第1話 いざ、東京へ!Ⅲ
――一度敗れた勝負に、もう一度挑むことができる。
これは、零次にとっては大きな意味を持っていた。
継承権の剥奪は、御曹司として生まれた身からすれば死活問題だ。お金の面もさることながら、地位も名声も兄である零一に全て託されるとなれば、後に残るのは搾りカスだけになる。喩え温情をかけられたとしても、自分に入ってくるものは微々たるものになるだろう。
振り返れば、零次に与えられるのはいつだって『お古』だった。それが、次男坊の宿命だ。しかし、これを素直に受け取れる男はそういないだろう。
これはもはや、男として生まれたが故の意地でもある。
何か一つでも。たった一つでも兄の上を往くものが欲しい。そう願うのは恥ずかしいことだろうか。
鍵は、祖父から課されたミッション『寂しさの解消』ができるネタを探すこと。
待ち合わせの場所へと向かう僅かな時間でも、取りこぼしがないように目を光らせたいところである。
「この街も随分と変わってしまったな」
行き交う人々の流れに逆らうように歩きながら、零次はごちた。
「人が、ですか。それとも街の方ですか?」
「モモさんはどちらだと感じる?」
「どちらも、だと思います。東京に来るのは久しぶりですが、随分変わったかと」
姫依は町並みに視線を向けながら、そう呟いた。
まず人だ。すれ違う人の凡そ三割はマスクをつけていることに驚く。
春先だから、花粉症対策をしている可能性はある。しかし、これほどまでに衛生面に敏感であっただろうか?
そして人の往来。明らかに外国人が増えている。少子高齢化を見越した日本の国策が、外国人の流入を加速させているのは間違いないが、想像の二割は多く感じる。
街路に沿うカタチで展開されているお店にも注目だ。
まず店員らしき姿がない。中に入ればまだわからないが、少なくとも外から見た限りでは無人に等しい有様だ。
特に顕著なのはコンビニ。商品の購入は全てセルフ。非接触型店舗の導入を促進したお陰で、非常にスマートな小売モデルへと昇華されている。
入口で個人を認証し、出入り口で自動清算。決済に必要なデバイスは各自用意する手間があるとしても、今の時代にデジタルデバイスを活用できない人間は、精々赤ちゃんくらいのものだ。この手の操作は造作もない。
当然、コンビニは子供も利用するわけだが、あまりのスマート買い物っぷりに、遠目から見る分には勝手に商品を持ち出す盗人のようになっていた。
「……あれでちゃんと売買できているのか。どれどれ」
無論、田舎者の零次たちも使ってみるわけだが、結果はお察しの通りに終わった。
裏にいた店員が慌てて飛び出して来たことは、悪い思い出として一生残るだろう。
「一体、何を熱心に見ておられるのでしょうね」
姫依は、揺れる電車内にも関わらず、畏まった姿勢を取り続けていた。
とんでもバランス感覚はさておくとして。零次はつり革に掴まりつつ、意図を察して切り返す。恐らく、乗客が熱心に携帯ディスプレイを眺めているから気になるのだろう。
「さてな。情報収集に躍起なんじゃないか。娯楽の多様化、ビジネスの多様化。一日は二十四時間しかないというのに、これだけの情報を常にぶち込まれたら、嫌でもあぁなるさ。何かをしていないと、落ち着かないんだろう」
「……私はこうして景色を眺めていた方が面白いのですが」
「それはモモさんが変わり者なんだ。皆、外の世界になんて興味がないんだよ。自分のことで手一杯なのが今の時代さ」
「達観しておりますね。まだ中学生なのに」
「ほっとけ。俺もいまは自分のことで手一杯だよ。現実の方でな。元オタクとしては悲しいが……」
斯くして。
零次&姫依ペアは東京都豊島区に支社を構える兄――御剣零一が運営する会社『ヒューマンズ・コミュニケーション』の前に立っていた。
掲げた企業ロゴもさることながら、ビルもまた態度がデカイ。
全面にホワイト、ガラス張りとクリーンさをウリにしているのだろう、中に待ち構える受付嬢もこれまた清潔感がある。
ここまで来て引き返すわけにもいかない。零次は平然を装って入口を潜った。
「いらっしゃいませ。ご用件を伺います」
もはやこの世界では定番となりつつあるアルコール消毒に検温を済ませると、二人は受付嬢にコンタクトを取る。
「御剣零次だ。こっちは付き人の百瀬姫依。社長の御剣零一から話があったと思うが」
「承っております。少々お待ちください」
内線で通話を繋ぐ。待つこと数秒。
「お待たせ致しました。社長はあちらのエレベータから、二○階上がった先の社長室でお待ちです」
簡潔に会話を終えた受付嬢は、呆気なく二人を中へと通した。
「ありがとう」
最低限の挨拶をして、二人は導かれるままにエレベータに乗る。
地上二○階への道中。これまたガラス張りな造りのお陰で景色が良い。地上からの風景はお世辞にも綺麗とは言えなかったが、並び立つものがなければ東京でも快適だ。
地上で忙しなく働く人々。渋滞を起こし一向に進む気配のない車たち。遠方に見える雑居ビルと、舗装された道路の数々は、ナスカの地上絵よろしく一種のアートのようにも見えてくる。
興味深々なのか、お付きの姫依はひょこひょこと視線を泳がせている。
一方の零次といえば、どうにも晴れない気持ちと葛藤を続けていた。
確かに清清しくはある。ちっぽけな存在を階下に治めながら、自分は上に立ち職務を果たす。これほど悦に浸れるものはないだろう。少々誇張が過ぎるが、今の零次には兄の思惑など知る由もない。年相応の反骨心。兄が流してきた血涙の数々など慮ることもなく、決して認めてやるものかと育った反抗心が、この素晴らしい絶景をも素直に喜べないものとしていた。
そうして辿り着いた終着駅。地上二○階の社長室には、兄である御剣零一が背を向けて立っていた。
奇しくも、祖父である零雄と全く同じ面影で――
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