第26話 友達

 あくる日。遥と話がしたいと詩桜は意気込んでいたが、実際に声を掛けようとすると、避けられているような気がして、なかなか上手くはいかなかった。


 そして、あっという間に昼休みを迎えてしまう。


「あの、遥ちゃん」


 授業終了後、すぐに教室を出て行ってしまいそうになった遥の右腕を掴み、詩桜はようやく話しかけることに成功したのだが。


「なに?」

「よかったら、あのお昼を……一緒に」


 言いかけた時、間の悪いスマホの着信音に遮られてしまう。詩桜はスマホを持っていないので、遥のだろう。


「ごめん……ちょっと、呼び出しされたから。行くね」

「あ……うん」


 スマホの画面を見るや、遥は足早に廊下へと飛び出して行ってしまった。


「春宮一人なの?」


 振り向くと月嶋がいた。


 あんな張り紙が出回り、皆、詩桜を遠巻きに見てくるというのに、変わらず接してくれるのは、灯真と月嶋ぐらいかもしれない。


 かといって、昨日の一件以来、月嶋にも警戒してしまうけれど。


「遥ちゃん、呼び出しされたからって」


「えっ……つかぬ事お聞きするけどさ、呼び出しって男とか?」


「分からないです。スマホを見て行ってしまったから」


「えっ!? 河合さんの幻とも言われる連絡先を、知っている奴が潜んでいたのか!?」


 よく分からないけれど、月嶋が頭を抱えて衝撃を受けている。


「遥ちゃんの連絡先って、他人が知っていては大変なものなの?」


「そりゃそうさ、大事件だって! 今まで、何十人の男に聞かれようと、彼女、口外してなかったんだよ! 今もしかして、これから告白タイムなのか? 河合さんの、心と唇が奪われるのか!?」


「えぇ!? なんかよく分からないけど、遥ちゃんの乙女のピンチなら……わたし、行ってくる!」


 本当によく分からない状況だけど、唇を奪われるとか不穏でしかないし、月嶋の反応を見るに放っておけない事態な気がする。


「行くって春宮、まさか邪魔しに行く気?」


「邪魔じゃないです! 助太刀致すの!」


「助太刀……そ、そうだよな! 河合さんが、変な男に騙されて、誑かされたら大変だもんな! よし、おれも手伝うよ! まだ近くにいるはずだ、手分けして探し出そう!」


「手伝ってくれるの? でも、月嶋くん、張り紙のこととかで遥ちゃんを疑ってたんじゃ」


「それはそれ、これはこれ! これはプライベートな行動だから、問題なし!」


「良く分からないけれど、じゃあ、現場を見つけ出したら、とりあえず不埒な男性に飛び蹴りね」


「ああ。そして、その後、背負い投げな!」






 月嶋と二手に分かれて走り出した詩桜は、校内中探し回り体育館裏へ。だが、遥はそこにもいなくて、なかなか見つからない。やがてグラウンドに面した校舎付近の花壇まで探しに出ると。


「どういうつもり? 学校の中で呼び出しなんて」


 人気のないそこで聞こえた遥らしき声に詩桜は足を止める。


 遥が困っているようだったら、飛び蹴りを決める予定だったのだが、いつもよりトーンの低い彼女の声に躊躇してしまった。


 校舎の影からこっそり顔を出して覗いてみれば、赤レンガの花壇の脇で遥と……。


(なんで、あの人が……)


 遥と一緒にいた男の姿に息を呑む。詩桜の首筋にまだ残る噛み跡を付けた、あの吸血鬼だったからだ。


「連絡が無いゆえ、こうして出向いたまでだ」


 なぜ遥が、あんな危険な吸血鬼と一緒に?


「大丈夫、上手くいってる。便りがないのは、良い報せって言うでしょ?」


「どうだろう。所詮人間。人の輪の中に紛れれば、気も絆されよう」


 艶やかな遥の長い黒髪へ、男は弄ぶように触れた。


「ククッ、その薄化粧も長髪も似合っているな」


 二人の距離が近くなる。詩桜はドギマギしてしまい、視線を一度逸らしかけたのだが。


 ドカッ――といつも詩桜が灯真にくらわすものの、倍は威力がありそうな鈍い音に視線が戻った。


「気安く触らないでくれる? 気色悪っ」


 一層低くなった遥の声。そして彼女の腹蹴りは、男に命中したのだが、彼は終始平然としている。


「冗談だ。誰が貴様など喰うか」


「どうだか。男って単純だからね。見た目が良いと、とりあえず寄ってくる生き物だって、最近つくづく実感してるよ」


 吐き捨てるような言葉。遥がこんなことを言うなんて、こんな話し方をするなんて知らなかった。


「貴様がそれを言えた立場か。ククッ、やけにご機嫌斜めだ。星巫女と守護者を引き剥がせずにいるのが、不機嫌の理由か」


「っ、馬鹿馬鹿しい」


「まあいいが、いつまでもは待てぬ。貴様でも……アカツキでもいい、早く終止符を打つのだ」


 アカツキ……その名に詩桜の表情が強張った。謎の吸血鬼だけではなく、遥はあのアカツキとも係わりがあるということなのだろうか。


 男は、どこか含みのある笑みを浮かべると、一瞬物影に隠れる詩桜と視線が合った気がしたが、例のごとく煙と共に姿を消した。


 遥は踵を返すと、ずかずかとした足取りでこちらへ近付いてくる。


 見つかってしまうと焦って、その場から離れようとしたのだがすでに遅かった。


 ばっちりと目が合ってしまったから。


「っ……盗み見? 悪趣味だね」


「ご、ごめんなさい」


「その様子だと、たいして聞こえてなかったみたいだけど、話の内容」


「あの、さっきの人は……」


「詩桜には、関係ないよね」


 遥は、前からどこかそうだった。自分のことはあまり話してくれない。入り込めないところがある。


 でも、詩桜にも人には話せない過去や秘密があったから。そういう関係が居心地よかった。


 けれど……結局それは、上辺だけの関係ということだったのだろうか。


 こんな風に、少し歯車が狂うと壊れてしまう程度の。


「わたし、話がしたくて。星巫女のこととか秘密にしてたから……それで信用してもらえなくなっちゃたのかもしれないけど。でも、わたしは遥ちゃんのこと、大切な友達だって思ってる。この気持ちに、嘘や偽りはないの」


「……ふふ」


 遥は口元を押さえ、上品に微笑んだ。けれどそれが、今日の詩桜には、なぜか氷のように冷たいものに思えた。


「友達、友達って……くどいよ、詩桜」


「ご、ごめん」


「私は別に、詩桜が隠し事ばかりしてたから、距離を置きたいって言ったわけじゃない。お鈍さんには、はっきり言わなきゃ分からないか」


 遥は、ごめんねと微笑みを浮かべた。でも……。


「私は、初めから、詩桜のこと友達なんて思ってなかったの」


「え……」


「友達、友達って言われるたびに、ムカムカしてくる」


 言われた瞬間、詩桜は頭が真っ白になった。

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