第42話 ナハスの目論見
宿屋、アルブール。
今日は大きな船が着く日だった。つまりそれは、商売繁盛の合図でもある。それなのに、何故か入り口には「本日貸し切り」という紙が貼られていた。宿帳を見ても、誰の名前も書いていない。
ルカはいそいそと何かを準備するナハスを呼び止めた。
「おい、外の張り紙は何だ?」
肩をびくっと震わせ、悪戯がバレた子供のようにペロっと舌を出すナハス。
「あ、ごめぇん。今日はほら、大事なお客さんが来るから」
「は?」
ルカは頭の中で思考を巡らせる。大事な客の話など、聞いたことがあったろうか?
そしてふと、思い当たる人物を浮かべる。
「もしかして、あいつらが?」
それは半月ほど前に集まった、脛に傷を持つ面々。
「ふふ」
ナハスは満足そうに笑った。これだけご機嫌だということは、多分、すべてがうまくいったのだろう。
ナハスの「先見」は、あくまでも数ある未来のひとつにすぎない。
選択を少しでも間違えば、未来はガラリと変わってしまう。最善の結果へと導くため、見たものをどう伝え、相手をどう動かすか、占者として言葉選びは重要な事柄だった。
今回の旅は、まさに奇跡だとナハスは言っていた。星の巡りがすべて揃うなど、なかなかないことらしい。
「お前が気にかけてたことも、問題なかったのか?」
ルカが訊ねる。
皆が出発した後、ナハスはずっと髪の長い少女の心配をしていたのだ。
「オルガのこと? うん、大丈夫だったわ。サントワがちゃんと自分の気持ちに正直になってくれたおかげね」
ナハスが見た先見では、オルガは死ぬ運命にあった。どのタイミングで、どの選択が運命を変えたかはわからない。いつだってそうだ。いくら先見をしたとしても、結果がどうなるのかを決めるのは人の心次第。ナハスがどうにかできることではなかった。
「珍しく今回は深入りしてたみたいだが、どうしてだ?」
ルカが訊ねる。
今までにも、占者としての仕事をしてこなかったわけではない。だが、いつもはもっと離れた位置から、言葉を掛けていたように思うのだ。今回は違う。まるで自分も関係者であるかのように、どっぷりと深入りしていた。ナハスにしては、珍しいことだ。
「あら、わかっちゃった?」
両手で自分の頬を押さえ、首をすぼめる。
「……実はねぇ、神からの啓示があったの」
「……は?」
訝し気にナハスを見遣り、ルカが問う。
「俺は神なんか信じてないって、知ってるだろう?」
「うん。でも、本当のことだもの」
自分の持つ、この力。
いつ、どうして身についたのか知らないこの力を、与えてくれたであろう存在。
その大いなる力の主が、今回の先見に関わっているのだと思っている。
「私もね、神様、なんて存在を信じてるわけじゃないの。ただ、私達には想像すらできないような世界で、私達には考えも及ばないような存在がいて、私は多分、そこからのメッセージを受け取ったんだと思うのよ」
壮大なスケールで語り出すナハスを前に、ルカがぽかんと口を開ける。
「……へぇ」
「ってことだから、盛大に出迎えてあげたいの!」
両手を広げ、ポーズを決めるナハスを見、ルカはこめかみを掻き、
「ま、いいけどな」
とひとりごちた。
*****
「ナハス!」
フラッフィーが走ってナハスに飛びつく。
「お帰りなさい!」
後に続いたのは、ロェイ、ラッシェル、オルガ、そしてサントワだ。
エリスの姿はない。
「みんな無事で何よりだわ!」
ナハスが笑顔で迎え入れる。
「さ、みんな座って!」
テーブルにはすでに料理が並べられていた。
「すごいな!」
ラッシェルが一番に席に着く。
「もぅ、ラッシェルったら子供みたいね」
腰に手を当て呆れた顔でフラッフィー。
「はぁ? 子供に子供って言われたくねぇな」
「はぁぁ? レディに向かってなんて口の利き方かしらっ」
「どこにレディがいるのかなぁ~?」
掌をおでこに当て、遠くを見るジェスチャーをしてみせるラッシェル。
「おい、ラッシェル」
ロェイが窘める。いつもの掛け合いが、心地よい。
「さ、みんな座って。今日はルカが腕によりをかけてバンバン料理を作ってくれたから、沢山食べてね!」
「おっ、そりゃ楽しみだっ」
ラッシェルがテーブルに置かれた前菜に手を付ける。
「お行儀悪いっ」
フラッフィーがぺち、とラッシェルの手を叩く。まるで親子のようなやり取りだが、フラッフィーはラッシェルの世話焼きを楽しんでいるようでもあった。
ワイワイしながら席に着くと、宴が始まる。
「サントワ、気分はどう?」
旅の話を聞きもせずいきなり訊ねるナハスに、サントワは困った顔で微笑む。今ならあの時にナハスが言った「時間ならある」の意味も分かる。
「ああ、おかしな気分だよ」
「でも、悪い気はしてない……でしょ?」
「……まぁ」
照れたようにはにかむ、その隣にはオルガ。ほんの半月の間に、顔つきがだいぶ変わっていることに、ナハスは驚いた。周りを気にしながら怯えていたオルガは、堂々たる態度で、誰に遠慮するでもなくサントワの隣にいる。
「おい、ナハス、出来たぞ」
厨房から声がする。同時に、湯気を立てたメインディッシュが登場した。
「うわぁ、美味しそう!」
「豪勢だな!」
「これはすごい」
フラッフィー、ラッシェル、ロェイが声を上げる。
「チコリ酒もあるわ。飲みましょう!」
食卓に並ぶ料理、酒を酌み交わし、旅の話を聞く。
「ゼンが、ルカさんによろしくと言ってました」
ロェイが言うと、
「あのもうろくジジイ、元気だったみたいだな」
ルカが杯を交わしながら答える。
「ええ、命の恩人なんだそうですね」
「昔は俺も色々やってたからな」
苦笑いで答える。ロェイもそれ以上は、聞かなかった。
皆、過去がある。
過去があるから、今があるのだ。
「ねぇ、ナハス教えてよ!」
フラッフィーがナハスの服を引っ張り、唇を尖らせる。
「なぁに?」
「エリス、戻ってくる?」
島から出た後、エリスはムシュカと共に聖人の島へと戻ってしまった。スヴェラ神の話を皆に伝えなければならないからだと言っていた。信じてもらえるかわからないような、スケールの大きな話だ。
それに、スヴェラ神の贄として生かされていた聖人たちが、これからどう生きるべきなのかもわからない。問題は山積みだった。
エリスは去り際に、フラッフィーにだけコッソリと言ったのだ。
「事態が落ち着いたら島を出るわ。そうしたらフラッフィーのところに行くから、待っててね」
その約束は、いつか叶うのだろうか。
フラッフィーは、ずっと気になっていたのだ。ナハスならわかるはず。けれど、
「そうねぇ、先のことはわからないわ」
と言って誤魔化したのだ。
「えええ、そんなぁ」
旅は終わってしまった。
今日が終われば、皆バラバラになるのだろう。
……また、独りだ。
フラッフィーは、それが怖かった。だから、エリスがいつか訊ねて来てくれると信じたい。心の支えが欲しかった。
「そういえば、ロェイとラッシェルってこれからどうするか決めてるの?」
不意にナハスが訊ねると、二人が顔を見合わせる。
「どうって……」
「特に何も」
根無し草の武人。雇い主がいるわけでもなく、その日暮らし。どうするもなにもない。また仕事を探さなければならない。
「じゃ、サントワとオルガは?」
「俺は……」
サントワはすべてが終わったら、姿を消すつもりだった。オルガはもう、自由だ。自分に縛られる必要もないのだ。だが、その話を聞いたオルガは頑として首を縦に振らなかった。それどころか、「私を捨てるなら命を絶つ」と脅しまでかけてきた。正直、どう対処すればいいのかわからず、ナハスに相談しようと考えていたところだ。
「何も決まってない」
「そう。じゃあ、これは私からの助言なんだけど……」
そう言ってナハスは、全員に、ある提案をしたのである。
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