第2部 夜の闇に愛は燃え、昼の光に恋は煌めく
1
夜明け前、ジュリモネアがふと目を覚ます。寝室のドアが静かに閉められたのを感じる。キャティーレがジュリモネアを起こさないよう、そっと部屋を出て行った。
今日も『おはよう』と言えなかった。朝の目ざめに見交わして微笑みあう……そんな
ジュリモネアの寝室にキャティーレが通うようになって四回目の夜がもうすぐ明ける。でも、まだ太陽は顔を出していない。もう少し眠っておこう。ジュリモネアが目を閉じる――今日はキャティーレとの婚姻式だ。
朝食を食べながらネルロがやたらと目を擦り、
夜はジュリモネアの部屋で過ごすとキャティーレが言い出した時、リザイデンツは猛反対した。だがキャティーレは『夜明け前には自室に戻る、それで問題はないはずだ』と聞く耳を持たなかった。
ジュリモネアの寝室でネルロに変わってしまったら誤魔化しようがなくなる。ジュリモネアの部屋から出るには控室と控えの
必ず夜明け前には
「そんなに眠いのなら、さっさとお召し上がりになってお休みになられたらいかがですか?」
「フン! よく言うよ。おまえが無理やり起こしたんじゃないか」
「昨日、起きてきたと思ったら、いきなり『こんなに遅くまで寝ていたら、やりたいことをする時間が無くなる。朝食の時刻には起こせ』とお怒りになったのはネルロさまです」
「キャティーレのヤツ、ほとんど寝てないだろう? なにやってんだ? 魔獣退治に出掛けているようでもないのに」
それにリザイデンツは答えられない。ジュリモネアの寝室でキャティーレが寝ないでしていることなんて、一つしか思い浮かばない。でもそれをネルロに言えば、また面倒なことになる。でも、それはネルロだって判っているんじゃないのか?
「腰の痛みは治まりましたか?」
五日前、ジュリモネアが好きでたまらないと泣きじゃくりながら、ネルロは腰の痛みを訴えていた。
「あ? あんなの一日で治った」
オムレツを口に運びながらネルロが詰まらなさそうな顔で答える。
「腰痛の理由は判ったのでしょうか?」
「さぁな。キャティーレに訊いてみたか?」
「……これと言って覚えがないと仰っていました」
どうやらネルロにはキャティーレの行動が掴めていないらしい。
ジュリモネアの部屋で過ごすと言い出したキャティーレは
『アイツがジュリモネアの肌を見たと思うと
と怒りを見せた。
『初日は油断したが、もう二度とこんな失態をするものか』
キャティーレとネルロの意識はどこかでリンクしている。互いに相手の見たこと聞いたことしたことを承知していることも多い。だからキャティーレが見れば、ネルロも目にするのではと、その時は思った。だが、どうもそうではないらしい。
ネルロにはキャティーレとジュリモネアが愛し合っている時の記憶がまったくないようだ。だからベッドにジュリモネアが居たことに驚き、ジュリモネアの噛み痕を見てキャティーレの仕業と察したものの、ただ嚙んだだけだと考えているのではないか?
そう言えば、女神の部屋の庭先で見つけた時、気持ちを繋げるためだけに『愛の呪縛』を施そうとしていたと言っていた。キャティーレもそうしただけで、まだ結ばれていない。それは聖堂で婚姻の宣誓をしてから、そうネルロは考えているのではないか?
リザイデンツが苦笑する。もしそうだとしても、今さらどうでもいいことだ。むしろネルロにはそう思っていて貰ったほうがいい。ネルロには婚姻式が決まったと報せていない。リザイデンツから聞いて召使たちは、ネルロが婚姻式にも晩餐会にも出席しないと知ってる。遠慮して、ネルロ相手にキャティーレの結婚を話題にしたりしなかった。だからネルロはまだ知らない……キャティーレとジュリモネアの婚姻式は今夜だ。
ジュリモネアの様子を見に行ったリザイデンツにナミレチカが
「ダンコム伯爵がまだお
青い顔で言う。
「どうしましょう? 婚姻式に間に合わないわ」
「ご心配には及びません。伯爵はちゃんと間に合いますよ」
なにを慌てることがある? 婚姻式は夜、まだまだ充分時間はある――ネルロがベッドに潜り込むのを見届けて、女神の部屋に来たリザイデンツだ。
「なに言ってるの? うかうかしてたら夜になっちゃうわ」
ここでリザイデンツが思い出す。そうだ、婚姻式の開始時刻を言ってなかった……
「えぇと…言い忘れておりました。婚姻式は夜になります。ですので、昼食も召し上がるわけですから、お着替えは夕刻になさってください」
「えぇ?」
ジュリモネアは花嫁衣装に着替えるべく、バスで身を清めているらしい。随分と気の早いと思ったが、つまりは婚姻式は昼間だと思ってのことだったのだ。
「夜に婚姻式? あまり聞かないわ。ドルクルト侯爵家ではそうなの?」
「いいえ、そんなことはございませんよ――ダンコム伯爵のご都合です。夕刻までには到着するので、すぐ婚姻式をして欲しいと仰いました」
「せっかくいらっしゃるんだから、到着翌日に婚姻式にすればよかったのでは?」
「込み入った案件に取り掛かられているのでお時間がないそうです――婚姻式を終えたら晩餐会、さすがに今夜はご一泊なさって、明日の早朝にはお帰りになります」
「そうなのね……」
だったらその案件が落ち着いてからにすればいいのでは? そう思ったナミレチカだが言うのはやめた。
ジュリモネアはキャティーレと深い仲になってしまった。もう五日も一緒に夜を過ごしている。それなのに『ネルロ……』と呟き涙ぐんでいる時がある。
ネルロと会っている様子はない。だけどこうなったら、さっさとキャティーレと結婚してしまったほうがいいに決まってる。きっとジュリモネアも思い切るはずだ……
しかし、夜なのならじっくりお支度する時間が取れる。ジュリモネアさまの美しさになお一層磨きをかける余裕も生まれる。婚姻式でジュリモネアの髪を飾るティアラを眺めてナミレチカが思う。考えていたヘアメイクを少し変更しようかしら?
今夜、キャティーレとジュリモネアは結婚する――
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