第11話 嫉妬深い吸血鬼

「――い、おい、詩桜」

「うぅ……」

「しっかりしろ」


 聞き慣れた声が聞こえぼんやりと目を開けると、月光を背に顔を覗き込んでいたのは灯真だった。


「帰りが遅いから探しに来てみれば、お前が封陣の間で倒れてたんだ。何事かと思った」

「心配してくれたの?」

「当たり前だろ」

「灯真……」


 誰かに心配なんてしてもらった記憶の乏しい詩桜は、灯真の言葉に少しだけほだされかけたのだけれど。


「お前は俺の大切な果実だ。一滴たりとも無駄な血を流すことはさせない」


「…………」


(そういう心配……)


 詩桜はげんなりして、怪我がないか確認しようとする灯真の手から逃げた。


 お前は俺の唯一の果実だから特別なんだと、何度言われたことか。そんな言葉は嬉しくないし、いずれ自分の守護者になるはずの男に、つねに喰われそうになっているなんて、情けなくて落ち込んでしまう。


「……あ、そんなことよりっ」


 封陣の間を振り返り、蒼水晶に視線を向ける。薄らとだが光を放っている水晶を見て、詩桜は肩を撫でおろした。


「よかった……壊されてはいない」

 恐らく、あの男の力では破壊することまでは出来ず、断念したのだろう。


「なにがあった?」

「突然、知らない男の人に襲われて」

「なっ!? まさか……吸血されたんじゃないだろうな。俺以外の吸血鬼に」

「わたしのことはどうでもよくて、それより蒼水晶が」

「どうでもよくない。一番重要なことだ」

「きゃ!? な、なにっ?」


 灯真は詩桜の首筋に誰かの噛み跡がないか、チェックしているようだった。指先で首筋をなぞられぞわぞわとした詩桜は、思わず変な声が出そうになるのをぐっと堪える。


「ここは大丈夫か。次は二の腕と……そうだ、心臓に近い左胸の辺りも確認させろ」

「な、なにを言ってるの!? 灯真のえっち!!」


 顔を赤くした詩桜は、慌てて胸元を隠し抗議の目で灯真を睨んだのだが、灯真の顔は至って真面目だ。


「意識を失っている間に、吸血されているかもしれないだろ」

「だ、だからって灯真に見せなくても」


 相手が吸血鬼かも不明だし、お風呂に入る時に自分で確認すれば済む話だと思うが。


「もし他の男に噛み跡なんて付けられていたら……直ちに上書きする必要がある」

「ないです、そんな必要ない」

「俺より先に、お前に花嫁の証を刻みでもしていたらっ」


 殺気立った目でじりじりと迫られ、詩桜は青ざめながら後退る。

 だが腕を掴まれ、もう逃げられないのかと絶望しかけた時だった。


「チッ、邪魔が来た」


 誰かが近付いてくる気配を感じたのか、灯真が渋い顔をして詩桜と適度な距離を取る。

 そこに現れたのは、星翔神社の宮司だった。


「これは灯真様と……星巫女候補ですか。なにかありましたかな」


 宮司は、守護者トップである灯真には敬意を払うが、誓い刀にすら選ばれていない詩桜には、いつもあまり良い顔をしない。


「星巫女候補、どうしたのです?」

「あの、わたし……」


 蔑むような視線を向けられ、上手く言葉が出なくなる。そんな詩桜を庇うように、灯真が一歩前へ出た。


「不審者が出た。蒼水晶を狙っていたようだ。警備を付けたほうがいいだろう」

「なんと!?」


 灯真の説明に宮司は慌て、すぐに警備の手配をし見回りを強化すると言った。


 詩桜一人だったなら、こうはならなかったかもしれない。首座である灯真だからこそ、周りの者たちも速やかに動くのだ。詩桜は、なんだか複雑な気持ちになった。


 宮司は灯真に向って一礼すると、警備の手配をするため速やかに本館へと戻って行く。


 これでもう大丈夫なのだろうか。あの男は、一体なにが目的だったのだろう。


 とりあえず今回は大事にならなかったけれど、詩桜は胸騒ぎのようなものを感じ、ぐっと自分の手を握りしめていた。






 日向の屋敷に戻った詩桜は、居間で今日起きた事について、改めて灯真に話した。


 星の羅針盤を確認したところ、先程蒼水晶に衝撃があったことが原因なのか、封印の陣の光は、昨日に増して弱々しいものになっている。完全に消えていないことが、せめてもの救いだ。


「日に日に結界の力が弱まっている気がする」

「最近、妖し風の影響か、凶鬼化の事件も増えているしな」


 羅針盤上に浮かぶこの光が、いつか自分の力不足で消えてしまったらと思うと怖い。


 これも全部、誓い刀さえ使えない出来損ないの自分が、星巫女候補となっているせいなんじゃないだろうかと考えてしまうのだ。


「とりあえず、手を翳して意識を集中させてみるといい」

「え?」

「歴代の星巫女たちは、この羅針盤を駆使して妖し風の流れなどを読み、この地を守ってきたらしい」

「やってみる」


 だが、言われた通り羅針盤の上に両手を翳し、意識を集中させてみるが……なにも起きない。


「まだ力不足か」


 悪気なく呟いた灯真の言葉がグサッと刺さる。

 でも、それに落ち込んでばかりもいられない。


 もしかしたら、最近凶鬼化の事件が増えているのは、今日現れた謎の黒装束の男が糸を引いているのかもしれない。


 だとしたら、どうにかしなくては……封陣が殆ど機能していないこの村には、こうしている今も、妖し風が流れ込んでいるのだから。

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