第14話 調香師ギルド

 ミモザ達を乗せた高速鉄道は、日が暮れる前に王都マシヴァへ到着した。駅を出ると、ミモザは両手を広げてくるくると回りながら街並みを眺める。


「ここが王都マシヴァかぁ! 都会だなぁ。リューキの町とは全然違う!」


 駅前から続く大通り沿いには、煉瓦造りの高い建物が連なっている。地面には石畳が敷き詰められており、歩きやすいように整備されていた。


 通りを行き交う人の数も、リューキの町とは比べ物にならないほど多い。上質なスーツやワンピースを纏っている人々が闊歩していて、洗練された空気が漂っていた。


「ほら、余所見していないで行くわよ」

「ああっ、はい!」


 エクレールに声をかけられて、ハッと我に返る。ここで置いて行かれてしまったら迷子確定だ。町を見て回りたい気持ちをグッと堪えて、エクレールの後を追いかけた。


 きょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていると、後ろを歩いていたロイがおかしそうに吹き出す。


「なんだか子供みたいだな」

「初めて王都に来たんですから、仕方ないじゃないですか~」


 むっと口を尖らせて抗議をすると、ロイは慌てたように両手を左右に振った。


「あ、いや、馬鹿にしているわけじゃないんだ! ただ、微笑ましいと思って……」


 悪意があるわけではないと知って、ミモザは前に向き直る。その反応が余計に気分を害したように見えたのか、ロイはミモザの隣に駆け寄ってきた。


「気を悪くさせたなら謝る。俺も田舎者だから、初めて王都に来たときは同じような反応をしていたし」


「それ、暗にミモザを田舎者だと言っているように聞こえるけど?」


 エクレールが表情一つ変えずに指摘すると、ロイは「しまった」と言わんばかりに息をのむ。


「そ、そういうわけじゃなくて……」


 両手を彷徨わせながらたじたじになるロイを見て、ミモザはくすっと笑った。


「怒ってないので大丈夫ですよ~」


 顔を上げて笑顔を見せると、ロイは安堵したように息をついた。


~*・*~


 その後もお喋りしながら歩いていると、煉瓦造りの建物の前で足を止めた。


「ここが私達の所属する調香師ギルド『イストワール』よ」


 ミモザは「わぁ」と歓声をあげながら建物を見つめる。二階建ての建物の一階部分はショップになっている。ガラス張りのショーウィンドウには、お洒落な小瓶に入った香水がディスプレイされていた。


 店内は華やかな女性客で賑わっている。外から見るだけでも、洗練された空間であることが分かった。


 ミモザが瞳を輝かせながら中の様子を観察していると、エクレールは躊躇いなく正面の扉を開ける。


「ついて来て。まずはギルド長に挨拶をしましょう」

「は、はいっ!」


 ギルド長という言葉を聞いて、緊張が走る。エクレールに言われるがまま付いてきたが、ギルド長に認められなければギルドには所属できない。ミモザはピンと背筋を伸ばしながらエクレールの後に続いた。


 賑わう店内を通り過ぎて、二階へ続く階段を上る。ガチガチに緊張しながら階段を上っていると、後ろにいたロイが心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫か?」

「ダ、ダイジョバブです!」


 ミモザは、盛大に噛みながらも作り笑いで誤魔化す。ロイは苦笑いを浮かべていたが、それ以上は触れてくることはなかった。


 二階の廊下を進むと、奥の部屋で足を止める。エクレールが扉をノックしてから、声をかけた。


「失礼します。エクレールです」


 返事を待たずに扉を開ける。ミモザも続いて部屋の中に入った。


 正面の書斎机には、書類のタワーができている。その奥に、やや癖のあるブラウンの髪色をした男性がいた。書類を眺めながらポリポリと頭を掻いていたが、こちらの気配に気付くと顔を上げる。


 目のもとにはクマが刻まれていてお疲れ顔だ。エクレールと目が合うと、へにゃりと人の良さそうな笑顔を浮かべた。


「エクレちゃん、遠征お疲れ様~。お仕事は上手くいった?」


 低くて渋い声とは不釣り合いな、軽い口調で声をかける。その一方で、エクレールはつんとした態度で応じた。


「当然です。イサキの町での依頼をこなしたついでに、リューキの町のダンジョンに立ち寄って、大量のシベットを入手しました。あとで原料班に渡しておきます」


「おお! それは助かる! 最近は香料の値段も高騰しているから、自給自足できるに越したことはない、から、ね……」


 エクレールの報告に喜んでいたギルド長だったが、ミモザの姿を見て言葉に詰まらせた。


「……エクレちゃん。そちらのお嬢さんは?」


 ギルド長から注目されたことで、ミモザは慌てて頭を下げる。挨拶をしようとしたものの、エクレールが先に口を開いた。


「彼女はリューキの町で出会ったミモザ」


 エクレールから紹介されたところで、ミモザはもう一度頭を下げる。


「はじめまして! ミモザ・メイウッドです。十五歳です」


「ああ、これはこれは、ご丁寧にどうも。僕は調香師ギルドを運営しているギルバートです。三十五歳です」


 ミモザにつられて、目の前の男性もへこへこと頭を下げる。年齢まで申告すると、エクレールから「歳までは言わなくていいのよ」と突っ込まれていた。


 かしこまった挨拶を終えると、エクレールがさらりと告げる。


「彼女を私の弟子にしようと思います」

「弟子!?」


 ギルバートは、ギョッと目を見開きながら叫ぶ。そんな反応になるのも無理はない。いきなり連れてきた少女を弟子にすると紹介されたら誰だって驚く。


 エクレールを凝視していたギルバートは、ミモザへ視線を移す。そこでミモザからも事情を説明した。


「私、昔から精油が大好きで、将来は香りの力でみんなを幸せにしたいと思っているんです。だけど両親からは、調香師養成学校に通うことを反対されていて……。そんな時、エクレールさんと出会って、一年間の期限付きで弟子に取っていただけることになりました」


 ここに来た経緯を説明したものの、ギルバートは「ええー……」と困惑した声を漏らす。


「調香師養成学校にも通っていない子を弟子に取る? 本気なのか?」


 渋るギルド長とは対照的に、エクレールは涼し気な顔で答えた。


「ええ、本気です。確かにミモザは調香師養成学校には通っていないので、基礎から教える必要がありますが、育てる価値はあると思います」


 最後の一言で、ミモザは密かに歓喜する。天才調香師から育てる価値があると見込まれたのは喜ばしいことだ。


 エクレールはミモザを高く評価していたが、ギルバートは簡単には首を縦に振らなかった。


「でもやっぱり、十五歳っていうのはねぇ……」


 どうやら年齢がネックになっているようだ。渋っていたギルバートだったが、エクレールが涼し気な顔で応戦する。


「ギルドに所属するのに年齢は関係ありませんよね? 現にロイだって、十三歳で護衛騎士の任に就いています」


 エクレールは、部屋の隅で控えていたロイに視線を送る。突然話題にあげられたロイは、壁に寄りかかりながら「まあ、そっすね」と肯定した。


 ロイを引き合いに出されると、ギルバートは気まずそうに目を細める。


「確かにギルドに所属するのに年齢制限はないけど……」

「なら、構わないでしょう?」


 エクレールは強引に押し切ろうとする。そこに便乗するようにミモザも強く訴えた。


「私、エクレールさんのもとで香りの勉強がしたいんです! ギルドに所属させてください!」


 深く頭を下げてお願いをする。ギュッと目を瞑りながら頭を下げ続けていると、大袈裟に溜息をつく音が聞こえた。


「……君の熱意は伝わった。だけどギルドに入会するならテストを受けてもらう必要がある」

「テスト!?」


 そんな話は聞いていない。咄嗟にエクレールに視線を向けると、涼し気な顔で告げられた。


「テストといっても、簡単な問題ばかりだから身構える必要はないわ」


 その言葉を聞いて、ミモザはホッと胸を撫で下ろす。安堵したのも束の間、ロイからは不安を煽られるようなことを言われた。


「天才の言うことを鵜呑みにしない方がいいぞ。うちの調香師入会テストは、合格率25パーセントだから」


「25パーセント!?」


 なんともシビアな数字だ。合格できるか不安になっていた。


 とはいえ、ここでテストを受けないという選択肢はない。ミモザはグッと拳を握って宣言した。


「テスト、受けます! 必ず合格してみせます!」


 ミモザは緊張に包まれながら、テストに臨むことを決意した。

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