クエスト4:君の勇者になる②

 私は、変わる。彼女のために変わる。


「小陽ママの料理はいつも美味しくて最高です」

「守宮さんがいるからだよ。普段はあんなに作らない。朝はだいたいパンを焼いて食べるぐらいだったからさ」

 

 一緒の家から出て、一緒の学校に向かう。

 そんな生活も1週間が経ち、当たり前のようになってきた。うちの両親も張り切っており、守宮さんを甘やかしている。実の娘より甘やかしすぎだ。別に嫉妬してないし、私が親なら愛想のない私より守宮さんを甘やかすこと間違いない。

 守宮さんは目立つ。色素の薄い金色の髪に、整った顔、背は平均より大きい。アイドルよりも抜群に可愛い、と私の一意見だ。彼女と一緒に歩いているだけで、周りの視線をやたら感じる。

 が、意外と話しかけられはしない。オーラが違いすぎるのか、謎の阻害魔法がかけられているのか……。私にとっては都合が良いけどね。


「夕食は家族団らんって感じでいつも楽しいですね」

「そうかな。私は好きなテレビを見てご飯食べたいけど」

「お二人ともよく話しますよね。小陽さん愛されています」

「どうなんだろうね。仲が悪いとは思わないけどさ」

「私たちもそうなりたいですね」

「うん。……うん? 思わず、頷いたけど、うん??」

「ふふふ」

「笑みが怖い」


 守宮さんとの共同生活は心配していたが、すっかり慣れたようで安心だ。むしろ私が恩恵を受けている。彼女といられて、何とも思わなかった通学時間も、寝る前のまどろみの時間も、憂鬱な朝も、疲れ果てた学校帰りも、全てが魔法にかけられたかのように輝いている。

 勇者も、同じ気持ちだったのだろうか。


「アレクサンドラとクロワは一緒に暮らしていたの?」

「いえ、ほとんどが魔王を倒す旅でしたので、二人で暮らしたことはありませんでした」


 二人の家はあったそうだが、魔王を倒した後、勇者はその家に戻ってこなかった。残された彼女もそんな家に住むのが辛く、使うことなく売ってしまったとのことだ。


「だから、嬉しいんです。今、こうやって一緒に暮らせて」

「両親の二人がいるけどね」

「早く二人で新しいお家に住みたいですね」

「そういう意味で言ったんじゃないよ!?」


 学校の側に差し掛かると、見知った人を見つけた。クラスメイトの中でも話す方の委員長だ。……クラスの人間はほとんど話さないので、貴重な話せる人だ。

 こちらの視線に気づいたのか、あっちから話しかけられる。


「お、一緒に登校ってお二人は熱いね」


 揶揄われるも、今は照れずに返せる。


「うん、守宮さんと仲良しだから」

「ん? そんな反応が返って来るとは思わなかったよ」

「私は、守宮さんの勇者だから」

「へー」


 私は決意した。守宮さんの勇者になると。言葉にして、決意をさらに固める。

 横にいた守宮さんも嬉しそうにし、会話に続いた。


「お風呂も一緒に入る仲ですからね!」

「ちょっと守宮さん!」


「……へー」


「遠ざからないで、委員長!」


 委員長の言う通りだった。彼女から目が離せなくなった。目を離し、最悪のことになったらと思うと、不安で押しつぶされそうになる。誰よりも側にいて、いつも近くにいないと落ち着かない。

 勇者という名のボディーガードだ。

 委員長は「先に行くね」と言い、小走りで去ってしまった。気を遣われたのだろうか。


「変な人ですね」

「私たちに言われたくないと思うよ」


 どうみても私たちの方が可笑しい。入学式前の浮かれた私に、今の状況を話しても到底信じてくれないだろう。

 


 × × ×


 委員長を見失いながらも、教室に入った。

 教室で話せる人2号と言えば、この人だ。


「おはよう、鈴木さん」

「……私に言っているの黒須?」


 教室に先にいた演劇部所属の鈴木さんに話しかける。

 も、つれない態度だ。悲しい。が、今の私はそんなことでへこたれない。


「そうだよ、鈴木さんに挨拶してる」

「気持ち悪い」


 一蹴だった。へ、へこたれないぞ。


「気持ち悪くないよ。迷惑かけているならごめん」

「別に迷惑かけてないけど、あんた、そんな陽気に話しかけてくるキャラじゃないでしょ」


 いったいどんなキャラなんだ私は!

 高校に入ってからは自己紹介が爆散して、守宮さんに所構わず勇者様と付き纏われて、お昼は毎日彼女と食べている。うん、クラスメイトからしたら謎キャラすぎる。

 しかし、事故紹介のインパクト以来、派手なことはしてない。あれ? そうだ……人生は第一印象がすべてなんだった……。


「そんなキャラってほど私のこと知らないでしょ?」

「そうだけどさ、別に私に興味ないでしょ?」

「興味あるよ。超ある!」

「気持ち悪い」

「気持ち悪くないよ!」


 気持ち悪くないよね? 今までならその言葉だけで1週間ダメージを引きずるが、今は違う。だって、


「私は、変わらなきゃいけないから」

「変なの」


 そう言いながらも、彼女はクスリと笑った。


「……で、下の名前なんだっけ」

「知らないの!? もう4月終わるんだけど! バカ!」


 その通りだ。話しかけてくれるのに鈴木さんは鈴木さんの印象で止まっていた。


「教えてよ名前」

「嫌だ、名前嫌いなの」


 今日の私は折れないと悟ったのか、渋々彼女が告げる。


鈴木涼夏すずき すずか

「あっ、だからズズズズ……」

「だから言いたくないのよ!」


 委員長をうざがる理由をやっと知れた。名前のこと弄られるのは嫌だよね。


「ズズズズさん」

「その呼び方をするなって! え、守宮さん?」

「おはようございます」


 お手洗いにいき、遅く入ってきた彼女が話しかけた。私以外の人とだ。鈴木さんもびっくりしていたが、私も驚きだ。


「……おはよう。もうなんだか調子狂うんだけど」


 守宮さんも変わろうとしている。

 良い傾向で、喜ばしいことだった。


 ――死にたがりがなければ。


 それさえなければ、彼女はもっと変わっていける。安心して、学校生活を、青春を謳歌することができるんだ。

 一刻も早く解決しなければ。



 × × ×


 魔法づけの日々だった。

 昼休みは人の来ない中庭のベンチでご飯を食べながら、魔法の話。

 放課後は、すぐに家に帰り、私の部屋で魔法の勉強。いつでも隣に家庭教師がいて、マンツーマン指導だった。いったいどれだけの勉強料を払えばいいのやら。

 帰り道も当然、守宮さんと一緒で、今日はひと気のない公園に行くことになっている。魔法を放つにも絶対にバレてはダメだ。敵にも世間にも。細心の注意が必要だ。

 魔力を抑え、言葉にすると火が出た。


「小陽は飲み込みが早いです! 剣技はさっぱりなのに、才能ですかね」


 近接戦闘もできるようにホームセンターで買ったプラスチックのバットで剣技を学ぼうとしたがダメダメだった。

 私は身体を動かすことが向いてない。根本的に向いてない。転生される素質と、されない素質があるのだろうか。

 ただ、格闘方面を早々に諦め、魔法の勉強に集中したおかげで、魔法を覚えるスピードは早い。守宮さん曰く、1つの魔法を覚えるのに少なくとも1か月はかかるのが普通とのことだが、この2週間で4つほど覚えた。もうカンペを見なくても口で言える。


「興味あることには夢中になれるんだ」


 小さい頃からそうだった。集中力が凄まじい、ひとつの物事に執着する。

 おかげで魔法の習得以外にも変わったことがある。魔力の動きがよく見えるようになった。


「魔力ってさ、身体の中というより体に纏わりついているよね。魔力があるというより、魔力に愛されているって感じなんだ」


 私は共感してほしくて話したが、守宮さんは目を丸くしていた。


「小陽……なんですか、その感覚」

「あれ?」

「私はそう見えないです。なんとなく魔力の圧を感じるぐらいで、魔法としてエネルギーが拡散されてしか目に見えません」


 守宮さんとは違う感覚らしい。

 ――私は魔力が見えすぎている。

 守宮さんの探知としては役立っている。しかし、それ以外の使用用途は今のところない。敵の魔力も感知できていないしさ。うまく隠しているのだろうけど。敵探しもそう簡単にはいかない。


「勇者も魔力感知は得意じゃなかった?」

「勇者様でも、そんなことはできませんでした」

 

 どうやら勇者とは違った能力らしい。変な能力を会得してしまったと苦笑いする一方で、彼女は嬉しそうに笑った。


「小陽だから、できることなのかもしれませんね」


 勇者ドラクロワではなく、私だからの特殊技能。

 同じだけど、違う。

 それが嬉しくて、誇らしい。私だけのことがある。私と勇者は同じだけど違う。転生者かもしないけど、全く同じじゃないことが嬉しい。

 私は私。勇者のおかげもあるけど、私なんだ。


「おっと」


 転びそうになる彼女を抱きしめる。


「ありがとう小陽」

「どういたしまして」


 すぐに手を出せる距離だ。しかし、お礼を言いながらも焦る。

 あまり時間はない……のかもしれない。

 これが長い階段だったら、私が少しでも後ろを向いていたら、状況は、被害は変わっていた。

 準備に十分すぎるということはない。


「そろそろ敵を炙り出そうか」


 が、時間は待ってくれない。戦うのは怖い。怖いが、決意は鈍らない。

 私は勇者だ。彼女を守る勇者だ。


「はい、頼りにしています小陽」


 彼女の励ましに、勇気が溢れる。

 あとはどう行動するか。プランは頭の中でもうできていた。


「守宮さん、協力してくれる?」

「もちろん、私のためでもありますから。あっ、でも戦いが終わったらまたデートに連れて行ってくださいね。最近、魔法の勉強ばかりでイチャイチャが足りません」


 まずいまずい。


「待って、約束するのは死亡フラグだから!」

「えっ、俺この戦いが終わったら結婚するんだってやつですか? 結婚だなんてまだ早いですが、仕方ないですね挙式場を探しましょう」


 「敵に勝っても死亡フラグだ」と愚痴っても、彼女は笑顔のままだった。

 この笑顔を守るために、私は戦う。

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