第12話 人のいいクラスメイト

 黒装束の男が現れた日の深夜のこと。


「……詩桜」

「ん……どうして……灯真が、わたしの部屋にいるの?」


 昨日も、似たような会話をした気がする。

 灯真が詩桜の顔を上から覗き込んでくる。その表情は、どこか思い詰めているようだった。


 また夜中に詩桜が屋敷を抜け出していないか、確認に来たのかと思ったが。


「お前の身体に他の吸血鬼の噛み跡がないか、確認出来てなかったから」

「えぇっ!?」


(諦めてなかったの!?)


 なんとか彼の気を逸し、この話は終わったものかと思っていたのに……。


「ま、待って、ストップ!!」


 こちらに伸びてきた手を掴み止め、押し問答をしながらも、詩桜は枕元に隠し持っていた退魔の札を取り出そうとしたのだけれど。


「っ!?」


 逆に手首を掴まれ動きを封じられる。


「今日は、ダメだ。逃がさない」


 本気で押さえつけられては、ビクともしなかった。

 困惑する詩桜に構わず、灯真は手首を握る手にきゅっと力を籠める。


「このまま……花嫁の契りを結べば、もう他の吸血鬼に手を付けられる心配はなくなるのに」

「それは……」


 契りとは、やはり吸血鬼の花嫁となったものに、刻印を与える儀式のことだろうか。


 詳しくは知らないけれど、確かくちづけと共に血を飲まされると発動すると、なにかで読んだことがある。


(わたし、このまま吸血鬼の花嫁にされちゃうの?)


「……嫌なのか?」


 灯真が少し身体を起こした。

 無理矢理こんなことをしておいて、なぜ詩桜が怯えているのか分からないといった表情だ。


「当たり前だよ!  いやだし、怖い……」

「…………」


 詩桜が身を竦めると、彼は拘束していた手を解く。


「……お前はまだ俺が触れることを、許してくれないんだな」


 灯真の表情が物憂げに見えたのは、気のせいだろうか。そんな表情を見せられると、自分が意地悪をしている気持ちになってくる。


(こんなことしてきて、悪いのは絶対灯真の方なのに……それとも、吸血鬼にとっては普通のことなの?)


 だが解放されてほっとしたのもつかの間、そのまま彼は、ごろんと詩桜に背を向け布団の隣で横になった。


「え……自分の部屋へ戻ってはくれないの?」

「言っただろ。お前を見張れと、辰秋さんから任されてる。それから、また例の男が襲いに来ないとも言い切れない」


「だからって、隣で寝なくても……」

「…………」


「灯真?」

「…………」


(む、無視されてる? 不貞寝?)


 灯真はそれ以上、声を掛けても返事をしてくれなかった。

 目を閉じムスッといじけた表情を浮かべ無言を貫きつつも、決して詩桜から離れようとはしない。


(もう……一体なんなの)


 詩桜は困ったが、仕方ないと割り切り、彼を刺激しないよう背を向け眠りについたのだった。



◇◇◇◇◇



 次の日。寝不足続きの詩桜は、数学の公式と睨めっこをしながら眠気と戦っていた。

 こくこくと頭を揺らし眠りに落ちそうになるのを、頬をつねり耐え隣を見れば、潔く眠りこけている灯真が視界に入る。


 純血種の彼は、基本夜型だ。そのため昼間は授業中でも平気で寝るくせに、成績はつねに良いらしい。なんだかずるい。


 灯真のせいで寝不足の詩桜も、窓側から差し込む麗らかな日差しに誘われるように、夢の世界へ行ってしまいそうになったのだが、その瞬間、身体を強張らせた。


 なにか胸騒ぎを起こすような気配を感じたから。


 カタ……ガガガッ。


「っっっ!?」

「春宮? なんか、きみの鞄、動いてない?」


 前の席にいた月嶋が異変に気付き、訝しげに視線を向ける詩桜の鞄は、机の横にかけてあるだけなのに、ガタガタと動いている。


「な、なんでもない、です」


 取り繕いながらも、詩桜の表情は引き攣っていた。

 星の羅針盤を鞄に入れ、持ってきていたのだ。なにかの気配を感じた途端、鞄の中のそれが反応しだしたということは、結界関係で異変があった可能性が高い。


「いや、明らかにおかしいって。だって、尋常じゃなく動いてるよ、その鞄」

「それは、あのえっと……具合が思わしくないので、保健室に行かせてください!」


 鞄を抱きしめたまま勢いよく立ち上がった詩桜に、教師が振り向きクラス中が注目した。


「一人で大丈夫か? たしかに、顔色が悪いな」

 教師にも心配されてしまったが、詩桜は一人で大丈夫だと大きく頷く。


「ついていかなくて平気?」

 隣の席の遥が心配そうに声を掛けてくれた。逆側隣の灯真は、こんな時に限って起きない。


 だから遥に、大丈夫だよと頷いて答え、詩桜は鞄を抱きしめたまま、教室を飛び出したのだが。


「途中で倒れたら大変なので、付き添ってきます! おれ、保健委員だし」


 月嶋が詩桜の後を追うように廊下へ出てきた。

 詩桜は、人気のない二階の渡り廊下で、羅針盤を取り出そうとしていた手を慌てて止める。


「春宮、こんなところで蹲って、よっぽど具合が悪いんだな」

「つ、月嶋くん!?」


「途中で倒れないように、保健室まで連れてくよ」

「そ、そんなの困る、じゃなくて……わたし如きのために、貴重な時間を使わせてしまうのは、申し訳ないというか、なんというか」


「おれたちクラスメイトだろ。遠慮しないで、ほら、辛いなら、肩に掴まっていいから」

 そんな爽やかに微笑まれると断りづらい。


「あ、ありがとうございます……」

 詩桜は内心焦りながらも、月嶋の肩を借りるしかなかった。

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