第42話 灯真side2

 詩桜が星巫女の誓い刀に選ばれ一週間が経った。あれから遥斗は一度も姿を現さない。


 そして……詩桜はずっと元気がない。


(そんなにあいつがいいのかよ)


 本人は隠しているつもりだろうが、灯真には分かってしまうのだ。本当は分かりたくなどないけど……。




 星翔神社へ御偉い方々に星巫女としての挨拶へ窺う予定となっていた日も、詩桜はどこか上の空だった。


 慌ただしい毎日の中、弱音を吐かない所がいじらしいけれど心配になる。


「詩桜、そろそろ時間だぞ。ご挨拶周りに行って来い」


「はい、辰秋さん。いってまいります」


 巫女の正装を纏った詩桜は、辰秋に声をかけられ元気よく答えると、門扉の前で待っていた灯真を見つけ駆けて来る。


「準備はいいのか」


「うん! お待たせ」


 彼女は灯真に対しても飛び切りの笑顔で答えてくるけれど。


「……空元気」


「え?」


「なんでもない。お前の事、分かりすぎるのも厄介だと思っただけ」


「変な灯真」


(変なのは、どっちだよ。ずっと無理して笑ってるくせに)




 どうして詩桜が空元気なのかは分かっている。


 そんなの遥斗がいなくなったからに決まっていた。


 詩桜にとって遥斗の存在は、とても大きなものだったのだろう。


 学校での遥斗への信頼しきった詩桜の態度に、灯真は何度嫉妬したか分からない。


 そんな遥斗が性別を偽っていたことを知っても、もっと大きな裏切りを犯していた事実を知っても、詩桜の彼に対する想いは変わらないようだった。


 それはもう、灯真が入り込むことのできない絆というやつを、見せつけられたような気持ちになる。


 自分だって詩桜を想う気持ちの大きさは、誰にも負けない自信があった。


 けれど……自分がどんなに想っていようと、詩桜がこの手を取ってくれるとは限らない。


 再会してから今までの詩桜との進展しない関係を前に、そんな可能性を灯真は感じ始めていた。




「はぁ……」


「色男が溜息なんて似合わないよ」


 とある日の放課後。月嶋が悩みなんてなさそうなヘラっとした笑みを浮かべ話し掛けてきた。


 いつものようにうざがらみしてくる彼を一瞥するが、月嶋はそれでも「大丈夫、分かってるって」と肩に手を置き頷いてくる。


「春宮と、中々進展しなくて悩んでるんだろ」


「…………」


 あながち的外れではない指摘が妙に癪に障る。

 まさか自分の想い人だった遥が男で、詩桜の気持ちがそちらに向いているのではないかと、灯真が思い悩んでいることまでは察せられないだろうが。


「白波瀬がこの村にやってきてから、ずっと我がことのように応援して見守ってきたつもりだけどさ。おれが組織に戻るまでに両想いには至らなかったもんな」


 月嶋は、明日この村を離れることが決まっている。


 二人の進展を見届けられなくて残念だよと言われ、やっぱりなんか癪に障る。


 彼の能天気そうな態度のせいだろうか。


「そんな怖い顔で睨まないでよ。不憫な白波瀬に、おれから一つアドバイスがあるんだ」


「おまえのアドバイスなんて当てにならない」


 そんなもの求めていないと言おうとしたのに、人の話を聞かない月嶋は一人で勝手にペラペラと話しだす。


「白波瀬の気持ちはさ、傍から見れば明らかなんだけど、口説き方が吸血鬼思考過ぎると思うんだ。人間の女の子には分かりづらいよ。もっと人間の言葉に寄せて想いを伝えてみたら? ……これが、好きな子に告白すらできず終わってしまった、情けないおれからのアドバイスだよ」


 むしろ遥への夢が壊れないよう、告白せず真実も知らぬまま終わってよかったなと、内心灯真は月嶋を見て思った。


「白波瀬、がんばれよ! 後悔だけはするなよ! 友人としての忠告だ!」


「……はいはい」


「なんか返事が面倒くさそう~。おれの話、ちゃんと聞いてた?」


「うるさい」


「白波瀬のいけず~」


 ぎゃあぎゃあと隣で騒いでくる月嶋を軽く受け流しながら、ぼんやりと灯真は思う。


 月嶋を笑う事などできない。詩桜の気持ちがすでに遥斗へ向いてしまっているなら、全てをかけても良いとまで思ってきた自分の初恋も、もう終わったようなものなのだから。






 次の日、灯真は詩桜と一緒に月嶋を見送りに行った。詩桜がどうしてもというから渋々だ。


「見送りなんて、よかったのに」


 とか言いながらも月嶋は、一日に二本しか来ないバス停前で足を止め、嬉しそうにしている。


「俺は、見送る気はなかった。詩桜がどうしてもって言うから、付添いだ」


「ひっでー、おれは白波瀬と離れるの寂しくて、泣いちゃいそうなのに~」


 灯真は縋り付く月嶋にウンザリ顔だったが、詩桜はそんな二人を見て「仲良しだね」と笑っていた。

 これのどこを見れば仲良しなんて言えるのか。


「春宮が星巫女に就任されたこと、おれも誇りに思ってるよ。キミは、魔の化身なんかじゃない。正真正銘の星巫女だったと、胸を張って上に伝えるから」


 詩桜が危険な人物に成りえないか見定めるため、月嶋は帝都からきた査定員。もう役目は果たしたと、その顔は清々しいものだった。


「帝都に帰っても元気でね。たまには連絡頂戴ね」


 到着したバスに乗り込んだ月嶋は、キミたちも元気でと、バスの窓を開け手を振ってくる。やがてバスが見えなくなるまで、詩桜もずっと手を振り続けぽつりとつぶやた。


「また一人、せっかく仲良くなった人が遠くへ行っちゃった」


 寂しそうな背中を見て「俺がいるだろ」と後ろから抱きしめたい衝動に駆られたが、灯真はそれができなかった。

 少し前の自分ならば、なんの迷いもなくできたのに。


「……詩桜」


 抱きしめる代わりに名前を呼んで詩桜の手をぎゅっと握る。

 詩桜は少し照れくさそうに頬を赤らめ笑った。

 そんな顔されたら、どこにも行けないように縛り付けておきたくなる。


 花嫁の契りさえ結んでしまえば……。


「灯真?」


 気が付けば詩桜が、不思議そうにこちらを見上げ首を傾げていた。


「……なんでもない」


 いつもの調子を取り戻せず灯真は手をつないだまま、前を向いて歩き続ける。


 無理矢理にでも契りを結んでしまえばいい。少し前の自分なら、そんな強硬手段に出たかもしれない。


 けれど、今はそんな気が起きなくて……自分は詩桜の血でも身体でもなく、心が欲しいのだと気付いた。


 たとえどんな契約で縛り付け傍に置いても、詩桜の心が別の男を想い続けていたなら、そんな虚しい事はない。


 今、詩桜の瞳の先には誰が映し出されているのか分からないまま、心の中で「どこにも行くな」と願い、灯真は繋いだ手に力を籠めたのだった。

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