クエスト5:Paper Moon
クエスト5:Paper Moon①
女の告げた言葉を飲み込むことは、簡単にできなかった。
「私が…………魔王?」
そんなわけあるか。あるはずがない。魔王の側近の言葉に騙されてはいけない。
「そんなわけ、ない!」
否定も言葉が詰まった。妙に納得してしまった。
勇者ではない何か。予感もした。魔法を使えるまで、勇者であるはずないと何度も否定した。
しかし、よりによって魔王なんてありえるのか。嘘だ。ありえるはずがない。
けど、聞かずにはいられなかった。
「……なんで守宮さんは私を勇者と勘違いしたの?」
「似ているのですよ。魔王様と勇者は。どうしようもないほどに」
世界を救う勇者と、世界を混沌に陥れる魔王が似ている? 勇者と魔王の真実が彼女の口から語られた。
「魔王様と勇者は双子です。姉と弟」
「双子……」
「ええ、似ているのも当然です。始まりは一緒で分裂した同一個体といってもいい」
けど、真逆の存在だった。役割は違い、相容れぬ動きをした。
「あの小娘は確信めいて勇者と言っていましたが、宿敵ですよあなたは。ははっははっはは、あまりに滑稽で。今でもあの瞬間の光景は笑えます」
守宮さんは言ってくれた。私の心は勇者だと。心がそう言っていると。違った。すべて間違いだった。
どうしようもないほどに、始まりから間違っていた。
けど、可笑しい。間違っているんだ。
「なんで、勇者と魔王が双子で争うんだ! そんな世界おかしいでしょ!」
「可笑しいんですよ。あの世界は」
そもそもが間違っている。間違っている世界。
「あの世界は、いわば劇を繰り返していたのです。勇者と魔王が演じる茶番を」
女の語りを聞く。悪趣味な話を。
「あの世界は魔王という脅威を200年に1度、誕生させていました。けど、魔王なんて天然ではいません。そう、役割を与えていたのです。魔物なんてものも存在しません。あれは元・人間です。罪人やいらない子供たちを別の者に変え、敵としたのです。ね、可笑しな話でしょ?」
「そんな酷い話が……」
「本当ですよ。私だって元は人間で、魔物なんかじゃなかった。捨てられた子だったんです。それが魔物に仕立てられた。当然、人間のことは恨みますよ。敵対視します」
おぞましい話だった。
けど、それが狙いだった。
「人間に悪意を持つ魔物、魔王の存在は人間にとって脅威でした。人類は倒すべき敵をつくることで、世界は協力し合い、人々は意志をまとめました。国同士で争わず、村の中で争いはせず、人は争わない。悪いのはすべて魔物で、敵意はすべて魔王に向けられました」
「でも、魔物の攻撃による犠牲はいたはず」
守宮さんの故郷だって、魔物の襲撃を受けた。
わざわざ敵をつくるなんて変だ。
「変ですよね。でも必要最小限なんですよ。身内で殺し合うよりずっと犠牲は少ない。魔王様は過激派でなく、穏健な……言ってしまえば消極的でしたから、人類の被害はそんなになかったです。仕方なく、たまに攻撃するだけ。魔王の役割のために」
人間の都合で魔王になり、人間の都合のために攻撃し、人間に恨まれた。
必要悪としての魔王。人類の共通の敵としての魔王。
彼女の話が本当なら、可愛そうな人物だ。……それが私だと言うのか?
「そんな仕打ちをされて、魔王は人間を恨まなかったの? 人類を滅ぼそうとしなかったの?」
「しなかったですね。恨みもするかもしれませんが、同じ人間なんです。見た目はあれですが、成分は人間です。同じ人間同士を殺すなんて躊躇う気持ちがあったのでしょう。どんなに疎まれても、優しかったんですね」
「優しいって……」
「私はそんな魔王様を尊敬していましたよ」
尊敬される対象では本来ない。けど、魔王は役割を演じていただけだ。
待って。飲まれるな。魔王側の彼女の話を真実と思うな。全てが本当のことと信じるな。
けど、疑念は消えないどころか、確信へと近づいていく。
「魔王様と同じで勇者も躊躇いました。実の双子の姉ですよ? それに選ばれたのは逆だったかもしれない。彼が魔王だった可能性も十分にありました。その双子がどうやって選ばれたのかは知りませんが、できれば戦いたくなかったのでしょう」
勇者は魔王を倒さず、均衡を保とうとし、世界の平和を偽ろうとした。
「しかし、駄目なんです。均衡は保てない。毎回魔王を倒さないと物語は終わらないんです。必要悪もずっと存在していては駄目なんです。倒して、人類はやれるぞと示さなきゃいけない。人類が勝った歴史として残さなくてはいけない。まぁ、勝っても二百年後には魔王の脅威を忘れ、人類が争いだし、魔王を誕生させなくてはいけなくなるんですけどね」
――勇者は魔王を倒さないといけない。
結末は決められていて、変えようがなかった。
だから、魔王はその役割を果たすために、勇者が絶対に自分を倒すために、ある呪いをかけた。
彼が1番愛する彼女に。
命に代えても守りたい女性に魔法をかけた。
魔王が生きている限り発動する死の魔法を。死へと導く呪いを。
「それが、『死にたがり』です」
恨みを買うためといっても魔王は彼女を殺すのを躊躇った。
勇者を完膚なきまでに絶望させてはいけないし、倒すように仕向けなくてはいけない。
ちょうど良い魔法。
タイムリミットを持ち、悪化していく呪い。いつ、爆発するかもわからない恐怖。悪夢。
「死にたがりの呪いは魔王様、あなたがかけた呪いです」
役割を果たすための、呪い。
「呪いを消すために、勇者はあなたを倒しました。相打ちという格好でしたが、彼女を救うために勇者は満足そうな顔で死にましたよ」
それで呪いの進行は止まったのだ。魔王がいなくなり、呪いは効果を失い、冒険から帰ったアレクサンドラは呪いを意識することなく、生きた。彼が消え、呪いが消えた世界で。
――あっちの世界では。
「こっちの世界では違う……」
魔王の生まれ変わりがいる。呪いを持つ彼女のあまりにも近くにいる。彼女の話が本当なら、ああ、私はもう本当だと信じている。信じきってしまっている。
魔王の呪いは再び動き出した。もう消えない。
私がいる限り。
「あなたが生きている限り、あの子は呪われる。死にたがる」
「……どうしたら、解決できるの」
「知りませんよ。あなたがいなくなれば、解決するんじゃないですか?」
いなくなる。
それは、私の『死』だ。消失だ。
けど、それはあまりにも残酷すぎて、けど、それが彼女のためなら、けど……。
「あーごめんなさい。これではあまりに魔王様が可愛そうですね」
「……」
「睨まないでくださいよ~。私が少しだけなら、呪いの効果を弱める方法を教えてあげましょう」
「……そんなこと出来るの?」
「ええ、でも期待しないでください。消せませんよ、残念なことに。死にたがるレベルではなく、そうですね~、ただのドジっ子レベルになるでしょう。怪我はしないように見守ることは必要です」
見守る。
そもそも、委員長は言ったのだ。守宮さんから目を離すな、と。
女は最初から気にかけていた。
「なんで、敵であるはずの神官の生まれ変わりを、守宮さんを助けるの?」
「委員長ですから」
「冗談は笑えないよ」
冗談じゃないのに、と彼女はニタニタと笑う。嘘つきだ。
「わかりきっているでしょ? 私は魔王様の手下、側近なんです。これでも忠誠心は高いんですよ? 魔王様に恩があって、魔王様には悲しんでほしくない。これは本音です」
真面目な顔をしているから、信じてしまいそうになる。信じそうになる。忠実な部下。彼女が嘘をつき、私が勇者ならわざわざそんな忠告はしなかっただろう。
私は本当に勇者じゃないんだな、と何度目かの絶望を味わう。
「でも、これは交換条件です。あなたが考えるための猶予を与えるのです」
しかし、タダで守宮さんを助けようとしているのではない。
「魔王様、私に協力してください。私に協力することで、彼女の呪いの鈍化が可能です。それに魔王様が呪いをどうかけたか、解析できるかもしれない。一人より二人でしょ?」
「協力って、世界征服でもするの?」
「それもいいですね。けど、違います。私は復讐がしたいだけです。魔王様、あなたの敵でもあります」
私の敵。勇者でもなく、魔王軍でもない。
「敵は私じゃない。守宮さんでもない。別にいるのです。茶番を作り出した、神を偽る人間」
そんな奴が、奴らがこの世界にもいる。
いるのだ。
「私と一緒に悪を退治しましょう、魔王様」
私は、私は……。
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死に際に思うのは、何も『無』い人生という後悔だった。
「お前たちが羨ましかった」
息も絶え絶えになりながら、勇者と話をする。お互いに血だらけだ。もう長くは持たないだろう。
「ごめん、姉さん」
「いいさ、これが宿命だ。むしろ謝るのは私の方だ」
勇者に残酷な使命を与えることになったが、それでも弟は幸せを掴んだのだ。満足ではないだろうけど、愛する人を得た。自分の命を賭しても、守りたい人だ。
「宿命なんかじゃない。この命が終わっても次が」
「次なんてない」
次なんてないんだ。役割のためとはいえ、同じ人間をたくさん葬った。報われていいはずがない。
「けど、いいな。最後に夢を考えるのも悪くない」
「昔、よく姉さんと眠る前に話したよね。雲の上に行きたいとか、ドラゴンに乗ってみたいとか」
「……忘れたよ」
「嬉しそうに嘘を言うなよ」
魂を半分に分け合った人物だ。側近でもわからない私の僅かな感情もバレてしまう。なら、いいか。最後に願望ぐらい言っても。
「もし、生まれ変わるなら、『有』意義に過ごしたいものだ」
「姉さんにとって有意義ってなに?」
「恋して、喧嘩して、仲直りして、美味しい物を一緒に食べる」
「……乙女だな」
「婚約者のために頑張るお前が何を言う」
「間違いない。彼女のためなら世界も敵に回せる」
そこまで言える勇者が素直に羨ましいと感じた。
「私もそんな人が欲しかったな」
「きっと叶うさ。だって、姉さんは世界を変える力がある」
「魔王だぞ?」
「魔王でも、だよ」
口から血が噴き出る。
どうやら、そろそろ終わりのようだ。
「じゃあな弟」
「あぁ、またね姉さん」
またはない。戯言だ。
けど、信じてもいい気持ちになる。意識が消失し、
永遠の終わりを迎え、
……
…
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「こんにちは。黒須小陽です。和は太刀川南中からやってきました。中学校の頃は文芸部に入っていましたが、高校では色々な部活を見学し」
「……勇者さま?」
そして、また始まるのであった。
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