27  互いの名

 中庭では合唱の練習がはじまった。

 風にのって聖歌が聞こえて来た。


  ――オ スァクルム コンウィウィウム!

    (おお、聖なる饗宴よ!)

    イン クゥォ クリストゥス スミトゥル

    (我らが神を拝領する聖餐せいさんよ)


「魔女」

 演目の切れ目に魔女は崩れやすい大きめの焼き菓子に食いついた。王子がしかめ面でナプキンを差し出してきて、魔女の口元の菓子くずを拭いた。

 魔女は焼き菓子を咀嚼する間、王子の青い目を見つめていた。特に意味はなく、王子も魔女の目を見つめた。

「――だから名前を知らないと不便だ。寝グセ魔女」

 さっき、王子はそれを言いたかった。


 口の中の焼き菓子を咀嚼そしゃくし終わってから、魔女も同意した。

「クセっ毛です、王子。わたしも王子の名を知らないのは不便だと思っていました。お名前を教えてください」 

 

「お前が先に言え。序列的に」

 魔女の方が王子より下位だ。それには納得して魔女は深呼吸すると一息に名乗った。

「オムニア・ウェルトゥントゥル・ケルテー・ウェルトゥントゥル・アモーレース。ギルド登録の呼称は、〈クセっ毛の黒髪魔女〉です」


 魔女の名を口にすると呪われるという都市伝説がある。

 未だ信じているやからもいる。

 魔女自身も己の名を知られることは基本、疎ましい。

 だから魔女は、通り名を名乗る。

 

 王子は、その目をひん剥いた。

「 長いっ。そのうえ、『万物は流転する。たしかに愛は流転する』。有名な詩の一節じゃないか」


「私を育ててくれた魔女孤児院の名付けって、格言とか詩の本をパッと開いて、そこにある語句をそのまま赤ん坊の名前にしていたのです」

「合理的というか手抜きだな」

「名前が長いと呪いにかかりにくいという利点があります」

「呪われるのか」

「魔女ですからねぇ。魔女同士でも嫉妬とかありますし。さて、今度は王子の番ですよ。お名前をお聞かせください」


「私の名は」

 王子も深呼吸した。

「ユスティティア」


「……それだけ?」

 身構えていた魔女は拍子抜けした。


「セクンドゥス・フィーリウス・ウィルトゥースと続くだけだから」

「ウィルトゥース王の2番めの息子セクンドゥス・フィーリウスという意味ですね」

「おまえの名に比べたら何のひねりもない」

「名前に、ひねりとか必要ないです。じゃ、ユスティティアさまとお呼びしましょう」

さま敬称はいらない」

「呼び捨てっ? 畏れ多い」

 魔女は驚いた。この王子なら、「さま、さま、さま」言わないと怒るイメージだった。

「さんざん今まで王子、王子って呼び捨てにしてなかったか?」

「王子は、王子自体が尊称でしょ?」

「ユスとかユッティとかティティとかティアとか、考えれば、いろいろ私の呼び方はある」

「……どれもしっくり来ません。じゃあ、王子はわたしのこと、なんて呼ぶおつもりなのですか?」

「……。すまん。もう1回、名前を言ってくれ」

「オムニア・ウェルトゥントゥル・ケルテー・ウェルトゥントゥル・アモーレース」

 即座に王子は答えた。

「トントンだな」


「悪意しか感じません」



 さて、芸人控室に戻って来た、ケンちゃん(人形)とお姉さんは、これから審査を受ける芸人に質問攻めにされた。

「どうだった? ――あぁ、次のチャンスがあるさ」

 首を横に振ったお姉さんに、エールが送られる。


「でも、内輪の打ち上げには来ていいってっ」

 お姉さんの報告に芸人たちから、「よかったな~」の声が上がる。

「もしかして、毛がふっさふさの審査員が口添えしてくれたのかな。あの人、はじめて見かける審査員だった。もしかして、すごく有名な人? インフルエンサー王家に影響力のある人物なのかな?」


「きっとそうだよっ」

 芸人たちは、ざわざわしはじめた。

あの人ふっさふさの目に留まれば、スターダムにのし上がるのも夢じゃないっ」


 大いに身内で盛り上がった。

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