人間界転移した意識低い系怠惰エルフ、特殊部隊に入隊します。

翔龍LOVER

第1話 真面目女子と、クソエルフ




隼人はやとが──お父さんが、異世界人に殺された」


 小学校四年生の夏休み前。

 最後の登校日を終えて家へ帰ったら、取り乱したお母さんからこう切り出された。

 事態を理解する暇も与えられずに出かける準備をさせられ、ランドセルを放り出して家を出る。


 電車に乗っている間、泣きそうな顔で息を早くするお母さんの横に座っていると、いろんな思いがぐるぐる頭を巡った。


 馬鹿なことを言っている。

 お父さんが死ぬはずはない。そんなはずはないんだ。


 お父さんは、人間界へ転移してきた異世界人の凶悪犯と戦う「対魔術特殊部隊」の隊長。

 すごい力で凶悪犯罪者たちをこらしめ、どんなに追い詰められても道を切り開いて、大切なものを奪われた被害者たちの無念を晴らす、絶対無敵の戦士なんだから……。


 あたしたちが案内されたのは、解剖室だった。

 無機質な通路の途中に、二人の警察官が立っている。


「月島隼人は──夫はどこですか!」


「……奥さん。電話でも言ったが、面会はやめた方がいい」


「会います。絶対に。絶対に」


「まさか、お嬢ちゃんも? それだけはダメだ! 取り返しのつかない心の傷を負うことに──」


「あたしも会います。絶対に」


 お父さんのことが大好きだったあたしは、お母さんに倣って「絶対に会う」の一点張りで押し切った。 

 当然だ。死んだなんて信じない。

 この目で見るまで、信じられるわけがない──……。


 解剖室の中は、吐き気をもよおすような焦げた臭気が立ち込めていた。

 作業台の上に置かれたお父さんの体は、千切れたり焦げたりしていて、ひどい損傷を負っている。それとは正反対に、顔だけがあまりにもいつものままだった。


 警察の人は、言い訳するように説明を始めた。

 魔力でつけられた傷には魔力痕というものが残るのだが、それが短時間で消え去ってしまうらしい。だから調査を急ぐ必要があり、こんな部屋でしか面会ができないのだ、と。

 

 突っ立ったまま父を凝視するあたしの横には、泣き崩れる母。

 逆にあたしは涙が出なかった。それはおそらく、母とは違うことを考えていたからだと思う。


 ──殺す。


 滅殺してやる。

 こんなことをした異世界人を、跡形もなく。

 どんなことをしても、何を代償にしても、絶対に……


 ようやく涙が流れたのは、火葬場。

 焼却のスイッチが押され、まるで地鳴りのような凄まじいバーナーの音が響き渡った時だった。

 この時になって、ようやくあたしは、堰を切ったように大声をあげて泣きじゃくった。


 母はそのあと五年間はまともな精神状態を回復できなかった。

 いや、それすら幸運だったかもしれない。母が父のあとを追わなかったことを、あたしは心から感謝している。

 母を支える生活の中、あたしは、解剖室で芽生えた衝動をとうとう抑えられなくなった。


 中学一年生になったある日、父の同僚だった人から、武道場を経営する知人を紹介してもらった。

 その知人──優しそうな顔をした武道場の館長は、生前の父の友人だったそうだ。


「まだ幼かった君を抱っこしたことがあったなあ。辛いだろうが──」


「異世界人を、殺せますか」


「なに?」


「あなたから武術を習えば。あたしでも、異世界人を殺せますか」


「……異世界人は強力な魔術を使う。魔剣の使い手だった君のお父さんは単独でも強かったが、それでも異世界人の相棒とコンビを組む必要があった。残念だが、生身の人間では……」


「たとえあなたが教えてくれなくても、あたしはお父さんを殺した奴をどこまでも追って、殺します」


 この世の全てを憎んでいた。

 抑えきれない剥き出しの感情は、意図せず目の前の男にぶつけられていた。


 あたしの殺意を受け止めた館長は、血が滴るほどに唇を噛み締める。

 亡き友人の子の前だからと敢えて作っていたのだろう優しげな表情は、すでに鬼のようになっていた。


「俺が教えてやれんのは殺人術だけだ。成人式すら迎えずに死ぬかもしれん道だが、お前にはその覚悟があるんだな?」


 あたしの殺意にあてられて、つられてこう言ったわけじゃなさそうだった。

 彼は、鬼と化す前に、一瞬、何かを諦めるような表情をしたから。

 

 諦めたのは、父親と同じ死の道へ進もうとするあたしを止めることだったのだろうか。

 今となってはわからないけど、館長は「やっぱ月島の血は争えねーな」と言っていた。


 この日から、あたしは殺傷を目的とした実戦型戦闘訓練に明け暮れることになる。

 そうして目指すのは、お父さんと同じ対魔術特殊部隊。

 ターゲットを探し出すには、異世界人凶悪犯と最前線で戦うこの部署に配属される必要があるからだ。


 お父さんの仇を討つ。

 あたしの生きる目的は、ただそれだけになった。




────…………




 人事異動の時期である四月一日。

 今年二一歳になるあたしは警察官三年目。

 そして今、ずっと待ち焦がれた対魔術特殊部隊の事務所前に立っている。

 

 これでようやく、お父さんの仇を討つための準備が整った。 

 よぉし──と心の中で気合を入れ、大きく息を吸い込む。


「おはようございます!」


「おはよう月島くん。新人らしく元気が良くてよろしい。こっちへ来たまえ、早速紹介しよう」


 事務所に入るや否や、すぐに課長から呼ばれた。

 この部隊は、警察官と異世界人のコンビで任務を遂行する決まりだ。

 きっと、これから苦楽を共にする相棒の異世界人を紹介されるんだろう。

 お父さんを殺した異世界人の同類どもなど大嫌いだ。部隊の規律だから仕方なくコンビを組んでやるだけ。


 自分で言うのもなんだが、あたしは真面目な人間だ。

 こういう時は最初が肝心。

 たとえ相手が異世界人でも関係ない。真正面から真剣に向き合ってやろう、とあたしは気合を入れていた。

 そんなあたしに、そいつ・・・は──。


「初めましてー、田中ミノルでぇーす。見ての通りエルフでぇーす。元の世界では大森林の警護をやってましたー。 魔術得意でぇーす。人間界は初心者ですが、よろしくお願いしまぁーす」


 ポケットに手を突っ込み、ヘラヘラしながらダルそうに挨拶するエルフ。

 語尾をいちいち伸ばすところが更にウザさを助長している。


 パッと見は高校生くらいの若さ。

 水色の髪に水色の瞳、つんと尖った耳はエルフそのもの。

 着ているパーカーとスウェットはどちらも真っ白でダボダボ。

 首にヘッドホンを引っ掛けてキャップを被った、完全なるB系小僧だ。


 強烈な不快感であたしは間違いなく眉毛がひん曲がっていただろう。

 これ・・が、これからあたしの相棒になる異世界人……?


「君が月島つきしま伊織いおりー? めっちゃ可愛いじゃん! 女の子だとは聞いてたけど、こんな部署だから一体どんな子が来るのかって心配してたんだよ。あたりだわー」


 馴れ馴れしく肩に手を回してくる軽薄セクハラくそエルフ。

 こういう奴には言葉の挨拶なんて必要ない。

 あたしは初球からおもっクソ頬をぶん殴ってやった。


 見た目や態度と同じく、体も軽い。

 ベストな手応えとともに、発泡スチロールくらいの空気感で軽々と吹っ飛んだ。


「……ったー。何すんだこの暴力女!」


「うるせー、このクソエルフが。死ね」


 ハズレだ。

 こんな馬鹿、魔術を使う異世界人の凶悪犯となんて戦えるわけない。

 この部署は、そんなに甘いところじゃないんだ。

 

 あたしたちが住んでいるこの人間界では、異世界転移は「神隠し」だなんて言われてる。

 一旦向こうの世界へ行けば帰ってきた者はいないが、もちろん一方通行ではなく、あちらの世界からもやってくる。

 その数は飛躍的に増え続け、今、人間界は異世界人で溢れ返っている。


 結果、ケモ耳獣人女子がスーツを着て通勤し、エアコンの修理を頼めばワニかドラゴンかわからないような作業員が訪問してくるという、ひと昔からすれば考えられない世の中になった。


 あたしが住んでいるマンションの隣人はワーウルフと人間のハーフだし、人気アイドルグループに異世界人が編成されていることも多くなった。

 世間一般的に見て、人間が抱く異世界人の印象はそれほど悪くはないだろう。人間界はそんな異世界人たちで賑わっている。


 だが、当然いい奴ばかりじゃない。

 それに、中には強力な魔術や人間離れした肉体を持つ者もいる。


 こういう輩が犯罪を犯せば、通常の警察部隊では対処できない。事案が発生すれば百パーセントに近い確率で命を奪り合う戦闘となり、警察官はもとより治安出動した自衛隊員たちもが大勢殉職した。


 対策が急務となり、自然と専門の制圧部隊を編成する運びとなる。

 偉い人たちが大勢集まって検討し、最終的に決まったその部隊の運用方針は次の二点だ。


一、凶悪犯に対抗できる強い異世界人を雇い、戦わせること。

二、その異世界人を管理監督するため警察官とコンビを組ませ、任務へあたらせること。

 

 この部隊は、全国の警察本部に創設される、警備第ゼロ課──

 別の名を対魔術特殊部隊アンチマジックスペシャルフォース、通称「魔特まとく」と呼ばれることになった。

 まあ、この部隊の発足経緯はそんなところだ。


 すなわちこの部隊は、国を護る要。

 異世界人の凶悪犯と戦う、最重要と言っても過言じゃない過酷な部署なんだ。

 それなのに、このクソエルフは!!


 まずはこいつが戦える状態なのかどうかを確認しなければならない。

 現時点での仕事の優先順位をはっきりと認識したあたしはクソエルフに言い渡す。


「おい、これから訓練するぞ。お前の実力を見てやる」


「え──……。面倒くさいなぁ。別にいいじゃんそんなの。君は昨日まで交番勤務だったんでしょ? ここは初めてなんだから、荷物の整理とか施設の確認を先にやりなよ。僕が雇われたのは一週間前だから、もうこの施設は一通り見たし」


 魔特の事務所があるのは、東京都江東区にある「夢の島・魔術総合術科センター」の敷地内。

 このセンターは、大規模な爆発系魔術などが試術できる広大な敷地をもつ。

 その中に、魔術を使った市街地戦や地下戦闘が訓練できるよう、幾つものビルや地下施設なんかも造られていた。 


 魔特の正規隊員選抜試験の時にもこの場所を訪れた。

 ようやくここまで来た、と決意を新たにしたのが昨日のことのようだ。その時には、まさかこんな奴をあてがわれるとは思いもしなかったが。

 

「そんなのは後でもいいんだよ! ってか、お前は戦うためだけに雇われてんだろが! 今まさに事案が発生したら、あたしらも行かなきゃならねーんだぞ。訓練もしねーってどういうことだよ!」


 魔特は、凶悪犯に即時対応するため二四時間勤務だ。三部制になっていて、三つの係が順番に当番を担う。

 

 あたしが所属するのは第二係。

 よって、翌朝に第三係へ引き継げば、そのあと仕事をしない日が丸二日間あるわけだ。


 すなわち、今日の朝から明日の朝までが仕事。夕方に退勤しないといけないわけじゃないので、施設を見る時間などいくらでもある。

 優先順位を考えれば、現場対応最優先なのは明白だ。


「分かってるよ。異世界人の犯罪者が現れたら戦えばいいんでしょ。でも、それ以外の時間は自由だって契約の時に聞いてるよ。君こそ契約に無いことを僕に強制しようとしてんじゃないの?」


 鬱陶しいことに、痛いところを突きやがる。

 どうせダラけたいだけのくせに、言っていることだけは間違っていない。


 魔特専属異世界人──略して「専属」と呼ばれているこいつらは戦うためだけに雇われているので、魔術犯罪者との戦闘で勝つことが至上の命題。


 だけど、それには戦闘訓練だけで完璧、というわけにはいかない。

 自由時間を与えて人間界に精通させるのもまた仕事のうち。人間社会に溶け込む異世界人犯罪者たちとやり合うには、そういうことも重要だと考えられている。


 よって、出動体制を維持しつつも出勤と退勤の時間さえ職場にいれば、その他の時間は基本的に自由だ。

 あたしに言わせれば「そういうのは非番にやれ!」って感じだが、人間に協力する条件としてこういうことを言い始めた奴がいたんだろう。

 異世界人なんて、どいつもこいつもクソ野郎ばっかりに決まってる。


 なんだかんだ言ったって「専属」は戦うことだけが仕事なんだから、戦闘訓練を怠っていい理由にはならない!


「はあ? 魔術を使う凶悪犯と戦えるのか見てやるって言ってんだこの馬鹿。お前のことを把握して運用するのはあたしの仕事なんだよ」


「それは君の仕事であって僕の仕事じゃないよね。だから僕は今からつけ麺屋さんに行ってくる。うまそうな店を見つけたんだ。今からでも並びに行かないと開店と同時に入れないんだよ、間に合わなかったら君のせいだからね! 君はいちいちうるさいよ。僕に命令しないでくれるかな」


 なんだこのクズエルフは……。

 女と見れば鼻の下を伸ばして体を触ってくるセクハラ野郎だし、今のところ良い部分が一つも見つけられない。


 こんな奴が相棒だなんて、あたしは絶対に認めないからな!




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