第31話 カイとミキ



 たった二人だけの兄妹。

 それは、ずっと昔──もう思い出せないくらいの昔から、ずっと二人だった。


 カイとミキは、人が容易に立ち入ることのできない切り立った山の奥深くにある、死霊秘術師の里「イデア」に住む兄妹だった。


 死霊秘術師は、別名「ネクロマンサー」とも言う。

 命を終えたはずの死者を、アンデッドとして蘇らせる魔術師の一種だ。


 イデアの村の外には、下界とは比べ物にならないほどに凶悪で獰猛な魔物が住んでいる。だから、村の周囲には、魔物が入れないように強力な結界が張られている。


 村の外に出ることが許されるのは、選ばれた者だけ。

 魔術に秀でた者は麓まで行けるので、外界との交易はそのような者が担う。

 それ以外の者は、村から一歩も出ることなく、一生を過ごしていた。


 カイは死霊秘術師として既に十年近く鍛錬を積んでいるが、妹のミキはまだ魔術の修行を始めたばかり。

 だから、ミキはこの村から一歩も外へ出たことはない。


 朝食の最中、こちらを見ながらテーブルに頬杖を付いて、ふうっとため息をつくミキが視界の端に入る。

 ミキはカイのことを慕っていたが、時折、無理難題を要望してきたりする。そんな時は、決まってこんなふうにため息をつくのだ。

 嫌な予感がしたカイは、見えていないふりをした。 


「ねえ、お兄ちゃん。明日ね、私の誕生日なの」


 誕生日プレゼントの無心か。

 また何か突拍子もないものをねだられるのかと、カイは気を揉んだ。

 去年の誕生日などは、「ドラゴンを私の飼いアンデッド・・・・・・・にして」と駄々をこねた。ドラゴンが一体どういう生物なのかを本当に理解しているのか、はなはだ疑問だ。

 

 今やミキも一六歳。もういい年だ。結婚してカイの元を離れてもおかしくはないな、とカイは思っていた。

 結婚までは行かないが、ミキは最近、どうやら気になる男ができたようだった。

 だが、概ね見当がついているミキの彼氏のことを、カイはあまり快く思っていなかった。


「知ってるよ。それで?」


「『それで』ってことある? 愛する妹が誕生日に何かお願い事があるって言うんだから、もっと前のめりに『なんでもやってやる!』くらい言えないかな」


「それは彼氏にでもやらせろよ。どうせお前はとんでもないことを言い出すに決まってる」


「へえ。鈍いと思ってたのに気づいてたんだ、案外鋭いじゃん。でもね、まだアタック中だからそんなお願いはできないの。だからお兄ちゃんにお願いしてるんだよ」


「人には言えないくらいヤバいお願いかよ。言ってみろ、聞くだけは聞いてやる」


「私のお願いは些細なことだよ。村の外へ出たいんだ」


 口に入れた昨日の残り物のシチューが「ブッ」という音を立ててテーブルを彩った。

 ドラゴンほどのことはないが、これはこれで、まあまあのお願いだったからだ。


 村の外にいる魔物がどれほど強いか、こいつはわかっていない。

 たとえ麓にあるマキア王国の騎士団であっても、このイデアまで辿り着くのは相当疲弊するだろう。一国の軍隊が総力を尽くしても、生きて帰れるかどうかわからないほどに手を焼くレベルなのだ。

 

 しかし、ミキが外の怖さを知らないのは仕方のないことだった。

 ミキは、この村を囲う異常なほどに強力な結界によって、一度も村の外へ出ることなく、幸せに過ごしてきたのだから。


 その結界は、「魔界石」と呼ばれる賢者の石から作られた大きな宝玉を、村の外に八つ配置して張られている。


 八角形をした多重結界はいかなる魔物の突破も許さない。「仮に魔王クラスの魔物が来たとしても破ることはできない」と言い伝えられているほどだ。

 そうやって、この村は、昔からささやかに栄えてきたのだった。


 その魔界石も、数年に一度の一定周期で交換する必要がある。

 あまりにも強力な結界は、賢者の石が持つ魔力でさえ、数年で枯らせてしまう。

 だから、村の外へ出て、賢者の石を取ってくる危険な作業が必ず付きまとう。


 また、魔界石の交換中は、魔術師がその魔界石の代わりに結界魔力を出力しなければならない。 

 八つ同時に交換するのは無理だから、一つずつ交換することになっている。

 しかしそれでも、魔術師の魔力が押されて魔物を抑え込むことに失敗すれば、結界は突破され村は全滅だ。


 村の戦士たちは、毎回必ず誰かが、魔界石の取り替え作業中に命を落とす。

 近年は、その過酷なしきたりに嫌気がさした若者を中心とする勢力が、結界方法の変更をめぐって、村の寄り合いで争っていた。


 イデアは、「村」とはいえそこそこ大きな街だ。

 冬は豪雪地帯となるイデアの家々は、尖った切妻の、黒い屋根で作られていた。

 道の脇には雪が積もっている。午前中は比較的暖かくて日が出ることもあるが、昼から天気が崩れやすいという、山岳地方にはよくある天気の繰り返し。

 朝になれば雪かきをし、薪を焚べて暖炉で部屋を温める。

 

 そんな環境で、カイとミキは、二人っきりの家族だった。


 カイとミキの両親は、賢者の石を採取するため結界の外へ出て行ったっきり、二度と帰ってこなかった。

 その当時、カイが一〇歳、ミキが八歳。

 こんな年齢で天涯孤独となってしまった二人のことを、村の有名魔術師であるリックの家族が何かと世話を焼いてくれた。


 リックの家族は、ご飯を作って毎日持って来てくれたりして、何かと二人を気にかけてくれた。

 リックは現在二〇歳で、一八歳のカイと二つしか違わないが、彼は村の筆頭死霊秘術師ネクロマンサーだ。

 

 すなわち、この村のナンバーワン。

 カイは、リックのことを尊敬していた。

 

 リックとその家族は優しかったが、カイは、いつまでもお世話になっているわけにはいかないとも思っていた。

 

 父も母も失った。

 何かあったとき、ミキを守ってやれるのは自分だけだ。いつまでも弱いままではいられない。

 絶対にミキのことを護り抜くと、カイは誓っていた。

 

 幸い、カイには死霊秘術の才能があった。

 

 カイは、フェンリル・アンデッドの使い手だ。

 フェンリルは巨大な狼のような魔物で、魔力を帯びた牙攻撃と、尋常ならざる素早い動きは、途轍もなく強力だ。


 リックに比べればその力量には天と地ほどの差があったが、それでもカイは五年ほど前から魔術の頭角を現していた。

 ようやく村の戦士の一人として、名前を覚えてもらえるようになってきたところだ。

 これでミキを守り抜く目処が立ったと、カイは喜んだ。


 そんなカイでも、単独で村の外へ行くのはまだ厳しい。ミキを護りながらなんて、もってのほかだ。だから、カイにはミキのお願いを叶えてやることはできない。


 ただ、ミキが好意を寄せている男ならば話は別だった。

 カイは、つい、投げやりな態度になってしまう。

 

「それなら余計にファビアンのほうが適任だろ。奴はこの村のナンバー2だ」


「ファビアンが気に入らないからって拗ねないでよ」


「あのな。俺はただ、お前のことが心配で」


「それが余計なお世話だっての。今度家に連れて来たいと思ってるんだから。その時は、絶対に余計なこと言わないでよ。喧嘩なんてしたら絶交」


「そんなもん、しょうもない男だったら叩き出すに決まってんだろ」


「そんなことしたら、私がお兄ちゃんを叩き出すからね!」 


 魔術師らしくボソボソと喋り、陰キャ全開で黒髪ミディアムのリック。

 筋トレに精を出して、「陽キャ調子乗り」という性格にぴったりの金髪オールバックをしたファビアン。

 二人は考え方も正反対。まさに水と油、決定的に対立していた。


 カイはファビアンのことを脳筋野郎だなんて言って陰口を叩いていたのだが、それが我が妹の愛する人になってしまうなんてのは、受け入れ難いことだ。

 二人には破局して欲しいなぁ……と切に願っていた。

 

「あんな尊大な態度をとる奴のどこがいいのかね」


「私の好きな人の悪口を言うってことが、どういうことを意味しているか分かって言ってるわけ?」


「い、いや、そんなつもりじゃ」


「じゃあ黙ってて」


 結局はカイが折れる。

 仕方がないのは分かっちゃいるが、あんな女遊びの激しい奴が彼氏だなんて、間違いなく不幸になるのは目に見えているのだ。

 うちの村みたいに外界と隔絶された環境で女遊びなんてすれば、噂が流れないわけもないのに。


「なら、あのファビアンがお前のことを、何があっても守り抜いてくれるんだな?」


「もちろんだよ! 村のナンバー2だよ? お兄ちゃんより全然強いって」


「そりゃ結構なことだ。まあ、頑張れよ」


「言われなくても頑張ってますぅ」


 本当にファビアンがミキのことを大切にして、何があっても守り抜いてくれるのなら、それは歓迎すべきことだ。


 ミキには幸せになってほしい。

 自分たちが恵まれなかった家族というものを、ミキには築いてほしい。自分は、それを陰から守り抜くことができればいい。

 ブツクサ言いながらも、幸せそうにしているミキを見ていると嬉しかった。

 

 カイは、以前ミキが欲しそうにしていたネックレスを、プレゼントとして内緒で買ってあった。

 シルバーのチェーンの中央に、エメラルドがあるネックレス。

 今の自分にとっては、ちょっと高価なものだった。


 が、ミキは今、どうやらそんなものは眼中にないようだ。

 まあでも、仕方がない。せっかく買ったんだから、あげておこう。


「ほら、誕生日プレゼント」


「えっ」


 案外、表情が明るくなる。 

 包装紙を開けて箱を取り出すと、ミキは、爛々とした目でカイを見つめた。


「よく分かってんじゃん! さっすがー」


「なんてゲンキンな奴だ」


 そうは言いながらも、嬉しそうにしているミキを見ていると自分も幸せな気分になってしまう。

 カイは、テーブルで頬杖をついて目を細めながらも、内心は満足しながらミキを眺めていた。

 


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