公爵令嬢、仔リザルド達の鑑定結果を聴く
サンクトゥルシアに名付けられた仔リザルド達は一頭ずつ鑑定士達の元へ連れていかれて検査に入った。
待つこと二時間が経ち、全ての子供がそれぞれに親元へ、もしくは親と隔離された竜舎へと戻される。
サンクトゥルシアはリースも連れて鑑定の結果を聴くために牧場の入口に設営した事務所へと入る。
そこには鑑定士達の代表である髪の後退した壮年が資料を纏めて待っていた。
「サンクトゥルシア様、お待たせ致しました」
「ええ。それで早速だけれど、結果を聴かせてくれる?」
父親よりもさらに年上の鑑定士相手ではあるが、老齢で現役のサイブレッド公爵にも物おじせずに応対するサンクトゥルシアだ、当然のように鷹揚に場を仕切る。
鑑定士の代表も爵位の上下は弁えているので嫌な顔一つしないで丁寧に資料を二部差し出した。
カルペディエムが椅子に腰掛けるサンクトゥルシアの背後からすっと前に出て資料を軽く検めて、全く同じ二部の揃いであるのを確認してサンクトゥルシアとリースに順に手渡した。
伯爵家の三男という継承権も薄いカルペディエムからであっても、貴族から直接手渡しをされるというのが未だに馴れないリースは恐縮しきってぺこぺこと不格好に頭を下げている。
その横でサンクトゥルシアは受け取ってすぐに資料を捲り、時には複数のページを見比べて内容を読み込んでいた。
「生まれたばかりですから、同時期の統計で割り出した平均的な能力とそう大きな違いはありませんが、どの仔も能力は高い方です。親からの血統と、その食事の良さが表れているのかもしれませんな。それと走査魔術で見た素質は平凡なリザルドの幼体とは比べるべくもなく高いです。訓練や飼育による成長はよく現れるでしょう」
サンクトゥルシアはそれで当然とばかりに肯いて鑑定士の話を先に促した。
「まずホノル・ビェールイ号ですが、これは特筆した特徴や素質はなく、けれどバランス良い素質が見られます。平均的な個体として他の個体の長所を測る基礎値を出してくれるという意味では逆に得難くもありましょう」
「あら、この子だけが?」
「ええ。他の個体は少なからず特殊な素質が見受けられました」
幾らリザルドが個体ごとの変異が大きく、個体進化と呼ばれる程の個性を顕現するドラゴン種だとは言っても、生まれたばかりで独特な素質が発覚するのは良くて三割だ。
それが六頭中に五頭に見られたというのは、ニアクリスタルとピュアクリスタルリザルドの血統によるものか、それともセンペドミニカ公爵から贈られた純性ドラゴンの卵を出産前の母体に与えたからなのか、それともその両方が原因であろうか。
いずれにしても、国宝リザルドを育て上げるサンクトゥルシアによっては朗報でしかない。
「次にホノル・シリェーブ号ですが、競争に適した骨格と才能を持っています。レースリザルドとして育てれば時代を席捲する可能性もありましょう。魔力はまだ乏しいですが、身体能力だけで他のリザルドを置き去りにするような素質を垣間見ました」
「そう。レースなのね」
それでも普通の飼育とは論理も実践も異なるのでサンクトゥルシアの手で育ててその才能が発揮させられるかは正直芽が薄い。
あえて道を見出すのなら、シリェーブをレースリザルドの優良親と引き立てて仔リザルドの生産に回すくらいか。それでもレースリザルドの素質を見極めるクラシックレースでの入賞を果たさなければレース業界に見向きもされないだろうが。
「どうされます?」
リースが真剣な目でサンクトゥルシアに伺いを立てる。どうする、という言葉にはレースリザルドを生産している牧場へ移籍させるか、という意味も含まれているだろう。
サンクトゥルシアは、とん、と人差し指でテーブルを小突いて返事をした。
「まだ暫くは保留にしましょう。良さそうな牧場だけは把握しておくように」
「畏まりました」
最後の言葉を向けられたカルペディエムは、サンクトゥルシアからは見えない背後に立っているのに恭しく頭を下げて指示を拝命する。
それで一旦シリェーブの話は終わりにして、サンクトゥルシアは次の報告を求めて鑑定士に視線を送る。
鑑定士は手元の資料にじっと視線を落としながら口を開く。
「ホノル・スィーニィ号、ホノル・ガルボーイ号、ホノル・アラーン号、この三頭につきましては青い血を確認しました」
「青い血っていうと……」
本来、リザルドの血は人間や他の爬虫類と同じく赤い。九種類に大別されるドラゴン系統のどれも基本は同じである。
けれどリザルドの中には時折、血が青い個体が見られるというのはサンクトゥルシアも事前に知識として頭に入ってはいた。そしてそれは特別な素質の指標になる筈だと、リースに確認のために水を差し向ける。
「青い血のリザルドは、騎士の血とも呼ばれて、気高く賢く、そして勇敢で、まさしく騎士、もしくはその相棒に相応しいと言われますね」
騎士の血を持つリザルドはハイランディア王国軍でも重宝されているくらいに、はっきりと他のリザルドよりも指揮系統の元での行動に向いていて、しかも強力な個体であるとされている。
しかしリースはちょっと肩を竦めてお道化て見せた。
「ただ、生まれたばかりの青い血はしばらくして赤くなる偽血だったり、色が黒ずんだ所謂兵士の血、だったりもしますから、騎士の素質が絶対にあるかと言われると経過観察が必要ですね、としか」
一度の採血で必ずそうだとは言い切れない、とリースは釘を差す。
事実、孵ったばかりの青い血のリザルドを高値で買った貴族が、一年後にその血が赤くなっているのを知って後悔したというゴシップは年に二、三件は聞く話だ。
鑑定士はリースの話に同意で頷きつつも、一つだけ口を挟んだ。
「ホノル・アラーン号は親個体とは隔離して人工飼育しておられるという話ですが、この個体は若干の輝度が認められました。宝鉱石への親和性が高いのも貴族の血を持つリザルドの特性です」
リザルドの検査には光を当てて肌が反射で煌めくかどうかという項目もある。これは主に人工飼育のリザルドが取り違えなどで親に触れてないかを確かめる意味合いが強いが、このように人工飼育であり親の体に析出した宝鉱石から隔離されているにも関わず結晶現象が見られる特性を検出することもある。
ただし、スィーニィとガルボーイについてはニアクリスタルの水晶を齧っているために青い血の適性を確認することは叶わなかった。
「偽血だとどのくらいで色が変わるんだったかしら?」
「遅くても二年目、繁殖可能になったタイミングでは確実に分かります」
「そう。この子達は細かく検査する必要があるわね」
サンクトゥルシアの方針にこの場にいる誰もが首肯する。
少なくとも血の色の変化で判明する素質なので面倒を掛ける意味はあるのだ。
「最後に、ホノル・ザラトーイ号なのですが……」
最後の個体に至って、鑑定士は口籠った。そして言い辛そうにしながらもサンクトゥルシアを窺ってくる。
「何か、特別なことをされましたかな?」
「……質問の意図を計りかねるのだけれど、人工飼育にしている以外、まだ他の仔と違う育て方はしていないはずよ」
サンクトゥルシアはリースにも確認で目を向けるが、厩務員も思い当たることはない、しっかりと全て報告した通りの世話をしている、と力強く頷きを返す。
その様子を見た鑑定士は額の汗をハンカチで拭った。
「そうですか。では結果をそのままお伝えしますが、この個体は他と比べても現時点での能力が全体的に高く、また素質も頭一つ突き抜けています。それから……」
これでもまだ言い淀んだ理由に足りないらしく、鑑定士は報告をまごつかせる。
何がそんなに言い難いのだろうかとサンクトゥルシアは金色を割り当てて特別に目を掛けている仔の情報が記されたページを捲る。
サンクトゥルシアが到着するのを待って、サンクトゥルシアの掌で孵った運命的な仔なのだ。多少の障害が判明したとあっても、それならそれでずっとサンクトゥルシアの側において可愛がるつもりである。
けれど、その子に見られたのは決して障害などではないのを資料の文字に見つけて、サンクトゥルシアでも目を見開いてしまった。
「ええ、ホノル・ザラトーイ号は、何故か既に属性を持っているのです。それも、聖属性と光属性の二重属性です。あ、いや、上位属性の聖属性も光属性も、他の属性と重なることは人間同様にリザルドでも見られますが、それが生まれたばかりの個体で見られるかというと、その……正直、こちらのミスではないかと複数人で検査をやり直してみたのですが、むしろ事実を固める結果となりまして……」
物事の状態を維持し永遠ならしめる聖属性。
光り輝く現象を司り事象が拡散することを表す光属性。
それぞれ正反対の魔属性と闇属性を括られて、四つの偉大なる最上位の属性、即ち四交属性と言われるものだ。
単体でも身に付けるのが奇跡と呼ばれ、それを持つ生物は神にも等しく崇められ畏れられる。
それを二つ、しかも幼少の身に宿していると言われれば、虚言であると罪に問われる懸念を拭い去れないのも道理だ。
けれどサンクトゥルシアには思い当たる節がないでもない。何故なら、ザラトーイは
「お嬢様」
カルペディエムがサンクトゥルシアの手元に細い革の袋を差し出した。必要になった際に直ぐに出せるようにいつも彼が携帯している金貨の束である。
サンクトゥルシアも今がその時と分かっているので、カルペディエムから受け取ったそれの中身を数枚、鑑定士の目の前に積み重ねた。
「ホノル・ザラトーイ号の属性に関する情報は、この場限りのものとして、これ以降口外するのは許しません。よろしくて?」
金を積まれた鑑定士に拒否権はない。断れば今度は、カルペディエムが隠し持った刃が抜かれるだけだ。
ここはセンペドミニカ公爵家の城の敷地内である。法律はセンペドミニカ公爵がその場で決定させられる領域だ。
鑑定士は、ごくりと喉を鳴らして自分が知ったことを腹の奥底に沈めて、震える指で積まれた金貨を拾い上げていく。
「わ、私は、何も存じ上げません」
鑑定士が震えさせた声で契約は成立した。
サンクトゥルシアは穏やかな眼差しを目の前の壮年に向けて優しく頷く。
そして念のために、錐よりも鋭い視線を横に座るリースに向ける。
「それが分かってしまいそうな世話が必要な時はオレがやるかお嬢様にお願いします。他の人間には関わらせません」
「リース、あなたのそういう一番的確な行動を判断が出来るところをわたくしはとても評価しているわ」
「ありがたくもないですけど、この身の存在を許されて感謝しますよ、ええ」
これで、サンクトゥルシアが世にも珍しい四交属性の二重持ちであり、その祝福を一頭のリザルドに自分でも気付かないうちに授けてしまったという落ち度は、露見しないようにしっかりと隠蔽された。
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