鏡を通り抜ける力に目覚めた俺は、もう一つの世界の【私】と大人気Vライバーになる!

猫舌サツキ

鏡の向こうのウチ、俺

第1話 鏡の向こうの俺、可愛過ぎるだろ!?

 朝目覚めて、顔を洗いに洗面所に行くことが億劫だ。



 なぜなら、鏡にうつった自分の顔を見なければならないから。


 寝起きで視界がぼやけていて、目尻が垂れている。口は力なく、飴玉を咥えているみたいにぽかんと開いている。寝ぐせが外側にぴょんぴょん立っていて、頬が乾燥している。


 顔立ちが整っていて、イケメンで、優しくて、勉強ができて、資格もいっぱい持ってて、目に光がある人が、鏡の向こうで待っていてくれたらなぁと思う。


 けれど、そんなことはありえない。



 鏡の向こうには、いつも、私がいる。今が楽しいけれど、どこか言葉にできない、不安を抱えた私が……



――これは私と、鏡の中の、もう一人の「私」の物語




****


 

 いつもと同じように目覚めて、いつもと同じ白い天井を見上げる。無機質で、柄もない不愛想な天井である。


 ベットから起き上がった大学生の名前は、赤首あかくび椿ツバキ。これといった趣味はなく、夢もなく、過ぎ去る日々を淡々とやり過ごしている、生きたしかばねのような人間だ。


「母さん、お弁当作ってくれたの?」

「ハイ」


 

 自分の部屋を出て、一階への階段を駆け下りたツバキは、ソファーにぐったりとした母を見かける。母は、機械的な音声で、ツバキの声に返事をした。


――ツバキの両親が機械と成り果ててしまって、もう数か月という時間が経った。


 彼にとって両親とは、経済的な支援者でしかなかった。愛着も、家族の絆も、とうの昔に忘れてしまった。



「ありがとうね」

「ハイ」


 また不安定な音程の声を響かせた機械の母は、首をソファーの背もたれに預けて、放心状態へと移行した。……昨日の仕事で疲れてしまっているのかもしれない。



 ツバキは、母にフライパンの上に用意しておいてもらった卵焼きとソーセージを皿に移し、昨晩に炊いておいた3合の白米をしゃもじですくって茶碗に盛って、それを朝食とした。


 それから、歯磨きと洗顔をするために、洗面所へと向かう。


 歯ブラシを手に取った瞬間の出来事である……



「は?」

「はっ、誰?」


 鏡に映った人物が、語り掛けてきた。



 自分と同じ黒髪で、同じぐらいの歳で、同じ背丈の女が、鏡の中に存在していた。寝ぐせが所々にぴょんぴょん跳ねていて、モコモコとした黒色の寝間着用の黒パーカーを羽織っていた。


 ツバキは「この家から出ていけよ」と言った。



 鏡の中の女は「ここはウチの家だよ」と言った。


 というか、鏡に自分の姿がうつらないことが、そもそもの異常なのである。


「名前は?」と、試しに訊いてみた。


「ツバキ……赤首あかくび椿ツバキだよ」

「俺も、同じ名前だ……俺も、ツバキって言うんだよ……」

「はぁ!?嘘つかないでよ!」

「嘘はお前のほうだろ!?俺は、確かに赤首椿だよ!!」



 俺には、妹も姉もいない、母と父の三人暮らしだと、男ツバキは、自らに言い聞かせて平静を保った。


 鏡の中で言葉を喋る、この狂った女が何者なのか、確認するために、さらに疑問を投げつけてみる。



「お父さんとお母さんの名前は?」

魁人かいと輝夜かぐや

「お前自身の年齢は?」

「19」

「まさか、通ってた学校とかまで……」

「高校は、雪摩西高校ってところ」

「同じだよ、俺と、まったくおんなじだ……瓜二つだ」


 淡々と、低い声で男ツバキの質問に答えた【女ツバキ】。姓名と名前のみならず、両親の名前も、通っていた高校すらも、全てが一致した。


 男ツバキは、困惑と驚きで喉の渇きを覚えながらも、さらなる一致点を発見するべく、鏡の中、くしを使って黒く艶のある髪をといている女ツバキに問いをぶつけてみた。



「こんなこと聞くべきじゃないんだけど、まさか……パソコンのパスワードとかまで一緒だったりしない……?」

「GDKO0818。どう、同じ?」

「俺も、それだ……」

「マジで言ってる?」

「マジ」


 10桁の、アルファベットと数字の組み合わせのパスワードが一致する確率は、天文学的な確率だ。まず、この世界に生きていて起こりえない現象であろう。


 鏡の中に居る、それぞれの黒い瞳を互いに見つめ合った【ツバキ】は、阿吽の呼吸で、推論を唱えた。



「つまり、あくまで予測だけど、俺が、性別だけが違うお前自身……ということ?」

「ウチが、こんな冴えない顔した男ってこと?同じ人間だってこと?」

「ん、どういうことだ?」

「ウチに訊かないでよ……ウチもあんたも、何にも分かってないんだから」


 とりあえず、寝起きで、頭が覚醒しきっていない両者は、落ち着きを取り戻すために、それぞれ行動を起こした。



 男ツバキは、歯ブラシに歯磨き粉を付けた。


 女ツバキは、ヘアアイロンとくしで、髪をとかした。


 しかし、困ったことに、鏡に自分の姿が映らない。これでは、歯をきれいに磨くことも、ヘアアイロンをかけることも難しい。



「これじゃあ、歯も磨けないって!元の鏡に戻ってよ!」

「こっちのセリフなんですけど!?」


 歯ブラシを咥えたまま、男ツバキは、母の化粧台の鏡を借りて、歯を磨こうとした。母が毎朝、化粧をするために使っている化粧台は、棚の上にある。それを見て歯を磨こうと思ったのだが……



――化粧台の鏡には、見慣れた景色が映っていた。洗面所の景色だ。



 そこには、女ツバキの後頭部も映っていた。


「はぁ!?まさか、鏡が全部、お前のとこの景色を共有してるのかよ!?」

「え、どこにいるの?」

「後ろ」


 キョロキョロと辺りを見渡した女ツバキは、背後の棚の上に置かれた化粧台からぎょろっと覗く男ツバキを発見して「ひえ」と、怪物を見つけたかのように鳴いた。



 よく分からないが、その日を境に、二人のツバキが鏡を通して互いの世界を共有するようになった。




 男ツバキは、その後、一日のうちに何度も鏡を確認した。


 やはり、あらゆる鏡が女ツバキの世界と接続されていた。小さい手鏡からも、あちらの世界の景色を映し出していた。



 洗面台の鏡と、化粧台の鏡と、手鏡が、世界と繋げるトンネルのような役割を果たしていることを確認した。


「ばあ」



 女ツバキは、子どもを驚かす真似事をした。化粧台の鏡から腕を伸ばしたのだ。


「子どもじゃないんだから、そんなことで驚かないぞ」

「キモっ」

「なんで自分に『キモイ』なんて言われなくちゃいけないんだよ……酷い……」

「ふふふ♪」



 鏡の向こうの俺は、女で、すごく口が回る、おしゃべりやつだった。

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