可能性があるなら」ということでこうやって捜査をしているのだが、そもそも、犯行が今日行われるかどうかはわからない。今日だとしても渋谷だとは限らないし、渋谷だったとしてもどの商業施設でいつの時間帯なのかは分からない。

 正直に言って、可能性としてはかなり低い状況なのだ。


 有名チェーン店のカフェに入って、テーブル席に座る。

 

 猫さんは、なぜかカフェに入る時まで猫のままだった。

 そのくせ、これまたなぜか熱々のホットコーヒーを頼んだりする。

 舌をピチャッとつけた瞬間、ヒャッと飛び上がっていた。自分が何なのか、完全に忘れてしまっているのだろうか。


 その様子を見て、メガネさんは、あたしと初めて会った時のような顔をする。

 それはつまり、「マジで大丈夫か……?」と思ってそうな顔。

 あの顔は、今の猫さんレベルで頼りない奴に向ける顔だったのだろうと今更ながら理解する。

 ……おい! あたしは違うんだ! 新人なんだから仕方ないだろあの場合……!


 隣の席の女子大生ぽい二人組が、「わぁ、見て見て、可愛い!」と猫さんに熱い視線を向けて騒ぎ出した。

 懸念した事態が現実となる。マジでこの任務失敗したら絶対にこの猫のせいにしなければならない。


 それにしても、ニャーニャー言うこの猫さんのことを、氷さんはどうやって相棒にしたのだろうか。


 氷さんが誘ったのだろうか。それとも猫さんから?

 それとも、あたしのように、組織側からあてがわれたのだろうか。 

 さっき猫さんに直接「氷さんが好きでしょ」なんて言っておいて何だが、この辺りは個人の事情が入ってくるので、なんか尋ねにくいなぁと思った。

 

「あの。猫さんは、どうして専属をやっているんですか?」


 あたしは、遠慮がちに尋ねてみた。

 火傷やけどした舌をフーフーしていた猫さんは、一瞬だけあたしへ視線を向けたが、すぐに目を切った。

 遠い目をする猫──なんて見たことはないが、猫さんの様子は、まさにそんな感じに見えた。




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