第5話


 翌日、俺とシリルは基地から外出し墓地、霊園に来ていた。


 広い土地に無数の白い十字架。ここヴェルトに避難できた人の家族が眠っている場所だ。


「綺麗にしてるね」


「あぁ。ここ2ヶ月は来れてなかったが、それまでは月に一回は掃除していた」


 今はシリルと共に俺の両親の墓にいるが、有難いことに掃除も手伝ってくれた。


「それはおじさん達も喜んでるだろうね」


「どうだろうな。ここには何も無い。遺体も、骨も、遺品も。全部街と一緒に消えた。ここには祈りがあるだけで、見た目はただのハリボテだ」


「そうだね。けど僕達は、このハリボテを作るのが半分の目的で兵器になったんだ。こうして形だけでもある事に、後悔はしてないよ」


 そう。俺とシリルが魔兵になるための適合試験を受けたのは、墓を作るためだ。ここヴェルトにきて数年経った当時15歳の俺達は、生きるのに苦労したのと同時にずっと両親を形だけでも残せないか探していた。勝手に墓を作る事も考えたが、直ぐにバレて壊されるのがオチだ。

 そうして忘れようとしていた時に、シリルが魔兵のページを見つけ、そこの項目にここの墓を無料で作ってくれるのを見つけた。それからは早かった。直ぐに二人して適合試験の申請をし、訓練兵となって墓を作るようお願いをした。


 当時の俺達にとっては、このハリボテが何よりも作りたかった物だ。何も無いより、両親が生きた証を作りたかった。


「そうだな…… 俺も後悔はしていない」


「けど天国に行ったら怒られそうだね。墓を作るために命懸けの兵士になるとは何事だーって」


「あぁ。だが天国に行ければ会えるだけ、俺達は幸せ者だ」


「…… そうかもね」


 このヴェルトに家族全員で避難できた人なんて殆どいない。しかもそういう人達に限って、ここに墓を作るには金が足りないのだ。さらに地上に残された家族は侵食体となって今も苦しんでいる。

 形を作りたくても作れず、死んで会おうにも天国にはいない。そういう人達に比べれば、俺達は恵まれている。


「よし、こんなもんでどうかな?」


「あぁ、助かった」


「それじゃ、お先にどうぞ。ゆっくり話してね」


「あぁ」


 父さん、母さん、久しぶり。最近来れなくて悪かった。その代わりと言っちゃなんだけど、シリルが来てくれた。俺が居ない時も1人で来てそうだが、変な事を聞いてないと良いんだが。

 それはともかく、最近も上手いこと4人でやってるよ。もう部隊を組んで2年。相変わらずサラが俺を連れ出してくれるし、シリルは良く気にかけてくれる。ニーナは差し入れをくれたり少し酒を飲んだり。天城少佐やカール特務少尉も良くしてくれる。ほんと、周囲の環境に恵まれたよ。


 父さん、母さん。出来るだけ再会が長引くように頑張るからさ、見ててくれ。


「…… もう良いのかい?」


「あぁ。挨拶してやってくれ」


「うん。それじゃ…… 」


 シリルは墓の前に立つ。イケメンは絵になるなぁと思いながら眺めていたら、シリルは終わったようで俺の方へ振り向いた。


「なんて?」


「アランの事と、感謝かな」


「…… そうか」


「それじゃ、僕の両親の番だ。行こう」


 墓地を移動してシリルの両親の墓を掃除する。こいつも定期的に来ているのかそこまで汚れていない。ま、忘れられないよな。


「何回も言うけど、母さんと父さんは自ら望んで君にヴェルトへのチケットを渡した。だからアランが気にする事はないよ」


「…… あぁ」


 12年前、魔力が広がり人々が侵食体となっていく中、ヴェルトへと避難できる人の抽選が行われた。全ての人を救うことは出来ない。だが可能な限りの人数を救わなければいけない。そう言って全世界から期間内に応募した人から抽選で選ばれることとなったのだ。

 当時は諦めていた。全世界人口の2.5割。これが当初予定されていた人数だ。普通に考えて当たる訳がない。もちろん当然のように家族全員が外れた。だが隣の家、シリルの家で2人分当選したのだ。


 羨ましいとも思ったが、仕方の無い事だと他人事のように思っていた。今思えば、既に死ぬ事を受け入れていたんだろう。


 そんな心境だった時、シリルの両親から俺にヴェルトへの移住券が譲渡された。シリルの家で当たった移住券は、俺とシリルで使えと言ってきたのだ。

 意味がわならなかった。シリルを一人にする理由も俺に渡す理由も何ひとつとして。確かにシリルの両親は凄く優しい人達だったし、俺の両親ともとても仲が良くてお互いが家族のように接していた。だがそれでも、自分の子供であるシリルを一人にするのはおかしいだろう。俺は今でもそう思っている。


 勿論当時は反対した。俺じゃなく、おじさんかおばさんのどちらかがヴェルトに行くべきだと。だが俺は折れてしまった。先に死ぬ親より、一生の友に傍にいて欲しいと言われたのだ。しかもどう丸め込んだのかは知らないが、シリルまで着いてきてくれと言い出し、何回もそのやり取りが続く内に俺が折れた。


 俺とシリルがヴェルト行きの飛行機に乗る際、最後に聞いたシリルの両親からの言葉は、シリルを頼む。それだけだ。


「終わったよ、アラン。お次どうぞ」


「あぁ」


 俺はシリルと場所を入れ替わり、2人に挨拶をする。


 お久しぶりです。おじさん、おばさん。半年ぶりですかね。遅くなってしまいすみません。

 シリルも俺も、元気にやってます。聞いた話だと、シリルはそろそろ結婚出来るようで。何時するかは分かりませんが、お二人にも見届けて欲しいと今でも思います。身長も伸びて、昔より子供っぽさが抜けて男になった。シリルは誰よりもその成長を貴方達に見て欲しいでしょう。どうか今までもこれからも、見守ってくれていると思いたいです。


 それから、おじさんとおばさんに頂いた命、無駄にはしません。約束した通り、シリルを見届けるために使います。俺はシリルの親にはなれませんが、親友として、家族としてそばに居るつもりです。安心は出来ないかもしれませんが、2人の息子として信用してくれればと思います。では、また来ます。


「…… 終わったぞ」


「ありがとう。行こっか」


「あぁ」


 シリルの両親の墓をあとにして霊園の中を歩く。


「パリを奪還したとは言え、僕らの故郷までは長いね」


「いきなりだな。だが、そうだな。例え奪還できても、大気汚染で基地も作れない。人があそこで活動できるのは、あと4,50年先だろう」


「ほんと、核だかなんだか知らないけど、複雑だよ」


「仕方ないだろう。侵食体になって苦しむなら、いっそ殺した方が救いになる」


 俺達の仇は侵食体じゃない。俺達の故郷に実験的に爆弾を落とした人間だ。だがその爆弾がなければ、俺達の両親は苦しんでいる事になっただろう。理解はできるが、感情はそんなに簡単じゃない。複雑な想いになるのは当たり前だ。


「相変わらず冷めてるね」


「冷めてると言うより、そうするしか無い。人相手に恨みを持って殺す訳にもいかない。だったら、そもそもの元凶に向けた方がいい」


「別に落とした人間を恨んじゃいないさ。ただ、何も出来ない自分に腹が立つ」


「今は我慢するしかない。力も何も足りないし、今を生きる事しか考えられないんだからな。焦ったって仕方がない」


 とにかく今は、侵食体をどうにかするしかない。少しでも減らし、ME細胞に対抗する手段を探す。絶滅でもなんでも良い。全てはその術が見つかってからだ。


「そうだね…… ごめん、八つ当たりした」


「別に良い」


 シリルが爆発する事は偶にある。まぁ分からんでもないから、俺以外に当たらないならそれでいい。


「ありがとう。そうだ、この後はどうするんだい?何も無いなら、一緒に飲まない?」


「…… いいぞ」


「昨日と言い今日と言い珍しいね。調子でも悪いのかい?」


「お前は俺を何だと…… いや、そうだな。偶には相手をしないと拗ねるだろ?」


「別に拗ねはしないさ。そんな子供じゃないよ」


「そうか。と言うか、お前らは俺の所に来すぎだ。毎回全部断ってる訳でも無いだろう」


 シリルとサラはほぼ毎日俺の部屋にやってくる。週一とかじゃなく毎日だ。常識的に尋ねてくるのはニーナくらい。最初の頃は対応していたが、もう面倒になった。別に嫌では無いが、1人の時間も欲しい。サラとシリルを合わせたら4日に1回は外出や飯を共にしている。頻度的には十分だろう。


「それだけ僕もサラも、アランの事が好きなんだよ。もちろんニーナもね」


 シリルは俺の目を見てにこやかに笑う。イケメンは絵になるなぁ。

 

「それは俺も同じだな」


「…… アランがデレた」

 

「デレたって何だよ。別に変なことは言ってないだろ」


「いやいや、今のは貴重な発言だよ。いつもみたいにそらさないで肯定するんだから。録音してサラとニーナにも聞かせてあげたいくらいだよ」


「…… さっさと帰るぞ」


「あ、ちょ、録音なんかしてないから、まってよ」


 俺は少し歩く速度を早め、シリルを置いていく。

 別に変なことは言ってないんだがな。何となく、気恥しい感じがした。







『おかえりなさい、アランさん。要確認メールが1件届いています』


 シリルと共に霊園を後にし、少しだけ飲もうと思い共に俺の部屋に来るとメールが届いていると言われた。


「要確認メールか…… シリル、明日朝8時、第1会議室に集合だそうだ」


 届いていたのは天城少佐からの招集命令。恐らくは次の仕事が決まったのだろう。


「今確認して、僕にも届いていたよ。次の仕事はなんだろうねぇ」


「…… そろそろ護衛任務でも来そうだな」


「あぁ、第5がいないもんね。有り得そうだ」


 時期的に有り得るのは地上からの資源確保。その回収任務をする軍の護衛だ。いつもは第5部隊か第3部隊が主にしていたが、今は第5部隊が存在せず第3部隊も忙しくしている。暇な俺達第4に招集が掛かるのはおかしくないだろう。


「石油リグじゃないといいなぁ。巡洋艦や駆逐艦の護衛は面倒なんだよ」


「仕方ないだろう。軍も形だけでも活動しなければいけない。それに主砲なら中型は十分にやれる」


「海にいるのは大型ばっかだよ。やられるために態々海に下ろすとか無駄だよね。しかも空も警戒しなきゃいけないし」


「鉄屑にしないための俺たちだ」


「分かってるけど、こっちの負担はお構い無しか……」


 2人で飲む準備をしつつ、軍に関する愚痴を言っていく。


「今更だろう。それに、出してくる艦種によっては役に立つ」


 有難いのは戦艦か重巡だな。出来るだけ口径の大きい主砲が望ましい。殺す事は出来ないだろうが、怯ませるくらいなら出来るはずだ。問題なのは大型の侵食体に対抗出来るほどの口径をもった艦が少ないと言うこと。ME細胞が出る前までは艦対艦ミサイルのお陰で大口径の主砲は必要なかった。そのためどこの国も建造していなかったのだ。


 一応建造計画はまだあるらしいが、艦をつくるなら他に必要なものが多い。そっちに資材を回さないといけないから実際に建造されたのは戦艦2隻、重巡3隻の計5隻。


「だがまぁ投入されるとしても、降下と帰還が一番の難関だな」


「それに関しては僕らにやれる事はないから、自分達で頑張って貰わないとだね」


「軍だって馬鹿じゃない。輸送機や艦の魔力を用いた魔導エンジンを開発したのだって軍だ。俺達が知らない兵器があってもおかしくはない。お披露目するかは別だろうがな」


「そんなのがあるなら、出し惜しみしないでさっさと出して欲しいもんだね」


「そうだな。取り敢えず、この話は明日だ。石油リグかどうかも分からない」


「それもそっか。じゃ、乾杯しようか」


「何に乾杯するんだ?」


「少し遅れたけど、アランの昇進、准尉おめでとう」 


「悪いな。ありがとう」


 ワインを入れたグラスを持ち、交わす。


 うん、美味い。やっぱり酒は偶に飲むと美味いな。

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