第44話 出会えてよかった

 今夜も詩桜はいつものように夜の見回りをする。


 力が弱まっていた蒼水晶は、星巫女として覚醒した詩桜の力に比例するように光を取り戻した。

 全てが順調に進んでいる。


 だが……それなのに詩桜の心には、あの日からずっと気がかりなことが残っている。


「遥ちゃん……元気でやってるかな?」


 土手に腰を下ろし雲の合間から地上を照らす月を見上げ、詩桜は溜息を零した。


 会いたい。何度、心の中でつぶやいただろう。

 元気でいてくれるなら、それでいい。そう思うのだけれど……。


「また、屋敷を抜け出したの? 攫われても知らないよ」


 突然声を掛けられ詩桜は飛び上がる。そしてすぐに振り返り見上げれば……。


「遥ちゃん! 今までなにをしていたの? もう身体の具合は大丈夫なの? それから、それから」


 丁度考えていた人物が目の前に現れ、夢でも見ている気分になった。

 けれど、どうやら現実のようだ。


「ふふ、そんなに一度に聞かれても、答えられないよ」


 彼の左手は、すっかりキレイで灯真が取り返した腕輪もつけられていた。

 目の前にいるのは、もう長髪の美少女ではなくて薄化粧もしていない男子。


 けれどその微笑みは紛れもなく遥だから、いてもたってもいられなくなる。


「だって、ずっと会えなかったんだもの」


「そうだね、あれから色々あったから」


「色々って?」


「今回の事に関しては、組織を裏切ったことになるから。その言い訳とかで色々、だよ」


「……まだ、緋夜の月に所属しているの?」


 できることなら、もう深入りしてほしくない。けれど、そんなことを頼める権限が、自分なんかにあるのだろうか。


「そんなに心配そうな顔をしないで。どうせ、組織を裏切った僕は、もうあそこには置いてもらえない。それに星巫女が復活した今、将来性のない組織だし。そのうち、吸血鬼たちも散り散りになって自然壊滅するかもね」


「そうなの? でも……遥ちゃんの身の安全は大丈夫?」


「この先は、自分自身で乗り越えなくちゃいけないことだから、君は心配しないで。僕は大丈夫だから……君がすべての責任を河合遥に押し付けてくれたんでしょ? おかげで、相楽遥斗は助かったんだよ。じゃなきゃ今頃、ここにはいられなかった。感謝してる」


「遥ちゃん……」


「詩桜……突然だけど、今日は、ちゃんとしたお別れを言いに来たんだ」


「え……どうして? これからは、相楽遥斗くんとして、この村で暮らせないの?」


「そういうわけにはいかないよ。今は、母さんの傍にいてやりたいし」


「そうなの……」


 言葉にはしなかったけれど、詩桜の声や表情からは、寂しさが滲み出ていたのだと思う。


「……僕と離れるのが寂しい?」


「うん……」


「じゃあ、来る? 一緒に」


「遥ちゃんと一緒に?」


「君が望むなら、攫ってあげる。選べる? なにもかも捨てて、それでも、僕と一緒にいたい?」


 遥と一緒にいたい。けれど、それは遥斗と一緒にいたいということだろうか。


 なにもかもを捨てて……。


「…………」


 星巫女の使命を放棄できない。その思いと共に浮かんできたのは……なぜか、灯真の顔だった。


 だから、一緒には行けない。詩桜はそう思った。


「遥ちゃん……ううん、遥斗くん。わたし、あなたと一緒には行けない」


「そう言われるのは、分かってた」


 次の瞬間、遥斗は詩桜を抱きしめてきた。これでもかというほど強く。


「僕のことは、気にしないで。清々するから……大嫌いな君の傍を離れられるなんて」


 それだけ言われ、あっという間に腕の中から手放される。優しい香りも温もりも離れてしまう。


 詩桜はそれが寂しくて、でも後追いはしなかった。中途半端な気持ちでは、遥斗を傷つけてしまう気がしたから。


 遥斗もまるで詩桜のそんな心を知っているかのように、それ以上余計な事は言わなかった。


「……さようなら、詩桜」


「……うん」


 詩桜は引き止めずに黙って遠くなってゆく遥斗の背を眺めた。

 彼は一度足を止め、こちらへ振り向くと。


「詩桜、大嫌いだよ。ずっとずっと、大嫌いだった……でも、君と出会えて、よかった」


 なにか吹っ切れたように、元気よく詩桜に手を振る。

 今は、この別れが辛く悲しいものでしかないけれど。

 詩桜は、この現実を受け入れられる、そんな自分になりたいと思った。


「……今まで、いっぱいありがとう! 遥斗くん、ありがとー!」


 もう遥斗が振り向いてくれることはなかったけれど、その背が見えなくなるまで、力いっぱい両手を振り続けていた。


 また笑顔で再会できる日を願いながら。

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