第14話 消えない罪悪感

「詩桜。これは、どういう状況だ?」


 聞き慣れた青年の声が聞こえ視線を向けると、保健室入り口のドアに灯真の姿があった。

 その視線に籠る殺気に気付いたのか、謎の吸血鬼も詩桜の首筋から唇を離す。


「……灯真、どうしてここに?」

「気付いたら、お前の姿がなかったから。クラスのやつに聞いて様子を見にきてみれば」


 不機嫌そうに言われた。


「……それは俺のだ」


 殺気立つ灯真の冷視線にたじろぐこともなく、謎の吸血鬼は、ぺろりと口端に付いた詩桜の血を、見せつけるように舐めとり灯真を見遣る。


「ここまで甘美な娘は、初めてだ。たった一口で、こんなに渇きが癒されるとは……飲み干したなら、一体どんな力を手に出来るのだ?」


 噛み痕がついた首筋を指でなぞられ、詩桜は痛みと不快感でいっぱいになった。


「気安く触るな」


 言いながら短刀を取り出した灯真は、白波瀬家の家紋が刻まれる鞘を抜いた。使い手が力を籠めると、普段は短刀に形を変えているそれが、誓い刀という真の形に変化する。


「ほう……守護者か。せっかく甘美な果実に出会えたというのに、興ざめだ」


 ピリッと張り詰めた空気に、このまま戦闘が始まるのかと思ったが。


「今日は、星巫女候補がどんな娘なのか、様子を見に来ただけ。争うつもりはない。今日は、な」


「待て!」


 含みを持たせるような言葉を残し、謎の吸血鬼は煙玉の煙と共に姿を消した。


「チッ、逃がしたか」


 灯真は舌打ちをしながらも、深追いはしなかった。

 だがまだ氷の術は消えていない。月嶋の意識も戻らぬままだ。


(……このままじゃ。月嶋くんが)


 灯真は詩桜を氷から解放するため、こちらに手を差し伸べようとしてきたけれど。


「わたしは大丈夫……だから、月嶋くんを助けて」

「月嶋……って、誰だ?」


 予想外の名前に、珍しくきょとんとした灯真に詩桜が呆れる。


「クラスメイトの月嶋くんだよ!」

「……お前以外の顔と名前は、殆ど覚えてない」

「ひ、ひどい……」

「しょうがないだろ、腹が減りすぎて、お前のことしか考えられないんだ」


 それも偉そうに言うことじゃないと思うのだが。


「お前意外どうでもいい」


 そうは言いながらも、詩桜の頼み事を無視できないのか、灯真は軽やかな刀捌きで月嶋の身体を氷の束縛から解放させた。


 が……月嶋はそのまま地面に落下し、再び、うぅっと呻き声をあげる。

 どうやら息はあるようだが、意識はもちろん戻らない。


「灯真、なにをするの!?」

「言われたとおり、助けてやっただろ。それともお前は、俺に抱きとめることまでしろって言うのか」

「言うよ! もし月嶋くんが怪我でもしたら」

「あいにく……俺は、お前以外抱きとめられない体質なんだ」

「どんな体質ですか!?」


 そんな会話を繰り広げながらも、灯真の刀により詩桜を拘束していた氷も亀裂がはいり、そのまま砕ける。

 解放された詩桜が真っ逆さまに落ちないよう灯真は、先程とは打って変わって、横抱きで受け止めてくれた。


「なにか言う事は?」

「……ありがとうございます」


 なにも出来なかった自分が悔しい。これじゃあ、役立たずのダメ巫女と言われても、仕方ないと自分でも思う。


 もう、そんな風に詩桜を罵る者はいなくなったのに。つねに誰かにそう責められているような罪悪感は、詩桜の中で消えないまま残っていた。






「あれ? なんで、おれがベッドに寝てるんだっけ。確か、春宮の具合が悪くなって……」


 その後、灯真に頼みベッドに運んだ月嶋は、すぐに目を覚ましたが、どうやら記憶があいまいなようだった。


「えっと……わたしを保健室に連れてきてくれた後、急に月嶋くんの具合の方が悪くなってしまって」

「そうだっけ……?」

「そう。念のため、今日は学校帰りに病院へ立ち寄ったほうがいいと思う……」

「????」


 さりげなくそう伝えると、月嶋は不思議そうに首を傾げる。


 見た感じは大丈夫そうだが、意識を失っている間にも、散々なめに遭わせてしまったので心配。とは、さすがに伝えられなかった。

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