第31話 覚悟を決める時

「春宮さん、さようなら」


 騒ぎも収まり散り散りになる生徒たちが、去り際にあいさつをしてくれる。

 詩桜は、それに戸惑いながらも応えていた。


「現金な奴らだな」


 態度をコロッと変えて、と灯真は呆れ気味だが。

 中岡は奈津の付き添いで保健室へ運ばれたけれど、たぶんもう大丈夫だろう。


「春宮に対する生徒たちの見方も、敵意は消えたようだし一安心だな」


 月嶋はまるで自分のことのように誇らしげだ。


「そうなのかな……奈津さんたちの役に立てたならよかった」


 奈津と中岡の笑顔を思い出し、詩桜はそんな思いを噛み締めた。


「村が平和に戻ったら。そうしたら、奈津さんたちみたいに、種族を超えて相手を大切に想い合える人たちが、肩身の狭い思いをしない村になってほしいな」


「出来るさ、キミならきっと」


 月嶋が心から頷いてくれるものだから、詩桜も嬉しくて笑みが零れる。


 でも……それを成し遂げるのは、自分ではないかもしれない。


 詩桜は、教室から逃げるように飛び出した遥のことが気がかりだった。


 近頃の遥は、どこか思いつめているようで、様子がおかしい……。


 鞄は教室に置きっぱなしなので、まだ校内にいる確率が高いだろうか。






 遥のいそうな場所を思い浮かべ東棟の屋上へ向かうと、そこに彼女はいた。


「遥ちゃん、ここにいたの」

「っ……詩桜」

「顔色がよくないよ、大丈夫?」


 なにかに怯えるようにして腕を抱いている遥を刺激しないよう、静かに話しかけながら詩桜は隣に並んだ。


 自分の両腕を抱く遥の手は小刻みに震えていて、その手を握りしめてあげたくなったけれど、左手に浮かぶ赤黒い痣を目の当たりにし詩桜は息を飲む。


「遥ちゃん、その怪我……」


 この間、気がついた時には左手首だけだったのに、今では手首を包帯で隠していても、手の甲にまで痣が侵食している。禍々しくさえ感じる赤黒い痣。


「なんでもない。この前、転んだはずみに捻ってしまっただけだから」


 搾り出すような遥の声は、いつもよりか細い。


「……なにかあるなら、話してくれたら嬉しいよ」


 そっと遥の手を握りしめた。拒まれるかと思ったけれど、遥はすがるように詩桜の手を握り返し、自分の方へと引き寄せてきた。


「時が、来るだけ……もう、すぐに」

「時って、なんの?」

「……そういえば、詩桜。なにか私に話があるって言ってなかった?」


 会話を逸らされてしまった。けれど今、自分たちは二人きり。真実を聞き出すなら好都合だ。


「うん……あの、ね。遥ちゃん……あなたの、本当の名前は」


 大きく深呼吸した。そして、もう喉元まで出掛かっている言葉を勇気で押し出す。


「本当の名前は……相楽蓮美さん?」


「……なんで?」


「そんな気がしたの。幼い頃に見た星巫女候補と遥ちゃんは、どこか面影が似ているから」


「そう……だったらどうする? せっかく死んだと思っていた邪魔者が生きていたなんてね」


「どうもしない。元に戻るだけだから」


 詩桜は決意を鈍らせないように、手を握りしめ遥を見据えた。


「あなたに星巫女の名を返して、あとは流れに身を任せる」


「……また粛清されるかもよ? だって、私が本物ならあなたは偽者。魔の化身だから」


「わたしが本当に魔の化身に成り果てる存在なのなら……それは、仕方ないことだと思う。怖いけど」


「どうしてなんの迷いもなく、そんなことが言えちゃうのかな。自分が言っている意味分かってる?」


 分かっているつもりだ。散々迷って、怯えて、ようやく出した答えだから。


「星巫女の地位も、守護者だって、全部、私に奪われるってことなんだよ。もしかしたら命さえも……」


「奪われるとは思わない。それはすべて、蓮美さんが持っていたものだから。でも……もし許されるなら、この村が平穏を取り戻してゆくのを見守りたかった。遥ちゃん、星巫女になったあなたの姿も、遠くからでも見守ることが許されたらいいんだけど……」


「詩桜って、ほんとにお人好し」


「辰秋さんが戻ったら、二人で話しに行こう。本物の星巫女が生きていたって」


「待って、その前に……私も、確かめたいことがあるの」


「確かめたいこと?」


 遥は静かに詩桜の耳元で囁いた。


 ――今日の深夜、星翔川の河川敷で待っているから。私を疑わないのなら一人で会いに来て。


 遥は、それだけ告げるとさっさと屋上を後にしたのだった。

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