【 1/5 書籍発売記念SS】子爵領 ―みんなで空へ―

本作、書籍版がいよいよ1月5日(月)に発売となります!

お礼と告知を兼ねまして、SSを公開させていただきました。


こちらは本編4章、気球が手に入る 『4-10:気球』から少し後の出来事です。



―――――――――――――――――



 クライン子爵領に新たな名物が生まれたのは、冬の終わりのこと。


 『気球』である。


 大きさは地上3階ほど。

 開発者から借り受けたもので、すでに試験飛行を重ねている。サニーが事前に風を読み、山からの微風に乗るわけだ。

 ただ、これは――どうしても目立つ。

 日によっては数キロ先から飛行する姿が見えるほどで、隣町からの行商が腰を抜かしたりした。

 よってこの人が来るのも、予想されたことである。


「アルバート、お天気令嬢!」


 蜂蜜色の縦ロールをかき上げて、ベアトリスが山小屋にやってくる。

 長身をしっかりとした防寒着に包んでいた。雪道の旅でもやってしまうほど、彼女も興味を持ったのだろう。


「聞きましたわよ!? 気球は、ずいぶんと話題になっているようで」


 アルバートは身をのけぞらす。『面倒なことになった』と顔に書いてあった。


「――まだ、低高度で試験的に使用しているだけだが」

「性能はどうなのです?」


 サニーはお茶を準備しながら応じた。


「ゆくゆくは山の頂まで上昇できますね。ただ、まだまだ試運転が必要です」

「うむ。今後、ようやく観測に供する。ゆえにそちらの売り物にはならんぞ?」

「……まだ何も言っていませんが?」


 半眼になるベアトリス。

 お茶の用意もできたので、実験室に3人で座った。


「――さて、まずご報告。工房でも、魔科アンサンブル予報は順調ですわ。あなた方の図面通りに機材は用意できそう」


 アルバートとサニーは、揃って安堵の息をつく。


「ありがとうございます、ベアトリス様」

「ふふ。これは事業です、お気遣いなく」


 とはいえ、とベアトリスは目をキラリとさせた。


「あの気球なのですが、やはり、わたくしは気になりますの。空を飛ぶ乗り物は――人目を集めるでしょう」


 頷くサニー。


「はい。ちょっと村の人も驚くみたいです」


 ベアトリスは頬を緩め、手袋をした指を立てた。


「わたくし、以前から腹案がありましたの。こんな『事業』で不安を払拭できるのでは、と」


 事業家が差し出した紙を2人で読み、頷きあった。


「……やはり、あなたも同じことを考えていたか」

「あら、ではそちらも?」

「もともとはサニーの発案だ。見慣れない物体が空にあるのは、領民も不安だろう。その点は手を打たねばならぬ」


 『気球』は観測以外にも、ちょっとしたアトラクションとしても使えるのだ。

 サニーは青い目をきらめかせる。


「もちろん、安全を最優先に」

「まぁ! それなら、お手伝いさせていただこうかしら? うまくゆけば、事業の参考になりそうですし」


 やはりベアトリスは気球の事業化を狙っているらしい。

 たくましくて、若様と一緒に吹きだしてしまった。



     ◆



 そして二週間後。

 子爵領にとっては、冬の終わりに起きた、ちょっとしたお祭りになった。

 サニーは、小高い丘から大賑わいの広場を見下ろす。

 巨体の行商人、素材屋が声を張り上げていた。


「押さないで! 押さないで!」


 彼もまた催しを聞きつけ、弟子達と屋台を開いていた。ついでとばかりに、巨体を活かして列の整理にまで励んでくれている。

 まだ雪の残る広場は、白い息が熱気に見えるほど盛り上がっていた。

 来訪者には、わざわざリンデンからやってきた行商人までいる。一部はベアトリスが伝手で呼び出した屋台だが、多くは気球を見に雪道を旅してきたのだ。

 子爵夫妻やメイドのリタも、興味深げに見物している。


「わんっ」


 犬のロビンが楽しげに吠える。セシルも笑ってサニーの手を引き、気球を指差した。


「みんな喜んでるね、サニーさん」

「――はいっ」


 広場の中心に気球が置かれていた。

 今は重りによって接地しており、いざ飛び立っても低い高度に留まるよう、頑丈なロープでも木々や杭に結び付けられている。

 アルバートもすでに乗り込み、万一の際にはガスを放出、安全に着陸する手はずだ。

 広場からも、気球からも、楽しげな子供達の声。


「飛ぶんだって!」

「これが!?」


 係留気球という。

 要はロープで繋がれ、ちょっとだけ浮遊する気球だ。

 サニーにとっての前世――地球でも、人を乗せたアトラクションから広告まで、いろいろな用途に使われている。


「これで、気球を恐がる人が減るといいのですけど――」


 若様が大気圧実験でやったのと同じだ。

 間近で見せて、感じさせて、実感してもらえばいい。

 気球からアルバートが叫ぶ。


「全員、離れるように! 飛ぶぞ!」


 気球技師らが、接地用の重りを外す。

 すると気球は10メートルほど浮き上がり、木や杭に結ばれたロープで止まった。ゴンドラから子供達が身を乗り出す。


「浮いてる、浮いてる!」

「すげぇ!」


 広場を見ると、満足げに頷くベアトリス。彼女は、今回を参考にするつもりのようだ。いずれ同様の企画をしたり、気球から広告を吊り下げたりして稼ぐのだろう。

 やがて気球は浮遊を終え、ゆっくりと着地する。

 ゴンドラから興奮した子供達が飛び出し、最後にアルバートも降りた。


「みんな、協力に感謝する。今より、この気球について原理を説明しよう、決して恐れるようなものでは――待て、説明を聞いていけ!」


 子供達は無視してわぁわぁ駆け出していく。

 はあ、とアルバートは嘆息した。


「まったく」


 微笑んでから、サニーは人差し指を立てた。


「皆さん、若様の話をちゃんと聞きましょうね」

「――うーん……」

「まぁ、お天気のお姉さんが言うなら」


 サニーが子供達を集め直すと、アルバートが複雑な顔になっていた。


「君の言葉はみんな聞くな。セシルもそうだったが」

義兄にいさんは言い方が厳しいんだよ」


 子供らが、アルバートとサニー、それに気球を囲うように座ってゆく。口を尖らせるセシルは、ロビンと最前列についた。

 少女が手を挙げる。


「でも、どうして飛ぶのぉ?」

「中に空気よりも軽いガスが入っているんです。ふわふわですね! 水の中でも、あぶくは浮き上がるでしょう?」

「そういえば――」

「水の代わりが空気で、あぶくの代わりが――」


 振り返り、サニーは気球を示す。


「この、気球です!」


 また別の子供が言った。


「危なくないのかな?」

「ガスは安全なものですし、大気も安定しています。開催を冬に選んだのは、夏の低気圧のような突風が起きにくいからなのです」


 こんな時でも、ついついお天気予報をしてしまう。


「お天気のお姉さん、気球のお姉さんにもなるの?」

「……そうですねぇ」


 サニーはくすりと笑った。


「もっと『高いところ』を、飛んでいたことがあるんですけどね」


 言葉は、きっと子供らには届かなかっただろう。

 アルバートだけが頬を緩ませた。


「「???」」

「――さて、気球の安全性について説明しよう。まずは錬金術で生み出したガスについてだが――」


 『気球』は、そうして領地のささやかな名物として受け容れられていった。



―――――――――――――――――



お読みいただきありがとうございます!


1月5日(月)書籍版発売です!

各種販売サイトで予約等もできますので、年初の読書になにとぞよろしくお願いいたします。


また、各書店様ごとに、こちらと似た形の特典SSもございます。

特典詳細は近況ノートをご覧くださいませ。


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【書籍 1/5発売!】人工衛星サニーの冒険 ~転生した〝元〟気象衛星がお天気令嬢になるまで~ mafork(真安 一) @mafork

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