公爵令嬢、リザルド達の見極める
品評会の開催日が近くなり、サンクトゥルシアはどのリザルドを出展させるか最終決定するためにここ数日を観察に費やしていた。
センペドミニカ公爵である父親が品評会への手続きを受け持ってくださったお陰で、こうして飼育に多くの時間を割けるのは感謝の念しかない。
その父親の恩に報いるには品評会で目を見張るような結果を出し、そして最終的には国宝リザルドを献上する以外にはないとサンクトゥルシアは強く決意している。
まずニアクリスタルだが、彼女は品評会への出展が既に決定している。現役の国宝リザルドであるピュアクリスタルリザルドとの繁殖に成功し、さらに産卵した全てを孵化させたという事実だけで高評価は堅い。リースの手入れもあってコンディションも整っている。
むしろニアクリスタルこそ今度の品評会で審査される主軸である。子供達はあくまで、ニアクリスタルの成果として見られるのだ。
その点を考えると、ニアクリスタルと同様に水晶の素質を持ったリザルドは評価を受けやすいだろう。ピュアクリスタルリザルドも百歳を超えており何時不幸が起きてもおかしくない。国宝リザルドの中でも後継が強く望まれているからこそ、審査員の期待という付加価値を得られる。
そうするとやはりニアクリスタルの元で育っている三個体が思い浮かぶ。
最初に孵った長女、白を識別に与えたビェールイは穏やかな性格をしているように思える。いつも母親の側を離れないが、他の兄弟と違って無理やり頭の上まで登るようなことはなく、いつも背中の同じ位置で寛いでいる。そこにある水晶の形がちょうど納まり良いらしい。
ビェールイの訓練は全てリースに任せているが、リースから見ても覚えが良く扱いやすいと評価されている。反面、リザルドにしては大人しすぎる、戦闘には勿論、国内の貴族や国外の賓客から鑑賞されるに当たって威厳を見せつけられるのか少し疑問だと言う。
国宝と称されるのだから、そこには国の威信と尊厳が表れてなくては意味がない。まだ幼いビェールイにそれを求めるのも早いとリースは苦笑して、今後に期待ですね、と報告を上げている。
次に二番目に孵ったスィーニィ、こちらもニアクリスタルが育てている子だ。青い血を持つこの個体に青の識別を与えたのは全くの偶然だが、リースからは分かりやすくて助かります、と言われている。
スィーニィは何と言うか、堅物という表現が一番しっくりくるだろうか。ニアクリスタルに登る時もその前にじっと母親を見上げているのは、許可を得ているような雰囲気がある。コマンドを覚えさせる前から、餌を食べるにも与えた人間かニアクリスタルの許しを得てから口を付けるのだ。
逆にこちらから何かを支持しなければ遊び出すこともなくじっとしていて、子供らしさがない。騎士の血と呼ばれる素質を持つリザルドにはそう言った人間の軍隊向きな性格をしている個体が多いというので、スィーニィもそうなのかもしれない。
実際に行動する際には力が強く既にそこらの従業員では力負けして引き摺られる場面も見受けられる。そこで直ぐに止まって人間の様子を伺うのがなんともスィーニィらしいと思えるくらいだ。
ニアクリスタルの元で育てている最後の一個体が四番目に孵った水色識別のガルボーイ、こちらも青い血が見られた個体だ。
ビェールイとスィーニィの色を足して割った色を与えられたガルボーイだが、その性格は姉二頭とはまるで違ってやんちゃが過ぎる。
ニアクリスタルの体に真っ先に攀じ登って、時折爪が目や鼻に当たってニアクリスタルから嫌そうに頭を振られている。それでもニアクリスタルは思わず動いたという感じで激しく振り落とそうとしないので、ガルボーイは爪を立てて母親に引っ付いて誇らしげにしている。
三頭の中でガルボーイだけがオスだというのも性格の違いがあるのかとリースに聞くと、リザルドの性格に性別は余り関係なく完全に個性という返事が来た。なんならメスでも男親に喧嘩するお転婆もいるだとか。
ガルボーイのコマンド訓練はカルペディエムに担当させたが四苦八苦していた。これは自分が不慣れなせいかとカルペディエムは真剣にリースに相談を持ち込み、リースからはあっけらかんと、いや、リザルドが悪いです、なんならこいつ相手に良くやっててすごいです、と返されて渋い顔をしていた時はサンクトゥルシアもこっそりと喉を鳴らしてしまったくらいだ。
対して人工飼育をしている他の三個体はまさに個性の塊としか言い様がないくらいにバラバラだ。
ザラトーイはその中でも特筆に値する。サンクトゥルシアが牧場に到着した時に孵化の兆候を見せ、その掌で生誕したこの金色を与えたリザルドは、なんと純正ドラゴンへと姿を変える能力を持つ。さらにサンクトゥルシアから聖と光の二重属性を受け取り他の兄弟と比べて僅かにだが体格も良い。
ザラトーイについてはサンクトゥルシアが時間の許す限り世話をしているが、初心者のサンクトゥルシアの言葉をしっかりと理解して応えるだけの高い知能も見受けられる。そして何よりサンクトゥルシアが来るとそれはもうはっきりと喜んで飛んでくる。
リースの見立てでは、ニアクリスタルではなくサンクトゥルシアを母親と認識しているとの事だ。しかもこれだけ母親が大好きな性格なのはリザルドだともう個性だと言う。
ドラゴンへ変化する能力も既に使いこなしており、サンクトゥルシアがコマンドした時だけ実行するのを覚えてくれた。リースも大変胸を撫で下ろして安心している。
サンクトゥルシアのために働きたいという意欲が強く、牧場の整備を支持してたりすると何時の間にかちょこんと足元にお座りをしてサンクトゥルシアにじっと眼差しを向けてくる。それで岩の移動やら地面の耕耘やらをやらしてみると、ドラゴンの巨体へと姿を変えてあっという間に仕上げてみせるのだ。正直、人間を十人働かせるよりもザラトーイに作業させた方が効率が良く、サンクトゥルシアが逆に子供の時分から労働させるだなんてと思い悩んでいる。
とはいえ、当初の懸念は全て拭い去られて、品評会に出しても問題は起こさないだろうとリースもお墨付きをくれたくらいに賢い子だ。
五番目に孵ったオレンジ識別のアラーンだが、こちらも青い血を持った個体らしい卓越した身体能力を垣間見せている。それでいて何と言うか、ちょっとした仕草に気品を感じさせる。サンクトゥルシアを最上位存在としてきちんと認識しているらしく、その姿を見付けると恭しく伏せるのだ。
訓練に移動させる時もキビキビと行動する。ガルボーイと同様にアラーンもカルペディエムにコマンド訓練を施させているが、こちらはカルペディエムがコマンドを口にする前にピシッと動いてしまい、逆にカルペディエムの上達にならないとリースが苦笑している。なんならガルボーイが言う事を聞かないと唸ったり叩いたりして窘めているくらいだ。
さらに自己研鑽の意欲が高く、何故か教えてもいないのに時間が空くと人間の騎士さながらの動きで戦いの型を繰り返している。
サンクトゥルシアが戸惑いながら、リザルドには良くあることなの、とリースに問うと、そんな訳あるか、と真顔で返された。
シリェーブはレースに素質があると言われた銀識別の子だ。その鑑定の通り、暇さえあれば牧場を駆け回っている。むしろ訓練だと連れ出しても走り出して逃亡する。
シリェーブのコマンド訓練はサンクトゥルシアがやってみたのだが、初めはきちんと取り組むものの、十分もしないうちに飽きて逃亡、ザラトーイに捕まってサンクトゥルシアの前へ戻される、というのが定番になりつつある。
ちなみにサンクトゥルシアはそれはそれで元気が宜しいと思っていたりする。
背中に誰かを乗せて走るのに憧れがあるらしく、時折人間に向けて背中を差し出したりするのが困りものだ。まだ両手で掬えるくらいの大きさなのに人間が乗れるわけがない。
従業員がその度に困った顔をしてリースに助けを求めて、リースが頭を雑に掻いて他の仔リザルドを背中に乗せてやると喜んで走り出す。途中で背中に乗せた子が転げ落ちて取っ組み合いになると、みんながその光景に癒されてしばらく作業の手が止まる。
「なんていうか、みんな個性的ね。楽しくていいけど」
「お嬢様、リザルドのこと言えんでしょうが。あ、楽しくはないんでもうちょっと普通にしててほしいです」
頭の整理のためにリースを話し相手にしていたサンクトゥルシアがぽろっと本音を漏らすと、ずっと一方的な語りに付き合わされていた厩務員は本音とばかりに疲れた声で返事してきた。
ちらっとサンクトゥルシアが流し目を送ると、リースはバツが悪そうに目を反らして首筋に冷や汗を垂らしている。
サンクトゥルシアはそのまま視線を固定してリースの後頭部に突き刺し続けると、見えてなくてもその気配はしっかり伝わっているようでだんだんとリースの汗が増えていく。
「リース」
サンクトゥルシアが名前を呼ぶと、立場の悪い庶民生まれのリースはさっと振り返って地面に頭をへばりつけた。
「口が過ぎました、すいませんでした」
「まぁ、宜しくてよ」
サンクトゥルシアは、地面に這い蹲るリースの後頭部に優しく微笑みを落とした。
公爵令嬢サンクトゥルシア・ジェラルディン・センぺドミニカは国宝を育て上げて王妃へ至ってみせましてよ 奈月遥 @you-natskey
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