第7話


 あと5分か…… 早いな。


──『旗艦モンタナ、司令塔より通信が入りました。つなぎます』


 司令塔から?こんな直前に何の用だ。


『こちら旗艦モンタナ艦長、ダリアス・シューマンだ』


「こちら第4魔兵部隊、隊長のアラン・メヴェルです。どうされましたか」


『君たちに前もって話しておきたい事があってな。直前になったことはすまない。今まで最後の会議をしていた。それはともかく、本題を話そう。今回の作戦、君達が命の危機を感じたら迷わず逃げてくれて構わない』


「…… 私たちの仕事はあなた方技術者と海軍を守ることです」


『確かにそうだろうが、ここで魔兵が減るのは損失が大きすぎる。私たち替えの利く兵と技術者、資材があれば造れる戦艦や重巡。これらはまた育てればいいし造ればいい。だが君達魔兵は替えの利かない存在だ。次の世代に希望を残すためにも、浸食体と互角以上にやりあえる存在は守らなければいけない』


「…… 了解」


 もとよりそのつもりではあるんだが、海軍の方から逃げろと言ってくるのは意外だったな。それに、合理的な判断だ。別に俺が世界を救えるとか、浸食体や魔物を絶滅できるとは思っていない。だが事実として、現在まともに正面からやりあえるのは俺達魔兵しかいない。


『意外かな。そう思うのも無理はない。だがこれは今回私が指揮する艦隊の総意だ。上の連中とは違う意見だが、私達は君達の味方。そう思って信じてほしい。そしてどうしようもなくなったら、迷わず見捨てて逃げろ。いいな?』


「了解しました」


『そろそろ時間だ。貴重な時間をとって悪かった。君達に神のご加護があらんことを』


──『通信、切れました。残り2分30秒』


『ったく、無駄な時間だったわね。言われなくても逃げるっての』


『まぁまぁサラ、機体の最終チェックには丁度良かったでしょ』


「相変わらず、二人は軍人相手に冷たいな」


 サラはいつものことだが、シリルのこう言うところは貴重だ。基本八方美人だから、人にきつく当たることは殆どない。気持ちはわかるが、事実だから仕方ないんだがな。ま、わかっていても感情は別か。


──『残り1分です』


「了解。通信を艦橋につなげ」


──『はい、艦橋につなぎます…… つながりました』


「こちら第4魔兵部隊、アラン・メヴェル。発艦用意を求む」


『こちら戦艦モンタナ第1艦橋。既にカタパルトの起動は終了、いつでも出せます』


「了解。ニーナ、カウントダウンを」


──『了解しました…… 残り10…… 3,2,1』


「発艦」


『YFM-27全機発艦』


 カタパルトが機体を加速させ、俺達は空に飛び立つ。


「このまま雲に突っ込み、下に抜けたら目的地を目指す。各機周囲の警戒を怠るな」


『『了解』』


 暗い雲に突入し、数秒で抜け出す。と言っても、今の時間は0時。月明り以外に照らすものは何もなく暗闇なことに変わりはない。しかも雲があることで頼りの月明りもほとんどないに等しい。これは、暗視もよく見えないし位置情報だけじゃ無理だな。


「サラ」


『はいはい。照明弾発射…… 3,2,1,開傘、今』


 サラの撃った複数の照明弾が俺達の下を広く照らしながら落ちていく。


「目的地を目視にて確認。ニーナ、視界を共有して位置情報の修正を頼む」


──『少々お待ちください…… 修正完了。マップに反映します』


 高さは700m程下、距離は直進1キロくらい。ギリセーフだな。


「各機降下準備、戦闘機を自動飛行に変更、降下位置はペトロニアス・プラットフォーム、ヘリポートに設定」


『『了解』』


 修正されたマップから自動飛行の軌道を設定し、魔装とのリンクを切断する。


──『皆さんの戦闘機が自動飛行に切り替わりました。以降の操縦はこちらで引き継ぎます。降下位置まで残り15…… 3,2,1,降下』


 コックピットの床が開き仰向けの状態で落ちる。


「スラスター起動。体勢を整えて軌道修正に入る」


 体制を整え暗い空を落ちていく。


 ペトロニアス・プラットフォーム。数年前までは海底の地下資源発掘のために稼働していた施設。

 ME細胞が広まった時に作業員の避難が遅れ、放置されていた施設と記録されていた。外からの反応は確認できなかったが、恐らくは確認できない程深い位置に固まっていると思われる。


 タイムリミットは予備のバッテリー含めて約5時間。それまでに施設内の浸食体を駆逐し、旗艦に帰らなければいけない。


「着地まで3,2,1…… 着地完了。作戦開始。サラとシリルは予定通り動け」


『『了解』』


 俺の後に続いて着地したサラとシリルは走り出し、施設の中に進んでいく。

 サラは内部の探索、シリルは屋上から探索という役割になっている。俺は最初に最下層まで降り、上に上がっていきながらの探索だ。


「ニーナ、艦隊に作戦開始の連絡を。それからサラを優先でサポートを頼む」


── 『はい、お任せ下さい』


 このプラットフォームはそこまで広くない。

 縦にはかなり広いが、居住区間等を含めてもそこまででもない。問題は、俺達では分からない場所に隠れている場合だ。鍵が必要な部屋とか、壊しちゃまずいものがある場所。そんなのが大量にあるだろう。


 だが、そんなのを気にしている余裕は無い。俺たちがそこを見逃し、万が一中に侵食体がいた場合被害に遭うのは技術者達だ。武装した者も同時に突入するらしいが、そんなの彼奴らには効かない為、一体残らず駆逐しないといけない。


「とにかく、先ずは最下層まで行くか」


 あらかじめ共有されたマップを頼りに中を走り、下を目指す。

 

 数が少なく、楽な仕事だと助かるんだがな。


「こちらアラン。目標を発見、戦闘を開始する…… 震電起動、抜刀」


 マップに従い下をめざしていたら立ったまま動かない侵食体を見つけ、足を止めずにすれ違いざまに斬り殺す。


 まずは、1体。


 








── 『着艦まで3、2、1、着艦完了。第1フェーズの終了を確認。バッテリーの確認や活性剤の補充を忘れずにお願いします。皆さん、お疲れ様でした』


 石油リグでの作戦行動開始から4時間。俺達は施設内の浸食体を駆逐し、旗艦であるモンタナへと帰艦していた。艦隊は俺達が活動していた内に上空から降下していたようで、今は海上に浮かび警戒態勢に入っている。


 あとは石油リグ内部に防護服を着た技術者が入るのを見届けたら、浸食体が襲ってくるまで待機だ。


 ちなみに施設内で発見された浸食体の数は41体。想像の半分以下でこぼしがいないか心配だが、念のために2回往復して調べたし大丈夫なはずだ。


 俺達は戦闘機から降り、魔装のバッテリー交換をして甲板から青い海上を進む数隻の船を見守る。

 あの船には数名の護衛をする海兵と多くの技術者が乗っている。今船が襲われたら終わりだな。


「大したことなかったわね」


「ま、ここまでは訓練通りだから。問題はこの後だね」


「あぁ、海上戦が起こるかどうかで対応が変わる。休憩と言ってもいつでも動けるようにはしておくぞ」


 今のところ特に問題はない。

 

 石油リグ内部も特に多かった訳でも無く、周囲の海中にも侵食体の数は少ないと聞いている。そろそろ小型がちょっかいを掛けてきそうだが、その程度なら海軍だけでの対応が可能だろう。


「少佐の予想だと僕たちの出番は明日らしいけど、どうなるだろうねぇ」


「明日なら魔装脱ぎたいんだけど」


「駄目だ。いつ来るか分からない状況で脱ぐ訳にはいかない。そのために3日間常に活動できるだけのバッテリーが渡されてるんだ」


「わかってるわよ。冗談よ、じょーだん」


 明らかに冗談ではなさそうだったが、まぁサラの気持ちはわかる。この装備を常に着ているのも中々にキツい。なんと言うか、息苦しい。

 だが寝るのにも基本問題ないし、食事は顔の部分だけ開ければいい。温度調節や健康などのバイタル、時間や連絡等を常に簡単に出来ると思えば、生身より魔装の方が便利。こう考えれば我慢は出来るだろう。


 それに、脱ぐためには艦内にある密閉空間を作れる部屋でしか脱ぐことが出来ない。こんな外で脱げば空気中に漂うM魔力の過剰摂取で侵食体になってしまう。


 これは俺たちだけでなく、海兵達も技術者達も、魔装では無いがそれぞれME細胞を防ぐ為の防護服を着ている。着ていないのはME細胞の入らないよう作られている艦橋に務めるもの達だけだろう。


「お、技術者達が到着したみたいだよ」


「何事もなく到着か…… 順調だな」


「そうね、今の所は順調。あとはこの状態で約60時間の警戒と防衛。何とも面倒ね」


 魔装のズーム機能を使うと、船から石油リグに続々と入っていく防護服を着た集団が見える。


「この調子で平和だといいんだけど」


「ちょっと、余計なこと言わないでよ。フラグ回収でいきなり大型が、なんて勘弁なんだけど」


「ごめんごめん。けど、こう見てると平穏そのものだよ。静かな海に明るい太陽。浮かんでる物は物騒だけど、それを抜けば」


「シリル。それがフラグだとサラが言ってるんだ」


「いや、うん、わかった。ちょっと黙ってるね」


 サラが無言で拳を振り上げたのを見て咄嗟にシリルを黙らせる。


 シリルの言いたいことは分かるが、こう言う時はなぜだか悪い方向に転びやすい。俺だってそんなフラグ回収はごめんだ。平和ならそのままが良いし、余計なことは言わないように気をつけている。


 フラグなんてと思うことがあったが、実際戦場にいると意外と馬鹿にならないんだよ。


 そんな会話をしていたら、一本の通信が俺達に入る。

 ダリアス・シューマン大佐からだった。


「なんの用だろうね」


「さぁ?状況確認じゃない?」


 俺は不思議そうにする2人を無視し、通話を俺限定にして繋ぐ。


──『こちらダリアス・シューマンだ。少しいいだろうか』


「はい」


──『君達も見ていただろうが、たった今技術者達の護送が完了した。よって次はペトロニアス・プラットフォームの防衛になる。それに合わせて、現在のソナー及び電探による侵食体の情報を共有しておきたい』


「了解しました」


 サラの予想通り状況確認が主のようだ。


──『先ず、ソナーには小型が14体、中型が2体確認出来た。大型は確認出来なかった。電探も同じく小型が5体、中型2体、大型は0だ。海軍のみで水中侵食体の対処は可能。電探で発見できた滞空種は範囲外。よって君達の出番は今の所無い。ゆっくりと見物していてくれ』


「了解。情報感謝します、大佐」


 海軍のソナーと電探で見つからないのなら本当に居ないんだろう。一応魔装にも索敵機能は着いているが、流石に艦についているソナーと電探に勝てるわけもない。


───『だが、大型が出てきた時は頼む。その時は君達が鍵になる』


「分かっています。その時は、私達は全力で仕事をします」


───『頼りにしているよ。では、休憩中にすまなかったな』


「いえ、ありがとうございました。失礼します…… サラ、シリル、暫くは暇だそうだ」


 俺は通信を切り、黙って聞いていた2人にそう言う。


「ほんとに?嘘ついんでんじゃ無いでしょうね」


「何故嘘をつく必要があるんだ?お互いに不利益しかないだろう」


 サラの軍人嫌いもここまで来ると重症だな。

 仕事中くらいはもう少し信用出来ないんだろうか。


「なんにせよ、僕達はまだまだ暇そうで良かったよ」


 それは、どうだろうか。結局戦闘にはなるんだろうし、その戦闘音に反応した大型が範囲外から移動してくる可能性が高い。


 この束の間の休息は、小型との戦闘が始まるまでの僅かな時間だけだろう。



 

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