クエスト1:勇者様ですか? いいえ、違います人違いです⑤

「あー、もう嫌だ!!」

「小陽の演技、素敵でしたよ」


 嬉しそうに笑う彼女に「嫌味か!」と思うも、歯向かう気力はゼロだ。

 最悪な気分だ。

 私の演技はあまりに棒読みだった。それに動きもカクカクで、台詞のテンションが一致しない。グダグダすぎて、歓迎ムードだった先輩たちも苦笑いだった。同じクラスである女子もずーっと険しい顔で私を睨んでいた。「足手まとい、私の場所を邪魔するな」と口に出さずともよくわかった。痛いほど自覚し、トラウマがまた生まれたのである。役者怖い、お外怖い。

 こうして、私の役者デビューは一瞬で終わったのであった。


 一方で、ズタボロの私とは違い、守宮さんの演技は素晴らしかった。

 男役の剣士を演じたが、凄味があり、威圧感があった。動きも完璧で、先輩たちも鮮やかな剣捌きに見惚れていた。新聞紙を丸めただけの剣が伝説のアイテムに見えたほどだ。さすが自称・異世界の記憶を持つ人間だ。演技の領域を超えて、今現代に召喚されたばかりの臨場感があった。

 その演技をみて「天才だ」「よし彼女中心の劇に切り替えよう」と先輩たちの勧誘もさらに熱を増した。しかし守宮さんは「勇者様以外と演じたくない」と頑なに断り、私も瀕死状態で絶対に演技したくないマンだったので先輩達も泣く泣く諦めた。

 私さえまともなら、守宮さんに演劇の道があったのに……申し訳ない。

 そして、私の醜態は演劇部だけに留まらなかった。

 

「小陽は運動がからっきしですね」

「うっ……」


 わかっていたが、運動部の体験入部も駄目駄目だった。卓球のラケットには一度も当たらないし、テニスラケットに当たったと思ったら全部ネットを超えなかった。バスケのボールを顔面に受けること3回、バレーボールを顔面ブロックすること2回。涙目になるのも仕方ない。

 守宮さんの言う通りだった。

 私は運動神経がなく、どんくさい。ただ走るとか、持久力はそこそこあるのだが、これがスポーツとなると難しい。頭では色々考えるのだが、身体が追いつかない。

 そんな私が世界を救った勇者だって? こんな鈍臭い救世主でいていいはずがない。


「勇者は運動神経抜群だったんでしょ?」

「ええ、軽快に動き、華麗に攻撃を繰り出していました」


 ますます勇者像から遠ざかる。


「じゃあ、やっぱり私は勇者様なんかじゃないよ。記憶だけでなく、運動能力、戦闘能力も何も引き継いでないじゃん」


 勇者っていうなら、運動神経も引き継いでほしい。せめてもう少し軽快に動きたい。願望だ。動け、動いてくれ。

 けど、目の前の彼女は笑顔で否定するのだ。


「しっかりと引き継いでいますよ」

「……何を?」

「心を」


 心。

 形に『無』いものを彼女が示す。心なんて『有』るか『無』いのか、わからない。「mon panache !」なんて、シラノじゃないのだ。悪魔も死でさえも奪われない『心意気』の話をするつもりなのか。

 記憶がないのに、勇者の心がありまーす!なんて宣言できない。勇敢な心も、世界を救いたい使命感もないんだ。


「私は嬉しかったんです。声を聞いた瞬間にわかりました。あの人だとビビっときました」

「声って、男と女の声じゃ違うでしょ」


 ハスキー気味とはいえ、男の勇者の声と同じ声ではないだろう。


「だけど、わかるんです、心で」


 また心、だ。心なんて存在するかわからないものだ。説得力がない。

 けど、『無』いと思っている私に、『有』ると言ってくれる彼女の言葉は嬉しかった。そんなに言われると何か『有』る気がしてくる。勇者でなくとも、何かが。私に何かが『有』る。


「……わかんないよ」

「わからなくてもいいです。私はそれでも嬉しい」


 素直に笑う彼女に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「守宮さんは、私に思い出してほしい?」


 勇者であったという記憶を。

 本当だとしたら、もし本当なのだとしたら。

 私の心に勇者がいるのだろうか。もしくは勇者であったものが転生しているのだろうか。そもそも守宮さん、彼女はどうなんだ。心が混在するのか、一緒なのか。


「行きましょう」


 答えずに、彼女は私の手を引っ張った。

 言わないけど、それが答えで、私を切なくさせる。

 思い出せないし、思い出す可能性はない。

 残念ながら、私は勇者でない。そんなことは私が1番知っている。勇者であっていいはずがない。『無』い私が、1番に知っている。


「じゃあね、守宮さん」

「またね」

「うん、また来週」


 でも、勇者であるという幻想を、甘い汁をありがたく吸っている。甘さを知ったら、彼女の笑顔を知ったら、戻れない。ある種の呪いのようだ。 

 私は勇者の栄光を借りて、彼女の隣にいる。その罪悪感を抱えながら、今日も電車の扉が閉まり、彼女とお別れした。



 × × ×


 魔王が現れたわけでもないのに、1週間もせずに、世界が一変してしまった。

 ピピピ……。

 なり続ける携帯のアラームを消す。画面を見ると平日にセットした時間のままで、起きるには少し早い。今日は土曜日。学校はない。平日がドタバタなので、休日はゆっくりと休むに限る。


「……起きるか」


 しかし、普段できないこともすべきだ。惰眠をむさぼりすぎるのもよくない。


「ふわ~」


 守宮さんは休日も一緒にいてほしかったかもしれないが、まだ出会って3日だ。最初の休みぐらいは心を落ち着かせてほしい。

 というか土日も一緒にいたいと思うのは自惚れすぎか。それに一緒にいたいのは私であり、私ではない。たとえ勇者だったとしても、記憶のない私の相手はつまらなく、いつか冷めてしまうかもしれない。

 ――彼女の隣にいつまでいられるのか。

 考えると億劫だ。嫌がっていたのに受け入れ、壊したくないと願う。あまりにチョロくて、私は初心者用のダンジョンだなと自虐してしまう。

 ぼさぼさなメガネ姿のまま、下に降りる。


「おはよう」


 キッチンから入り、礼儀正しく挨拶したのに、返事がない。

 ただ、話し声は聞こえた。リビングで父親と母親が話しているのだろう。返事ぐらいしてくれてもいいのにと心の中で悪態をつく。


「パパー、ママー? パンある? トースターで焼けるとなお良し」


 声のボリュームをあげ、リビングに入っていく。

 部屋の中なのに、風が吹いて金色の粒子が舞った。


「おはようございます、小陽」

「…………へ?」


 ありえない声が聞こえ、まだ夢の中なのかと錯覚した。色素の薄い金色の髪の少女はやけにリアルで、目の前に存在するかのようだった。


「小陽はパパ、ママ呼びなんですね」


 かーっと顔が熱くなるのを感じる。

 けど、今は恥ずかしがっている場合ではない。

 土曜日の朝。うち、ここは私の家なのだ!


「なんで守宮さんがうちのリビングにいるの!?」


 勇者でなくとも休める日などない、と悟ったのであった。休日出勤は別料金が出てほしい。勇者ってブラックな職業だなと頬をつねったが、現実だった。

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