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 世を去ってしまったならともかく、絵に描かれた相手に話しかけるなんて、どうしてそんなことを思いついたりできるのだろう? あるいは遠く離れた地に居るのならまだ理解できる。同じ館に住んでいるのだから、直接話せばいいだろうに。この二人は、相手が絵の中の自分に話しかけているところを目の当たりにしても平気でいられるのだろうか?――薄気味の悪さしか感じないリザイデンツだ。


 だが、そんなことを言えるはずもない。本人同士がそれでいいなら口出しすることではない。


 少し驚いたキャティーレが、

「わたしの絵にジュリモネアが話しかける?」

奇妙なものを見るような目でジュリモネアを見た。

「絵は返事をしない。むなしくないのか?」

おい、キャティーレ、おまえがそれを言うか!? 思わずキャティーレを見るリザイデンツ、ジュリモネアがぽかんと口を開ける。言葉を失してしまったか?


「えっと……キャティーレさまは、なんでわたしの絵を描きたいと思われたんでしたっけ?」

「部屋に置いておけば、いつでもジュリモネアに話しかけられると思ったからだ」

「わたしも同じように、キャティーレさまにいつでも話しかけたいと思ったのですけれど?」

「いや、断る」

「なんで?」

「絵に描かれた自分に話しかけるジュリモネアを想像したら背筋が冷えた」

「はぁ?」


 いやいやいや、キャティーレ、その気持ち、判らなくはありませんが、自分は良くてもジュリモネアはダメって、ちょっと勝手すぎやしませんか? ここはいっそ、絵を描かれることを断ってしまいなさい、ジュリモネア!


 リザイデンツの心の叫び、だがジュリモネアには届かなかったようだ。

「そっか。なら仕方ないわね――わたしの絵はいつ描くの?」

おいおい、おいっ! なんで断らない?


「気が向いた時に描く」

「じゃあ、わたしはいつ行けばいいの?」

「わたしの部屋なら、食事が済んだら行こう」

「そうじゃなくて。わたしを見ながら描くのでしょう?」

「誰がそんなことを言った?」


 ムッと押し黙ったジュリモネア、いくぶん目を細めてキャティーレを見ている。これはきっと怒っている……?


「本当は、わたしを描く気なんかないんでしょう?」

怒りの籠ったジュリモネアの声、

「描く気がないなら最初から話題にする必要はない」

キャティーレの答えはもっともだ。


「じゃあ、なに? 実物を見ないで描くの?」

「あぁ……見なくても描けるし、見ないで描く」

「わたしの顔を隅々まで覚えてるってこと?」

ソッポを向いていたキャティーレがチラッとジュリモネアを見て、

「今、隅々まで覚えた」

いい加減なことを言う。


 再びジュリモネア、ムッと押し黙る。少し考えているようだ。


 それにしても、さっきまでいい雰囲気だったのに……リザイデンツが溜息を吐く。このままではどんどんこじれていきそうだ。ここはキャティーレに助け舟を出したほうがよさそうだ。でも、どうすればいい?


 リザイデンツが策を考えているうちに、ジュリモネアがハッとして叫んだ。

「キャティーレさま、まさか!?」

怒りにおびえが加わっている。

「まさか、想像してわたしの……裸を描くつもり?」


 横を向いたままのキャティーレが

「裸?」

と呟く。そして一瞬固まった。が、

「なんだって!?」

勢いよく立ち上がり、テーブルに手をついてジュリモネアを見た。これほど取り乱したキャティーレも珍しい。


 弾みで椅子が倒れ、テーブルのグラスも倒れ、ショックで倒れそうなほど蒼褪めたキャティーレが開けた口をアワアワと震わせた。すかさずリザイデンツが前に出て、倒れたグラスを下げ、零れたワインを拭き、替わりのグラスをテーブルにおいてワインを注いだ。その間、口をアワアワさせたままのキャティーレ、ジュリモネアはそんなキャティーレを睨みつけていた。


 元の位置に戻ったリザイデンツが思い出したように倒れた椅子を立たせると、やっとキャティーレが腰を下ろした。そしてまたも横を向く。

「それは裸婦ってことだな。さすがにモデルなしでは描けない。記憶にないものは無理だ」

いつも通りのキャティーレの口調に戻っている。


 ジュリモネアの疑わしげな眼、

「それじゃあ、描き終わったら見せてくださる?」

キャティーレはあっさりと、

「それは構わない。だが、わたしの部屋に来るときは事前予約を」

と答えた。


 事前予約? きっと他に言葉が思い浮かばなかったのだろうとリザイデンツが思う。いつも通りに見えているが、キャティーレの動揺は納まりきっていないらしい。


「予約すれば昼間でもいいの?」

「昼間は仕事で忙しいから、夜間専用」

と、ここでキャティーレが首を捻る。

「事前予約……夜間専用? なんだかしっくりこない――どうせ夜は毎日食事を共にする。だったらそのあと来ればいい」

「それもそうね」

ジュリモネアはすっかり機嫌を直したようだ。このご令嬢の単純さはある意味救いだな、とリザイデンツがこっそり笑う。


 そのあとはジュリモネアが一人で勝手にいろいろ喋り、コロコロ笑い、モリモリ食べるのをチラチラと盗み見るキャティーレ、きっとジュリモネアの半分ほどしか食べていない。それでもなぜか、二人同時に食事を終えた。


「明日の朝ごはんのデザートはイチゴらしいわよ」

ジュリモネアの何気ない一言に、一瞬ムッとしたキャティーレ、イチゴは嫌いとか、朝は食べないとか言って、またジュリモネアと言い争いにならないかとリザイデンツが気を揉むが、キャティーレは

「そうなんだ?――それより何か持ってこさせるか? 朝食を気にするなんて、足りないからだろう? 遠慮してはいけない」

とジュリモネアを見ずに言っただけだ。


「ううん、お腹いっぱい。それより早くキャティーレさまの部屋に連れて行ってくださいな」

ジュリモネアの笑顔をチラリと見たキャティーレが照れたように笑んでから

「それじゃあ、行こう」

と、立ち上がった。

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