第34話 捜索

 走る。

 走って、走って、ゼンの姿を見つける。だが、一人だけだ。

 エリスは肩で息をしながら訊ねた。


「オルガはっ?」

 何故か植物にグルグル巻きにされているゼンだけがそこにおり、オルガの姿は、どこにもない。

「おお、あんたかっ。あの嬢ちゃんなら連れていかれたぞ」

「連れていかれた? 一体誰に?」

「わからん! だが、あれはあんたと同じ『聖人』だと思うがね。とんでもない美男子だった」

「……まさか」

 エリスは辺りをキョロキョロと見渡す。やはりムシュカはこの島にいるのかもしれない、と思ったのだ。

「これを解いてくれ。俺が案内する」

 ゼンに言われるがまま、絡んでいる蔦を解く。

「あっちだ!」

 ゼンが見たのが本当に聖人だとするならば、それはムシュカかもしれない。可能性は大いにある。エリスの心臓が、高鳴る。


 ゼンの後を追いしばらく先に進むと、一軒家が見える。やはり、誰かがいるのだ。しかしそれは、エリスのいた島の居住区とは違う。質素な一軒家がぽつんと、ひとつだけしかない。


「止まれ」

 ゼンが片手を上げ、木の陰にしゃがみ込む。

「さっきの神殿には誰もいなかったが、あそこには誰かいる……はずだ。さっきの聖人の家とみて間違いねぇだろう」

「……そう、ね」

 そう考えるのが自然だろう。でも、こんな場所に一体誰が? この島は何なのだろう。本当に神の島なのだとすれば、どうして誰もいないのか?


「聞きてぇんだが、聖人てのはおかしな術を使うのか?」

 不意にそんな質問を受け、首を傾げる。

「え?」

「俺はさっき、聖人に変な術を掛けられた。あんたにはそんな力はなかったと思うが?」

「ないわよそんなのっ」

 聖人は神に仕える特別な人間。だからといって力など持ってはいない。特殊な力を使える聖人など、エリスは聞いたこともなかった。


「……お前、聖人同士だろ? 行って話して来いよ」

 さっきの出来事で怖くなってしまったゼンが、エリスに先に行くよう促す。命なんか惜しくないとイキっていたのは、もうずっと前の話なのだ。

「……いいわ」

 エリスがスッと姿勢を正し、建物の方へと歩き出す。ゼンは木の陰からそれをじっと眺めていた。

 得体のしれない、なにか。怖くないと言えば嘘になるが、今はそんなことを言っている場合ではない。ムシュカがいるかもしれないのだから。


 建物は、エリスのいた島の建造物とは少し違っていた。手入れはされているようだが、古めかしい、昔の家屋だった。

 ドアノブに手を掛ける。

「誰か、いるの?」

 声を掛け、思い切ってノブを回すとあっけなく扉が開く。

 中に体を滑り込ませると、暖炉のある居間のような部屋と、その奥にはキッチン。生活感のある光景に、心なしかホッとする。少なくとも化け物じみた何かの住処には見えない。


「誰か……いないの?」

 廊下の向こうにはまだいくつか部屋がある。手前のドアを開けると、書斎のようだった。大きな木の机と、壁一面の本棚。古代文字らしき本の背表紙が並んでいる。

 ふと、目に入ったのは机の上に広げられたままの、日記調のような、書きかけのなにか。

 近付くと、どうやら古代文字ではないようで、エリスにもその内容は理解出来る。

「……これは」

 そのページに書かれていた文章を見て、エリスが驚く。

「どういうことなの?」

 本を手に取り、ページを遡る。飛ばしながらも読んでいくと、その内容に驚愕する。ここに書かれていることが本当なのだとしたら……


「ムシュカ!」

 もう一つのドアを開け放つ。しかし誰もいない。

 エリスは外へ飛び出した。

「おい、どうだったっ?」

 少し離れた木陰から、ゼンが叫ぶ。その声を無視し、エリスは森の奥へと走った。

「おい、どこに行くんだっ」

 後を追おうとしたゼンに

「やっと見つけたっ」

「おい、オルガは!」

 ラッシェルとサントワが走ってくる。


「あんたら、無事だったのか!」

 驚いたように声を上げるゼンに、サントワが掴みかかる。

「おい! オルガは!」

 胸倉を掴まれ、持ち上げられるゼン。

「ぐえっ、ちょ、放せって!」

 これでは話したくても話せないとばかり、手足をバタつかせる。

 サントワがゼンを地面に下ろす。だが、胸倉は掴んだままだ。


「あんたらが俺の言うこと聞かねぇからだろうがっ。鼻と口塞げって言ったのによぉ!」

「なに?」

「島中に甘ったるい匂いがしてたろうが! 青の霧と同じような、なにか人の精神に支障をきたすようなもんが出てたに違いねぇ! 俺の息子はそのせいで死んだんだっ」

「え? 息子って?」

 横からラッシェルが口を挟んだ。

「……ああ、俺の息子は昔、この島に来ている。願いの花を見つけたんだ」

「なんだってっ?」

 前のめりになるラッシェル。サントワは眉を少し動かしただけだった。

「仲間たちを捨て、体中傷だらけで、必死に逃げ帰ったのさ。結局花は咲かず、息子は死んじまったけどな。その時の傷は、仲間内で付け合った傷に違いねぇ。さっきのアンタらみたいに」

 ラッシェルが腕を組む。

「なるほどな。確かにさっきはなんだかおかしな気分だった」

「……今は正気なのか?」

 ゼンが恐々訊ねると、ラッシェルが頷く。

「多分、無意識にロェイの凪が発動したんだろうな。今はなんともない。というか、エリスちゃんはっ?」

「そうだ! オルガはっ?」

 二人から詰め寄屋れる。


「あのまま殺し合うんじゃないかと思って、俺はあの嬢ちゃんを安全な場所に連れ出したんだよっ。そしたら……」

 ゼンはさっきまでのことを二人に話した。無論、多少都合よく改ざんしてだが。話を聞き終えると、サントワの表情がみるみる険しくなる。

「じゃ、この島にもやっぱり聖人がいるってことか!」

 きょろきょろと周りを見ながら、ラッシェル。

「とにかく、オルガを探さないと」

 サントワがゼンから手を放す。よろけたゼンが、尻餅をついた。

「エリスちゃんもだ!」

 二人はゼンに言われるがまま、エリスが向かった方へと走り出した。もちろん、ゼンもその後を追う。


 そんな三人が走っていく姿を、フラッフィーを背負ったロェイが視界に捉えた。

「やっと見つけた!」

「でも、エリスもオルガもいない」

 ロェイの背中で、フラッフィーが首を伸ばす。

「早く探さないと……夜になっちまうぞ」


 陽が、傾き始めていた。

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