28  §21§の小箱

 §12の月ディケム21日§


  ――体重が増えた気がする。

 魔女はあてがわれた薔薇色花色薔薇柄花柄ばらいろはないろばらがらはながらの客用部屋で、全身鏡に己の姿を映していた。

 城に来てからというもの、普段お目にかかれないような洒落た料理や菓子に、ついつい手を伸ばしてしまった。

 城の食事メニューときたら、確実に糖分と脂質が多い。

 このままでは、肝臓を肥大させたガチョウになりかねない。早くボッチノ森の自分の家に戻った方がよい。

 そう思うのだが降誕の日まで、魔女は城に留め置かれる。

 王子にアドベントカレンダーの§24§の小箱を奪われたままだから。


「はい。カワイイ」

 魔女の白いブラウスの襟元のリボンをきれいに結んで、女官は満足げだった。

 今日の衣裳には魔女も不満はない。

 しつこく「ロリータより、シンプルなのがっ好っき~」と魔女が言い続けたかいあって、ようやく希望に近いドレスとなった。

「女子の御要望に応えることも女官の務めですもの」


 質のよい中厚の暗めの生地で仕立てたドレスは、スカート部分はタックを取ることでボリュームは抑えつつ足さばきをよくしてある。リボンは襟元にひとつだけ。

「お似合いですよぅ。第2王子さまも惚れ直すことでしょう」


 鏡の中の魔女は森の魔女というより、修道院管轄の女子学院の女生徒っぽくなっていた。

「肯定オバケ」

 魔女は女官に顔をしかめてみせた。女官は、女子をその気にさせる、その道ウン十年のベテラン女官である。その言葉に乗せられてはいけない。


「では第2王子に会って来る」

 しっかりと乗せられてはいる。

「んまぁ」

 女官は鼻血でも出そうなのか、顔を上向きにして鼻声になった。

「ヌイサン(未確認動物ウニデンティフィエドゥ アルカヌム アニマル=UMAのぬいぐるみ)が気になるから」

 魔女は、ちゃんと言い訳した。


 昨日、当然のようにヌイサンは王子について行った。

 あのぬいぐるみが1日限りの幻影なら、この21日になる真夜中までに姿を消したことだろう。

 うまやのように残留する可能性もあるから、たしかめておきたかった。


 寝台の枕元に置いていた布包みを、魔女は手繰り寄せた。中は、アドベントカレンダーの小箱3個である。ずいぶんと布包みも軽く小さくなったものだ。

 もう一度、布包みの真結びを締め直して、魔女は背嚢はいのうのように布包みを背負った。

「行ってきます」


 

 しかし20分もたたないうちに魔女は後悔した。

 城の中で迷子になったのである。

 一度、第1王子と第2王子の部屋へは侵入した実績があるし、道筋を思い出しながら行けば行けると安請け合いしたものだ。

 魔女の方向音痴は、すべてを凌駕りょうがした。

 城が広すぎるのも原因だった。増築に増築を繰り返した跡があった。不穏な過去の時代、敵の侵入を防ぐためか、やたらめったら通路が入り組んでいた。


 そして、魔女は人見知りだった。「あのすいません。第2王子のところへ行くにはどちらの通路を行けばよいのでしょうか」、こんな簡単な質問を発することができなない。

 なくてもよいプライドもあった。「へぇ、この人、迷子になったんだ」と思われたくなかった。

 さも、行き先が定まっているように歩いていた。

 結果、何かわからない場所に到達した。


 陽光の差す小さな中庭に出た。

 

 中庭の真ん中には小さな円形の石の台座が設えてあり、円錐形のくぼみの底から、ぽこぽこと水が湧き出ていた。あふれた水は、どこかへ行く仕組みのようだ。

 石の縁ぐるりには古語が刻んであった。魔女は文字を読み取った。

「願……いの、泉。……願い、ひとつにつき、ひとつ差し出す、こと」


 魔女は師匠から聞いた東の国の話を思い出した。

 あげたものひとつが、どんどん良きものに代わっていくのだという。


 ここは1回勝負のようだ。願いひとつに、何かをひとつ。

「私の真心とか?」

 魔女は平たい心臓の前で、両手の親指と人刺し指(魔女用語)でもってハートを作って即、言ってみた。

Nan Dear Nenなんでやねん!」

 ひとりノリツッコミというものである。この間見た、ケンちゃんとお姉さんの漫談のパクリである。


 ふと見ると、泉の石の縁には石碑が立てられていて、現代語の説明が刻んであった。

『――願いと等価交換する品は、形あるものでお願いします。〈真心〉とかは、マジなしで。食品は賞味期限内の物をお願いします。子供服は名前を記名していない物、3年以内のご購入である物、王室御用達ブランドですと、より高評価されます』云々うんぬん

 しっかり、〈真心〉はなしでと書かれていて、魔女は赤面した。


 魔女は自分が差し出せるものを考えた。

 あるには、ある。背中にしょったアドベントカレンダーの今日開ける分。§21§の小箱だ。

 王子といっしょに開けるつもりだったが、この泉に差し出した方が絶対いい物が返ってきそう。こんなチャンスを見逃せるわけがない。


 魔女は背中にしょった布包みから、§21§と金色で刻印した藁色わらいろの小箱を取り出し泉に、ぽーんと投げ入れた。

(あ、しまった)

 願い事をするのを忘れた。


 小さな泉の中で、藁色わらいろの小箱は一瞬にして微細な泡となった。消えてしまうのかと思ったら、どんどんどんどん泡が広がってくる。しまいには、円盤形の泉の縁からあふれ出さんばかりになり、魔女は焦った。


 しゅぽぽん。

 そんな軽快な音とともに、泡が魔女の目の高さまで立ち上った。

 そして、泡がしゃべった。

『何のお願いもせず供物を捧げたはおまんお前がはじめてじゃ。わしゃ感動した』

 泡が感極まっている。

「あっ、え~と」

 魔女はうっかりしただけと言えず、もじもじした。


『何よりおまんお前がくれたは旬の贈りものじゃ。気が利いとる』

「気にいっていただけて何よりです」

 中身、何が入っていたんだろ。魔女は思い出せなかった。とりあえず、旬のものだったらしい。


『では、わしからのお返しじゃ。〈きたる年が良い年になりますように。願い事が叶うわくわく詰め合わせセット福袋〉じゃ』

 この泉にいるのは、土地に根付く八百万やおよろずの神寄りの精霊のようだ。人間たちの後付けの降誕の神より前の精霊の類。どうりで泉からシンパシーを感じる。魔女も原初の精霊からはじまる能力者なのだ。

「もしかして、明日も藁色わらいろの小箱を泉に投げ入れたら、お返しいただけます?」

 魔女によこしまな考えが浮かんだ。


『これこれ。福袋はひとりにひとつじゃよ』

 泉の精霊は、孫に言い聞かせるおじいちゃんのような口調で魔女をたしなめた。


(じゃ、明日、王子か女官、連れて来て、藁色の小箱を投げ入れさせればいいんじゃ)

 魔女は悪知恵を働かせた。


「明日、また来ます」

 にっこり笑って、泉のある中庭をあとにした。


 しかし、魔女は二度と、この場所に来ることができなかった。

 方向音痴だったからだ。

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魔女と王子の冬休み〈改稿版〉 ミコト楚良 @mm_sora_mm

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