第32話 しつこい男

 突然現れた男子に戸惑った真凜は恐怖のあまり、声が出せなくなってしまった。


「家まで送るよ」


 男子は真凜のことを見つめながらゆっくりと近づいて来る。


「先輩!」


 動けないでいる真凛の後ろから声が聞こえてくる。


「先輩!」


「……柏木くん?」


 どうにか振り向くと真が真凛のすぐ近くまで走って来ていた。チッと舌打ちが聞こえ、男子は走り去って行った。


「大丈夫ですか?」


 体が震えている。人は怖いと震えるものらしい。


「……ありがとう。柏木くんが来てくれたから、大丈夫」


「真っ青ですよ、先輩の顔」


「え? 本当?」


「はい。こんなこともあるかと思って、追いかけて来て良かったです」


 真は安心したように真凜に伝える。


「送りますよ、先輩。逃げたとはいえ、安心出来ませんから」


「……ありがとう」


「いいえ。僕が心配なんで、先輩を守りたいんです」


 歩き始めた2人は話し始める。


「柏木くん、優しいね」


「……それは、桜木先輩だからですよ」


「それって?」


「先輩が大切だからです」


「大切なのは、マリアの生まれ変わりだから?」


 一瞬、真は黙り込み答えた。


「……そうかもしれません。僕はエドワーズの生まれ変わり。でも、例え違ったんだとしても、今と同じように先輩を大切に想っていたと思います」


「……私も。エドワーズ様の生まれ変わりとか関係なく、柏木くんのこと大切に想ってる」


 何となくそのまま黙り込み、2人は歩いて行く。

「あ、そろそろ着くよ」


「近いですね」


「うん、歩いて10分位だから」


「そうなんですね」


「うん、あれ? お兄ちゃん?」


 真凛が家の方を見ながら歩いていると、匠が家から出てきた。


「あ、真凜? お帰り!」


「ただいま。ってどこか行くの?」


「いや、ちょっと散歩でも……って思ったけど止めた」


 匠は真を見ると、真凜に尋ねてくる。


「まさか彼氏を連れて来るなんて、驚いたよ」


「え? ちっ、違うよ!」


「違います!」


 2人揃って赤くなっている姿を匠はニヤつきながら見ている。


「へぇ?」


「……初めまして。僕、演劇部の後輩の柏木真です。よろしくお願いします!」


「うん、よろしくね。ねぇ、君さこの後用事ある?」


「え? ないですけど……」


「上がって行きなよ」


「いや、でも……」


「良いから、良いから」


 匠は半ば強引に真を家に上げようとする。


「ちょっとお兄ちゃん、柏木くん困ってるでしょ?」


「え? そう?」


「無理しなくて良いよ、お兄ちゃん強引なんだから」


「いえ。大丈夫です。上がらせてもらいます」


「そう?」


「はい」


「こんな所で立ち話もなんだから、入ろう」


 匠は先頭に立ち家の中へ入って行った。


「ごめんね、お兄ちゃんが」


「いいえ。平気です」


 真は真凜に優しく微笑んで見せた。 


「おじゃまします」

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