第22話 偽りの星巫女

 翌日は、空が厚い雲に覆われ、いつまでたっても布団から出る気のしない天気だった。


 学校に行くのを億劫に思いながらも、詩桜は身支度を済ませ登校した。


「今度は、なんだろう」


 中央棟、二階のホールへ着けば、昨日の記憶を呼び起こす人だかり。


 詩桜の姿を見るなり生徒たちは、ざわざわと道を開け散ってゆく。


『衝撃! 偽りの星巫女』


(な、なんで……)


 そこには昨日同様、出所の分からない張り紙が新たに張り出されていた。


「詩桜、おはよう。また……誰が、こんなことを」


 隣に来た遥の声も届かず詩桜は、張り紙に釘付けになり、呆然と立ち尽くしたまま息を吸うのも忘れ、必死で文面に並ぶ文字に視線を走らせる。



『今から十六年ほど前、この村で一つの予言が発表された。年に一度の星翔祭。その本祭の日にて、この村で生まれた赤子はやがて星巫女となり、この村に再び平和をもたらすだろうと』



 ここまでは、村人の誰もが良く知る予言だった。先代星巫女が任期を終えると、近いうちに新たな乙女が予言により選出されるのが、この村の習わしだから。


 けれど張り紙には、一握りの者しか知らない秘密までもが綴られていた。



『そして同日に生まれるもう一人の赤子は、魔の者を集わせ、闇の化身と成り果てるだろう。


 予言通り、本祭の日。朝、麗らかな日差しに祝福されるようにして生まれた赤子は、清らかな霊力を持ち生まれた。闇夜、月光に見守られ生を受けた赤子には、人並みならぬ霊力の他、凶鬼すらも魅了し惹きつける力が授けられていた。どちらが光の者でどちらが闇の者か、それは一目瞭然のこと。予言には、こうも記されていた。その闇の化身を倒せるのは星巫女のみ。選ばれしものたちは、生まれて七回目の誕生日を過ぎるとその力を開花させると。予言を受け、魔の化身を打ち砕くべく、村ではひっそりと儀式が行われた。朝に生まれた少女に刀を持たせ、夜に生まれし少女を抹殺させようと……』



 もう読まなくても続きになんと書かれているのか、詩桜には予想ができている。


 なぜなら自分は、朝に生まれた星巫女に成り代わった、闇に生まれし偽りの星巫女だから……。


 張り紙と共に張られた幼い詩桜ともう一人、黒髪の愛らしい少女の写真から、詩桜は目を逸らす。自分の目の前で凶鬼に襲われ命を落とした本物の星巫女が、そこには写っていた。


「春宮、またやられちゃったね」


 昨日同様いつのまにか、詩桜の後ろには月嶋の姿があった。


「あのさ……少し、いいかな。二人きりで話さない?」


 いつになく真剣な面持ちの月嶋からの突然の申し出に、もちろん詩桜は戸惑ったし遥も訝しげな顔をしている。


「河合さん、ちょっと春宮借りるね。場所を変えよう」


 遥は心配そうにしていたが、詩桜は「大丈夫」と、そんな遥に目で合図を送り月嶋の背中を追いかけたのだった。






「ここなら、誰にも聞かれず話せるかな」


 東棟の屋上は、今日も人気がなく静かだった。


 そこまで警戒してする話とは、いったいどんなものなのか。緊張してしまう。


 月嶋は言いづらそうになにかを躊躇しているようで、なかなか話を切り出してくれない。


「あの、月嶋くん……お話って?」

「うん……単刀直入に聞くよ!」

「は、はい」


 辺りの空気がピンッと張り詰め、詩桜は息をするのも忘れるほどに緊張を覚える。


「最近、河合さんとは上手くいってる?」

「え?」


 質問の意図がよくわからない。遥とは特に喧嘩もしたことがないし、今日だって例の張り紙のことで、とても心配してくれているようだったが。


「おれの見間違いかもしれないけど……いや、見間違いじゃないな。おれ見ちゃったんだ」


「なにを、ですか?」


「あの張り紙、犯人は……河合さんかもしれない」


 この人は、なにを言い出すのか。怒りも、戸惑いもなく、詩桜はただまさかと思った。


「昨日の今日だからね。おれ、今朝は登校時間のずっと前から、校舎内に張り込もうと思ってさ」


 そうしたら人影を発見したのだという。中央棟二階の掲示板前。誰よりも早く登校していた遥が、ぼうっとその張り紙を眺めている姿を。


「直接、遥ちゃんが記事を貼っている場面を、目撃したわけではないんですよね」


「ああ、一足遅かった」


「なら、遥ちゃんが犯人だなんて、言い切れないと思います」


「おれだって、そう思いたいよ。でもさ、昨日あの張り紙を見つけた河合さんは、春宮の前でそれを破り捨てて見せたよね。キミのことを想っているなら、今朝だってすぐに破り捨ててしまえばよかったはずだ。そうすれば、これほど生徒の目に曝されることもなかった」


 月嶋の言うことはもっともだったが、納得できない部分も多すぎる。


「月嶋くんがその時、遥ちゃんに声を掛けなかったのはなぜですか? 張り紙もほうっておいて、遥ちゃんを捕まえることもなく、わたしにだけそれを伝える意図は?」


「信じてもらえないか……。おれだって、河合さんのこと悪く言いたくないよ。だけど……キミが傷つけられているのを、黙って見過ごすことはできないと思った。でも、表立った手助けもできない。おれは、ただの傍観者だから」


「……どういう意味ですか?」


「キミに命の危険があったら、さすがに助けられるんだけど。おれの独断で判断を下すには、まだ証拠が足りない。だから、今のおれには、気をつけるようにと忠告することぐらいしか」


「待ってください。あなた一体……」


 ただのクラスメイト……じゃない?


「おれが、敵か味方か気になるって顔だね」


「だって……」


「それは、おれも同じ。そして、その答えはキミの正体次第だ」


 真意の掴めない瞳に、詩桜は底知れぬ恐怖すら感じる。


「キミは、偽物か本物か……偽りの星巫女など誰も望んでいないから」


 この人は、もしかしたら張り紙が出る前から、詩桜の正体を知っていたのかもしれない。


「もうすぐ授業が始まっちゃうね。教室へ行こう」


 屋上まで聞こえてきた予鈴を聞いて、月嶋の表情はいつもの笑顔に戻ったが。


「心に止めておいてね、おれの忠告」


 月嶋が耳元で囁いた言葉に、詩桜は戸惑い頷くこともできなかった。

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