第6話 星巫女不在の現状
『清めの舞い』
夜、人気のない公園で、赤袴と袖をひらひらと揺らし舞う詩桜の姿は、さながら蝶のようだった。
「っ――」
だが、自分の周りにいる凶鬼たちを清め終えた途端、目眩がしてその場に蹲る。
霊力を使い過ぎたせいだ。
「……やっぱり、まだまだ力不足」
村を守るのに、今の自分の力では頼りない自覚がある。
この村も昔は凶鬼など滅多に出ず、もっと平和だったと聞く。こうなっているのはすべて、正式な星巫女不在の、不安定な状態が続いているせいだ。
「グルルルルル」
一瞬の隙を突かれ、新たに寄ってきた凶鬼が、詩桜へ襲い掛かってきた。
「――――っ」
油断した……。
そう思い固く目を瞑ったが、いつまでたっても身体に衝撃や痛みがこない。
ただ、グルルルルと、低い唸り声のような音だけは、まだ聞こえている。
どういうことかと恐る恐る辺りを見渡すと、自分を喰らおうとしていた凶鬼が血を流し倒れていた。
「一人で出歩くな。危なっかしくて見てられない」
「灯真……」
こっそり屋敷を抜け出したつもりだったのに……彼はいつもこうして詩桜を見つけ迎えにくる。
まだ巫女候補でしかない詩桜を守る義務は、ないはずなのに。まるでそれが、自分の役目だというように。
「夜に出歩くなら、一声掛けろって前にも言っただろ」
「…………」
そう言われても、普段灯真と一緒にいると「美味そう」「食いたい」「お前が欲しい」などと心臓に悪い台詞で、迫られることがしばしばあるため、集中して舞う自信がない。
正直色んな意味で、身の危険を感じるのだ。
「聞いてるのか?」
灯真が不満そうな目をしながら、刀を鞘に収める。
その刀は、守護者五家と星巫女に、それぞれ受け継がれてきた『誓い刀』という刀であり、灯真はその刀に選ばれたからこそ、詩桜を護衛する守護者の地位にいる。
それなのに、肝心な自分は……。
詩桜は、星巫女が受け継ぐ刀に、まだ選ばれておらず鞘を抜けない。ゆえに、いつまで経っても、星巫女候補のままなのだ。
(わたしにもっと力があれば、この吸血鬼も救えたのに……)
自分の周りで血を流した吸血鬼が倒れている姿に、詩桜は唇を噛み締めた。
凶鬼と化した吸血鬼は、詩桜の浄化能力がない限り、元に戻ることはない。そのため多くの凶鬼は、こうして退治されてしまう。
「……お前は凶鬼の存在に怯えているくせに、自ら恐怖の存在に襲われるようなことをするから、気が知れない」
「確かに、凶鬼は怖いけど……」
「どんなにお前ががんばろうとも、一人で全てを救うのは無理だ。こういう時のための守護者だろ? もっと頼れ」
そう言われると、何も言い返せない。灯真が来てくれなければ、喰われ死んでいたのは自分のほうだ。
「まだ巫女として覚醒前のお前が、自ら囮になって凶鬼化したモノをおびき寄せるなんて、捨て身すぎるんだ」
「…………」
吸血鬼が凶鬼化すると、人間はもちろん吸血鬼相手でも無差別に襲い、手がつけられないほど凶暴になる。灯真の言うとおり、一人で立ち向かおうとするのは、無謀なことなのかもしれない。
「お前は、俺だけの甘い果実だろ。他の奴に一口でも喰われたりしたら……嫉妬でどうにかなりそうだ」
灯真の目が鋭くなったような気がして、詩桜は青ざめる。
普段はクールなくせに、食料(詩桜)にだけは異様なまでの独占欲だと思う。
「灯真の食料になったつもりはないです……それに、全ては救えなくても、せめて自分にできる精一杯のことはしたいから」
星翔村含め、日ノ本には昔から、妖し風という風が吹く地がある。
その風を強く浴びると、人と吸血鬼の間で生まれた半鬼たちは、凶鬼化してしまうと言われているのだ。
日ノ本に張り巡らされた、五芒星の結界がそれを封じているはずなのだが、星巫女不在の現在、徐々にその力が弱まり、被害が拡大しているのが現状だ。
「わたしにもっと力があれば」
「そんな風に焦らなくていい」
「…………」
こんな時、前の村長がいる頃は、よく役立たずだとか、偽物だと罵られていた。
妖し風の影響が強まっているのも、結界の力が弱まっているのも、全て詩桜のせいだと。
けれど、辰秋もそうだが、灯真は決して詩桜を責めたりはしない。
「今日はもう、妖し風も落ち着いただろ。帰るぞ」
「……うん」
だがこの優しさ全部、彼が詩桜のことを、本物の星巫女だと思っているからなのだとしたら、過去の幻影と詩桜を重ねているのだとしたら、罪悪感で胸が苦しくなってくる。
自分には、そんな優しさを受ける資格がないのに……。
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