26  妥協

 王子と魔女は、城の外輪部に近い棟へと向かって歩いていた。


「ヌイサンのこと、誰も見咎みとがめないですね」

 魔女は銀毛ぬいぐるみのヌイサン=未確認動物UMAが、腕を思い切り伸ばしたほどの距離で王子の後ろをついて行き、王子の動作を寸分たがわず再現するのが、おかしくてしかたなかった。


「たぶん、道化が中に入っているとでも思われているのだろう」

 王子はヌイサンのことを完全無視し、直視しない。


 降誕の月の城というのは、賑やかなものらしい。

 魔女の視界に入る庭で二人組が漫談をしていたり、何人かが一輪車でもって噴水の周りを、ぐるぐると練習していたりした。


「24日の降誕前夜祭の饗宴スァクルム コンウィウィウムで披露する余興に、道化師、漫才師、即興詩人、楽師、踊り手が集まっている」


「4日後ですか。それは楽しみ」

 魔女は、ちょっと浮き浮きしてきた。静かな冬休みを切望していたのに我ながら勝手なものだ。


(いや、魔女とは本来、勝手なもの)


「アドベントカレンダーの小箱は、あと4つか」

 先を歩く王子が、ぼそりとつぶやいた。

「そうですね。長いようでしたが割と、あっと言う間」


「この降誕祭が終わったら、森へ帰るのか」

「そうですね。森が雪に閉ざされる前に」

「……」

 王子が考え込む仕草をした。そばで、ヌイサンも同じ仕草をする。魔女は吹き出す寸前を両手で口を押えて耐えた。

「魔女――」


「あっ、王子、ここにいらしたんですね」

 近習だろうか、男が近寄って来たので王子の言葉は途切れた。

「余興の予選会がはじまります。どうかお席へお戻りください」


「わかっている。魔女も来い」

 王子の顔つきが仕事仕様に切り替わった。



 饗宴スァクルム コンウィウィウム、略してSCは交流のある異国の来賓を招いた式典でもある、と魔女は短く説明を受けた。

 各国の風習を照らし合わせて非礼がないように、余興は入念なチェックが必須である。


 芸人にとっては、このSCに演者として選ばれることは名誉であった。

 実際、いちばん喝采をあびた芸人は、金貨一袋を王家から贈られる。そして、次の年のSCおよび、小規模な宴会におけるシード芸人としてエントリーされる。

 そういう旨味うまみのある行事であるので、国の内外から芸人が押し寄せる一大イベントとなっているという。

 第2王子である王子は、そのイベントの総括を任されている。


 魔女は王子と共に、上座の〈審査員席セデス・ユーディキウム〉と書かれた長テーブルに案内された。

 テーブルには、色とりどりの小さな焼き菓子の皿が並び、そばにはお茶をれる係の者もひかえていた。


「こ、これ。もしかして私も、いただいちゃったりしていいんですかっ」

 魔女は王子に小声で聞き、王子が身振りで「そうだ」と示すと卒倒しそうなくらい感激した。

 都会の優雅なアフタヌーンティーというものに、憧れがないわけではなかったのだ。


 それから当然のごとく、王子が侍従が引いた椅子に座るとヌイサンは、王子の右側に透明な椅子があるかのように空中に座った。


(体幹オバケの道化)

 魔女は笑いをこらえて、王子をはさんで左側の椅子に座った。


「では、はじめます」

 近習が司会進行役だ。


 部屋の脇から、人形を抱えた女芸人が現れた。

「昼の部〈1番〉、ケンちゃんとおねえさん、です」

ミナサン皆さんコンニチハー、ケンチャンダヨ』

 人形がしゃべった。


「腹話術か」

 王子が腕組みをした。隣のヌイサンも腕組みした。


「ケンちゃん、道路を渡るときのお約束、三つあるの、知っているかな」

『エー、シラナイ知らない

「ひと~つ、一人で飛び出さない」

『ウンウン』

「ふた~つ、不埒ふらちな馬車が来ないか、たしかめる」

ミッツみっつミンナワタレバ渡ればコワク怖くナイー』

 ケンちゃんが手を挙げた。

Nan Dear Nenなんでやねん! ありがとうございましたー」

 

「う~ん、黒冗句くろじょうくだな」

 王子が眉根を寄せる。

国賓こくひんを招いた席では、な。却下」

 不合格だ。

 ケンちゃんとおねえさんは、がっくりと肩を落とした。

「だが内輪の慰労会には採用しよう。楽しい降誕祭を」

 王子のねぎらいの言葉に女芸人の顔は、ぱっと明るくなってケンちゃんと退出していった。


 次から次に審査は続いた。

 王子は、どの芸人にも発表の場を用意しようとした。

 しかし、あまりにも下ネタとか国家転覆ものは即、国外退去が言い渡された。


(けっこう大変な作業だ)

 真面目に審査に取り組んでいる王子の横顔を見て、魔女は感心した。

(こんな雑事と国境の紛争で駆けずり回っていたら、アドベントカレンダーで癒されたくもなるかも)


「――明日の、21日のアドベントカレンダーは王子が開けていいですよ」

 審査が途切れたときに魔女はつぶやいた。

「どういう風の吹き回しだ」

「顧客サービスです。来年、アドベントカレンダーを特注していただけるなら」

「そうか。じゃ、明後日あさって、22日の小箱も開けさせろ」


「考えておきます」

 ここで全部開けていいと言うのは、しゃくにさわる。

 魔女は含みを持たせた。

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