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 部屋に入ると勝手にあちこち見て回るジュリモネア、キャティーレはソファに腰を下ろしジュリモネアを眺めていた。


「入ってすぐに居間なのね――わたしが借りている部屋みたいに控室とかは?」

「この部屋にはない」

「リザイデンツはどこに控えているのかしら?」

「わたしが留守の時は勝手に入ってソファーで寛いでる。居ても、何も仕事がなければソファーで寛いでいる。休憩所と間違えているかもしれない」

「エングニスやナミレチカみたいに控室に付属した寝室があるのかと思ってた」

「リザイデンツは執事長として一部屋ちゃんと与えられている」

「あぁ、そっか、家族と一緒ね?」

「リザイデンツは独身。親は既に二人とも天に召され、兄弟はナシ」

「それじゃあ、ドアをノックすると出てくるのはキャティーレさま?」

「リザイデンツが居なければ。だけど面倒なので出たことはない」


 広い居間にはいくつものドアがある。女神の部屋の奥の居間にあるドアは出入口のほかは寝室のドアしかない。サンルームもキッチンもアーチ壁でドアはない。でも、サンルームから庭に出るドアもドアと言えばドアか。


 ジュリモネア、ドアの向こうがなにかが気になってはいるが、勝手に開けるのはめらわれる。


「ねぇ、このドアの向こうは?」

「書斎」

「こっちは?」

「書庫」

「ここは?」

「第二書庫」

「それなら、向こうは?」

「第三書庫」

むっとジュリモネアが立ち止まる。そしてクルッと振り向くと『コイツ、適当に答えてるだろう』と言わんばかりの疑いのまなこでキャティーレを見て言った。

「本当に?」


 すると気まずげにジュリモネアから目を逸らしたキャティーレが言った。

「本当と言えば本当。だが、正確に言うと少し違う」


「少し?」

「書斎と書庫はもともとそうだった。でも第二書庫はティールーム、第三書庫は温室だった」

「それがどうして書庫に?」

「図書室から本を持ち込んだ」

「図書室って?」

「屋敷の北端。蔵書庫を兼ねていて、ドルクルト侯爵家の蔵書がほぼ納めてある。内部に階段があって三階まで書架が並んでる」


「ほぼってことは、第二書庫と第三書庫の本は、本来そこにあるはずのもの?」

「その通りだ。どうして判った?」

「それくらい、誰でも判るわよ……なんで図書室に戻さないの?」

「面倒だから」


「だったら、召使にやって貰ったら?」

「リザイデンツと両親以外、この部屋に入れたことない。ジュリモネアが初めてだ」

「本当に?」


「この部屋を使うようになったのは十歳から。掃除はリザイデンツがしてるし、他には……」

ここで少しキャティーレが考えた。

「くそっ! アイツがいる」

いきなり怒りを見せたキャティーレにジュリモネアが少しビビる。

「アイツって? 怒ってるよね、なんだか怖いわ」


 ハッとジュリモネアを見たキャティーレ、すぐに目を逸らしたが、

「いや……勝手に入ってくるから腹立たしくて」

こっちは急に気弱になった。


「キャティーレさまの部屋に勝手に? あ……それってネルロ?」

ジュリモネアの指摘、キャティーレは怒りが蘇ったのか、憎々しげに言った。

「あぁ、アイツはわたしの許しもなく出てくる。第二書庫、第三書庫に本を持ち込んだのもネルロだ。で、すぐに置きっぱなしにする。しかもリザイデンツが片付けると猛烈な勢いで怒る。リザイデンツも諦めて片付けない」


 と、ジュリモネアが不思議そうな顔をする。

「出てくる?」

つい本音を口にしたキャティーレ、本音というより本当のことか、サッと顔色を変えるがジュリモネアは、

「オバケみたいね」

とクスッと笑った。キャティーレの『出てくる』の真意が伝わるはずもない。キャティーレがホッとする。


「アイツと……ネルロと仲がいいのか?」

「仲がいいってわけじゃないわ。ベッタン村で会って、コンチク村の牧草地で見つけてくれて、このお屋敷の女神の部屋の前の庭に花を植えてくれて、イチゴの温室に連れて行ったくれた。その四回じゃ、仲良くなる暇はないよね」


「晩餐、魔獣退治、花束、マーマレード、昨夜と今夜――わたしとは六回。仲良くなれたか?」

本当は牧草地で踊り、庭でも踊った。だから八回と言いたいが、言っても奇妙がられそうで言えない。


「わたしとキャティーレさまがってこと? そうね、仲良くなれる気がするし、仲良くなりたいわ――ねぇ、それより、どこで絵を描いているの?」

どうやらジュリモネア、アトリエを探してウロウロしていたらしい。


「アトリエはもともとサンルーム。だけど改装して日光が入らないようにした。絵の具の匂いが籠らないよう、窓は鎧戸よろいどに変えたから通気性は抜群」

「そうなんだ? で、そのアトリエはどこに? 描きかけの絵があるなら、見せて貰っちゃダメ?」

するとなぜかキャティーレの頬が赤くなる。


「いや、構わない。こないだ描き終えたばかりの絵がある。ジュリモネアに見せるつもりでいた」

「わたしに? 嬉しいわ。早く見せて」

ところがキャティーレ、ますます顔を赤くして考え込んでしまった。なにか迷っているようだ。そして意を決したように立ち上がった。


 立ち上がったキャティーレが

「ジュリモネア」

真っ直ぐジュリモネアを見詰め近付いてくる。


 まともに正面からキャティーレに見られるのは初めてのジュリモネア、様子の怪しさに怖じ気づくが、

(なんて綺麗な瞳なの?)

自分を見つめるキャティーレから目を離せなくなった。キャティーレはどんどん近づいて来る。そして身体が触れそうな近さで止まった。


「ジュリモネアはわたしが好きか?」

「えっ?」

心持ち見上げるような形でジュリモネアもキャティーレを見詰めている。キャティーレは怖いくらいに真剣だ。


「ジュリモネアはわたしを愛せるか?」

あなたはどうなの、キャティーレ……そう言いたいが言えない。質問に質問で返せば怒らせそうな雰囲気、でも、なんて答えればいい?


「はい、好きです。愛せます」

この状況ではこう答えるしかない。好きかどうかはよく判らない。愛せるかどうかはもっと判らない。そもそも愛がなんなのかよく判らない。でも、どうせ婚約は破棄できない。婚姻式ではどのみち愛を誓う。だったら、この際もういいや。嫌われないようにするのが賢い。


 ジュリモネアの脳裏に一瞬ネルロの面影が蘇る。もしも婚約破棄できたとしても、キャティーレの従弟と一緒になるわけにはいかないし……ジュリモネアが諦める。それにしても、今、思い浮かべたのはネルロの顔よね? 目の前にいるキャティーレとどこが違うのかよく判らない。あぁ、そうか、髪の色が違うんだった。


 答えてからもキャティーレはジッとジュリモネアを見詰めていた。が、

「それならついてこい」

くるりと後ろを向いた。向かったのは居間の一番奥のドア、開け放たれたドアの奥には見えているのは多分ベッドだ。


「どうした? 来ないのか?」

ドアを抑えてキャティーレがジュリモネアを見る。


 そう言えばリザイデンツはどこに居るの? 今さらリザイデンツ不在に気付いたジュリモネアだ。

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