第9話 力不足な星巫女

 校内にチャイムが鳴り響く。


 午前の授業が終わり、昼休みに突入すると、灯真はすぐに女子に囲まれ身動きが取れなくなっていた。


 いつもの光景である。


 最近では、妖し風の影響で、種族の違う生徒たちに微妙な壁があったりするのに、灯真の親衛隊は別物だった。


 授業中、腹の虫を騒がせていようと、苦情を言うものもいない。そのカリスマ性は、ある意味すごいと詩桜も感心する。


「白波瀬くん。よかったら今度、お弁当作ってくるよ。一番好きな食べ物教えて?」


 そんな親衛隊の質問が、詩桜の耳にも届く。


 その時、人垣の隙間からこちらを見てきた灯真と目があってしまった……気がした。


 詩桜は嫌な予感がして、ゆっくりと視線を逸らすが。


「一番好きなもの……詩桜」


 騒がしかった集団がぴたりと静まり返る。


 詩桜は、勢いよくこちらを向いた女子たちの、刺すような視線が居心地悪くて、今すぐ逃げ出したくなった。


「白波瀬く~ん、そんなことより、和食と洋食どっちが好き?」


 だが、すぐに女子たちは調子を取り戻し、再び注目が灯真に戻ったので、詩桜はとりあえず肩を下ろしたけれど。


「……春宮さんって、白波瀬くんとだけは、妙に馴れ馴れしそうな時あるよね」


 ヒソヒソと、けれどわざとこちらにも聞こえる声で、女子の一人が呟く。


「もしかして大人しいフリして、裏では白波瀬くんのこと狙ってるとか?」


 ある意味狙われているのは、こちらのほうなのに、とんだ濡れ衣だ。


 周りからは、そんな風に見えていたのかと、詩桜は軽いショックを受けた。


 けれど言い返すこともできず俯く。


「詩桜! 今日は天気もいいし、屋上でお昼にしようか」


 明るい声に顔をあげると、遥が笑顔でこちらにやって来た。こんな時、いつも助け舟を出してくれるのは遥なのだ。


 彼女の存在に、詩桜はいつも救われている。


「遥ちゃん、ありがとう」


 だから、いつか自分も役に立ちたい。遥が困った時は、たとえ誰を敵にまわしても、彼女の味方でいるんだと、心の中でこっそり決めている。



◇◇◇◇◇



 放課後になると詩桜は、灯真に絡まれないよう、そそくさと玄関へ向かった。


 一緒に帰ろうと人前で押し問答をして、また噂になったら嫌だ。考えただけで、気分がどんよりしてくる。


「あれ、春宮じゃん。今日は、一人で帰るの?」

「っ、月嶋くん……一人ですけど……」


 後ろには、いつの間にかクラスメイトの月嶋がいて、気配を感じなかった詩桜は驚いた。


「驚かせちゃったかな、ごめん。たださ、最近この村、結界の綻びからあまり治安がよくないだろ。一人じゃ危ないと思って」


「大丈夫、まだ夕方だし」


「でも、いつも河合さんと一緒じゃん? 今日はどうしたの」


「遥ちゃんは、用事があるからって、今日は一緒じゃないんです」


「用事……まさか、男と会ってたり……」


「え?」


「い、いやいや、なんでもない。おれも、早く帰ろっと。春宮も気をつけて帰るんだぞ」


 元気な笑顔を見せ、月嶋は玄関を後にする。それと入れ違うように、数人の女子たちのおしゃべりが耳に入ってきた。


「ねえねえ、今日、お茶して帰ろーよ」


「行きたいけど、最近、妖し風の事件が増えてるでしょ? だから、お母さんに寄り道しちゃだめって言われてるんだよね」


「怖いよね。星翔村は星巫女様の加護があるから、どこよりも安全な村だったはずなのに」


「今の星巫女様に、力がないからって噂だよね」


「星巫女かぁ。今の巫女様って、公の場にも姿を見せた事ないって話だし、存在感ないよね」


「これも噂だけど、ものすご~く不細工だから、人前に出れないんだって」


「あはは、それ私も聞いたことある。守護者様に守られる姫君が、あまりにそれじゃあね」


「守護者といえば。本人に聞いたわけじゃないから、あくまで噂なんだけど、白波瀬君がこの村に来たのは、星巫女を守護する守護者に選ばれたからって話だよ」


「え〜、白波瀬君に守られるとか羨ましすぎ〜」


「実力のない星巫女なんか、白波瀬君に守られる資格ないじゃんね!」


 きゃっきゃと騒ぎながら、話に華を咲かせている女子生徒の会話が、グサグサと詩桜の心を抉る。


 だが仕方ない。様々な事情から、詩桜が星巫女候補だということは伏せられているのだ。さらに候補しかおらず、正式な星巫女は現在不在だという事実も、もちろん住人たちは知らない。


 村人たちの不安を煽らないための配慮だ。


「もっと、がんばらなくちゃ……」


 早く星巫女として覚醒して、村に平穏を取り戻したい。そうすれば、皆に認めてもらえるかもしれない。


 これからもここにいていいと、許してもらえるかもしれない。


 もう身近で、詩桜を偽物だと、責めるものはいなくなった。けれど、まだ星巫女とは名乗れない。

 そんな罪悪感が詩桜の中には消えず燻っている。


 複雑な思いを振り切るように、詩桜は少しでも星巫女らしいことをするため、足早に目的の場所へと向かったのだった。

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