第4話 成敗
「爺さま、詩桜をどこへやったんですか!!」
「……魔の化身は、聖なる星巫女に粛清される運命。それがついに実行されるだけじゃ」
「まさかっ……なんて惨いことを考えるんだ、あなたは!!」
日向家に戻って来て早々に、消えた詩桜の居場所を問い詰めてくる孫の辰秋に、義雄は眉を顰める。
「そんなことより、なんで貴様がここにいる。帰りは明日の夜だったはずだ」
「嫌な夢を見たもので。胸騒ぎがして、一日早く帰ってきたんですよ」
「……ふん、くだらぬ理由だ」
「爺さま!! いくらあなたでも、詩桜になにかしたなら、許されない。彼女は、この日ノ本唯一の星巫女だ!!」
「ククッ、わしはなにもしとらんよ。わしはな」
含みのある言い分に、今度は辰秋が眉を顰める。
「……もう、いい。じきにあの方が、詩桜を見つけ連れ帰ってくれるはずだ。そうすれば、真実は白日の下に晒される」
「なんじゃと?」
「今回のことで、俺も覚悟が決まりました。もう、あなたの好き勝手にはさせません」
辰秋の低く冷たい声音に、義雄はなにかを察したのか、渋い顔をして黙り込んだ。
◇◇◇◇◇
意識を失っていた詩桜が目を覚ますと、いつの間にか日向家にある自分の部屋へ運ばれていた。
ここ数日留守にしていた辰秋が、心配そうに隣で顔を覗き込んでくる。
「お、やっとお目覚めか?」
「……わたし」
なにが起きたのか分からず、起き上がってぼんやりとしている詩桜に、悪いが大事な話があるので、すぐに広間に来てほしいと辰秋は言った。
詩桜は黙って頷き、辰秋の後ろに続いて広間へ向かう。
粛清されるはずだった自分が、生きて帰ってきてしまったのだ。村長はひどくお怒りだろうと、心配になる。
それから陽菜たちは、どうなったのか。突如現れた灯真という吸血鬼は、何者なのか。
聞きたい事は山ほどあったけれど、珍しく真面目な面持ちの辰秋を見て、詩桜は声を掛ける事ができなかった。
そうしている間に、広間の前に着いてしまう。すると中から話し声が聞こえてきて……。
「わたくしは、魔の化身である詩桜さんに引き寄せられ、集まってきた凶鬼を、なんとか一人で退治していたんです」
「それは恐ろしい目に遭ったのう。灯真殿、これが現実じゃ。詩桜とは、恐ろしい化け物のような娘」
中では義雄と陽菜が、いかに詩桜は恐ろし存在なのかと、灯真に訴えかけているところだった。
なら粛清対象にされても仕方ない、と言われるのだと思った。
けれど、ずっと黙って話を聞いていた灯真の反応は、詩桜の予想通りではなかった。
「詩桜は、化け物じゃない。この日ノ本で唯一無二の、星巫女となる娘だ。その彼女の命を狙い脅かしたお前たちを、黙って見過ごすことはできない」
「そ、そんな! 唯一無二の新しい星巫女は、わたくしです!!」
呆れ顔の灯真に対し、陽菜は前のめりに訴え続ける。
「だって、村長さんが、わたくしの方が星巫女に相応しいって。代々星巫女を選出してきた日向家の、ご当主様がですよ!!」
「残念だったな、爺さまにそんな権限ないんだよ」
そう言う辰秋に背を押され、詩桜も一緒に広間へ足を踏み入れる。
「どういう意味ですか?」
陽菜は、突然詩桜を連れて現れた辰秋を、訝しそうに見上げた。
「少し調べさせてもらった……高瀬の家から賄賂を貰い、詩桜を暗殺すれば、そこの娘さんに星巫女の座を与えようと、勝手な約束を取り付けてたみたいだが、それは全て爺さまの独断だ。決して日向家や、守護者五家の意向ではなく、許されない卑劣な行い」
「なにを言う!! わしは、日ノ本の今後を案じてだなっ」
「そうです! 暗殺ではなく、魔の化身を粛清しようとしただけでっ」
「星巫女とは、金を積んでなれるものじゃない。第一、そこの女に星巫女が勤まるとでも?」
「わ、わたくしは、高瀬家で随一の霊力を持って生まれてきた娘です!! そこの偽物なんかとはっ」
灯真の言葉に、陽菜は不服そうに声をあげたが。
「お前……本気で詩桜の霊力に、自分が勝ると思っているのか? 先程は、凶鬼を前に、腰を抜かすことしか、していなかったようだが? 呆れるほどの身の程知らずだな」
「っ!!」
今までそんなこと言われたことがなかったのだろう。
陽菜はカッと気色ばみ、自分を身の程知らずと言った灯真ではなく、詩桜を睨みつけてきた。
「なんでっ、こんな根暗な子より、陽菜のほうが華がある! 陽菜のほうが星巫女に相応しいです! 灯真様の隣に並ぶのだって、わたくしのほうがふさわしっ」
「俺が忠誠を誓う星巫女は、この世で詩桜ただ一人と決めている。お前こそ偽物だ。とっとと俺たちの前から消えろ」
「な、なんでっ、なんで……わたくし、灯真様のパートナーになるために、ここまできたのに!!」
「そんなこと知らない。俺は、詩桜を守るためだけに首座になった。もしなにかの間違いで、別の者が星巫女に選ばれたなら、守護者を降りる」
「なっ!?」
(どうして、この吸血鬼は……わたしなんかを庇うの?)
そんなことをしたら……村長に刃向ったりしたら、この人の立場が悪くなるのではないかと思った。
幽閉され狭い世界しか知らなかった詩桜は、それぐらい日向家の村長の権力は、絶対なのだと思っていたのだ。けれど詩桜の心配は杞憂に終わる。
現守護者の首座であり、吸血鬼の中でも力の強い白波瀬家の灯真に刃向えるだけの力など、義雄にはないのだ。そして。
「爺さま、さすがに今回の暴走は見逃せない。あなたには、村長の任も日向家当主の座も降りてもらう」
「なにを言う!! 貴様にそんな権限などっ」
「これは守護者五家の意向だ」
声を荒げた義雄は、けれど灯真にそうぴしゃりと告げられ、言葉を失った。
「長いこと村長を続け、随分好き勝手やっていたようだけど、全部バレたんだよ」
辰秋の呟きに、村長は表情を失い膝をつく。
「そ、そんな……じゃあ、わたくしが星巫女になれるっていう話は?」
その光景を見て、陽菜は呆然としていた。
「そんな話無効に決まってるだろ。それだけじゃない。詩桜に対し、これだけのことをしようとしたんだ。お前の家諸共タダで済むと思うな」
「そんな、そんなっ、わたくしはただ、灯真さまの星巫女になりたかっただけでっ」
自分は悪くないと、縋り泣きながら許しを請う陽菜を、灯真は冷めた目で一瞥するだけだった。
(どういうこと? わたしが粛清されるんじゃ、なかったの?)
詩桜は訳が分からないまま、この状況にただただ困惑していた。
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