クエスト4:君の勇者になる

クエスト4:君の勇者になる①

 まだ眠そうな守宮さんを無理やり起こす。


「まだ眠いよ〜」

「かわいい」


 心の声が口に出ていた。かわいい。寝起き姿ずるい。うまく口が回ってないのも、幼なさを感じ、かわいい。かわいいの大洪水だ。どうやら私も頭がうまく回ってないらしい。

 危うくこのまま寝ていいかと諦め気分になるが、今日は学校なのだ。一度、彼女は家に帰らないと制服がない。

 その前に、両親に言っておくことがある。

 階段を降りると私の焦る気持ちとは裏腹に、二人は呑気に朝食を食べていた。焼き魚に、味噌汁、ご飯。朝からしっかりと食べるな……と感心してしまう。私はパン1枚食べれば十分だ。朝食を抜くこともしばしば。朝の時間はできるだけ寝ていたい。

 あまりにいつもの光景すぎる。父親はまぁいいとしよう。母親はさっき娘と友達が同じベッドに入っている衝撃の光景を見たのに、動じなさすぎる! もっと動揺してくれていいんだよ!?

 

「お父さん、お母さん」

「お邪魔しています」


 横にいた守宮さんが挨拶をすると父親も驚いた。


「うおっ、本当に守宮さんの娘さんが泊まっていたのか。小陽言うんだぞ。守宮さんのお父さんには連絡しておいたからさ」

「もう、おもてなししないと失礼じゃない。小陽わかってる?」

「わかってる、ごめん。連絡ありがと。感謝してる。それとは別にさ、聞いてくれる?」


 朝から提案することではないが、これは決意だ。早く決めた方がいい。


「二人にお願いがあるの。守宮さん、幸来さんを当分うちに泊めさせてください」


 ――常に私が近くにいる。

 彼女の呪いの一種、『死にたがり』を防止するためにはこれしかない。私は勇者になると決めたのだから、彼女をいつでも守るのだ。


「きゃっ、小陽、大胆です。お義父さん、お義母さんに私との結婚を認めてくれなんて」

「ちょっと守宮さんは黙ってくれる!? 事前に話したよね!? お義父さん、お義母さんって同じ響きだけど、義、義理の漢字が見えるのだけど!? 結婚しないよ!? それに娘さんをください的な感じじゃないよ!?」


 守宮さんの相手をしていると話が進まない。明るい姿を見ると、昨日の『死にたがり』現象は夢だったのかと疑いたくなる。……あんな思いはもうしたくない。


「小陽、どうしてうちに泊めるんだい?」


 父親から疑問が出る。当然だ。


「勉強を一緒に頑張りたくて、守宮さんに教えて貰っているんだ。高校の勉強が難しくてさ、置いてかれないようにするのが必死なんだ。だから、お願いします」


 理由としては弱い。

 だが、本当の理由を言えるはずがない。話しても意味が不明だ。

 

「お願い」

「私からもお願いします。小陽さんを立派な子にしてみせます」


 二人してお願いする。守宮さんニュアンス違くない? いや、魔法を覚えて、一人前の勇者になりたいのは本当だけどさ。

 両親は顔を見合わせて、うーんと唸って迷った。そして、回答が返ってきたのだ。



 × × ×


「こんな簡単に決まっていいのかな……」


 意外にも両親二人は反対しなかった。守宮さんのお義父さんがプロジェクトの大詰めで家を空けることが多く、本人も悩んでいたとのことだった。うちの父親もその様子をみていて、心配していたのだ。

 その中で私の提案はタイミングが良かった。


「うちのお父さんも喜んでいました。もちろん、私も小陽の提案が嬉しいです」


 うちの両親が反対しなかったのも、私が初めて仲良くする友達ができたからだろう。今まで一人でいてばかりで、言われたことはなかったが心配していたはずだ。

 問題は、仲良いの度が過ぎていることなんだよな……。二人は守宮さんの言葉を冗談で捉えているからいいんだけどさ。


「ここです」


 学校帰りに守宮さんの家に一緒に行く。荷造りだ。私の家に泊まる準備を本格的にする。

 守宮さんの家は、駅前のマンション群の一室だった。エレベーター必須の12階と高いところに住んでおり、昨晩駅前に探しにいってもなかなか魔力を感知できなかっただろう。地上との距離が離れすぎている。

 むしろ、家から飛び出してくれてよかった。マンションのベランダで『死にたがり』現象が起きていては、対処ができなかったとぞっとする。


「お邪魔します」


 高そうな家具が並ぶが、簡素な印象を受けた。

 同様に彼女の部屋もほとんど物がなく、生活感がない。引っ越してきたばかりだが、ダンボールもない。ミニマリストって言うんだっけ? 必要最小限のものだけで暮らす。私は物を捨てられない人間なんで、対局だ。


「お泊りの準備しながら、魔法の授業をしましょうか」

「うん、頼むよ」


 物があまりに少なく、特に手伝うことがなさそうだったので魔法の教えはありがたい。


「魔法とは魔力、マナの圧縮と拡散です」


 魔法を勉強しようにも図書室や、教室では学べない。二人きりになれる場所しか駄目だ。敵に見つかってはいけないし、人に気づかれてはいけないのだ。

 それに彼女の『死にたがり』の発症も気になる。だから、いつでも対処できるようにずっと一緒にいる。個室、密室は学ぶのにも、守る意味でも最適だ。


「イメージしてください。圧縮されることで、知覚できるものになるのです」

「と言われても、難しいね」


 そうですね、と彼女が考え、「例えば」と口にする。


「自転車のタイヤに空気を入れますよね。入れる空気はそこらへんに漂っている空気と変わらず、何も意識することはない。しかし、タイヤのチューブに入れることで、空気が入っている『有』るものと認識でき、タイヤとしての役割を果たすことができる」


 守宮さんの説明はわかりやすかった。制限のない空気は実感しないが、タイヤなどに閉じ込め、圧縮した空気は詰まっていると理解できる。タイヤが固くなければ空気がないと察することができるのだ。


「器にいれることで、『有』るものになるということ?」

「そうです。元からあるものが、『有』ると認識できるようになるんです」


 野球ボール、サッカーボールも同じだ。風船でも、袋でも変わらない。空気を詰めるだけでいい。

 漂っているものを、固めて、有ると知覚する。

 それが、圧縮。


「そして、圧縮したものを、爆発させる、現象として発現させるのが『拡散』です。『拡散』することで、火になり、雷になり、水になり、エネルギーにもなる。その過程までが複雑なのですが、基本的にはどの魔法も原理は同じです」

「私は圧縮したものを、器から解き放ったということ?」

「そうです。電子レンジで温めすぎて爆発する感じがイメージしやすいでしょうか」

「なるほど、なるほど」


 感覚ではなく、イメージで伝えてくれるので守宮さんの授業は頭にすーっと入ってくる。けど、タメになる授業はあっという間に終了した。


「荷物まとまりました」

「それだけ?」


 リュック1個に、トートバッグ1個。少なすぎだ。


「1個は持つよ」


 授業としては短すぎたが、焦るけど焦る必要はない。まだまだ二人の時間はあるのだ。これから増えていく。

 今日一日ずっと一緒で、家に帰ってもずっと一緒だ。

 恋人を通り越して、もはや家族だなと思うも、恥ずかしくて口に出せなかった。



 × × ×


 できるだけ彼女と一緒にいる。

 ただ、彼女と一緒になれない時間も二つだけあった。

 トイレと、お風呂だ。

 心配性の私でも、ここだけは一緒になれない。私にも恥じらいがあるのだ。察してくれ。


「マナの圧縮、拡散か」


 ひとりで湯船につかりながら、手をグー、パーして考える。魔法名、発動する詠唱を覚えるのも大事だが、原理を覚えるのも大事だ。基本大事。疎かにしてはいけない。


「おじゃましまーす」

「守宮さん!?」


 扉ががらりと開き、堂々と侵入してきた。


「いつでも一緒にいるんですよね! 言ってくれましたよね?」

「そうはいったけど、違う! ここは譲れない!」


 目のやり場に困る。何でタオルしてないの? 風呂だから当然だけどさ!! 見てはいけない、見ては駄目。おかしい気持ちになる。おかしい気持ちって!? 魔力が暴走してしまう。魔力が暴走!? あーもう!!!


「今すぐ出てって!」

「あー死にたがりが発動したかも」

「嘘つけ」


 反抗するも、そう言われては無理やり追い出せなくなる。


「じゃあ私は体洗いますんで、湯船にごゆっくり」

「せめて、タオルをして!」

「タオルしてたら洗えませんよ?」

「わかってるよ! バーカ、バーカ!」

「いいじゃないですか」

「良くないです」

「女の子の身体を見て、興奮するんですか?」


「………………………しないよ」


「間がありましたね」

「ぐうう」

「しっかり鍛えているで自信あるんです。ほら、どうですか? 私の身体はどうです小陽?」

「もう、私は後ろ向いているからさっさとして!」


 ずっと一緒にいるにはエネルギーが必要だ。邪な気持ちは拡散、拡散、拡散……。私の気持ちと体力が持つか心配だった。

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